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熟女の味を教えてくれた幸子さんの思い出

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三十路さんから投稿頂いた「熟女の味を教えてくれた幸子さんの思い出」。

私が大学生だった、平成も終わりに近い頃の話です。
政令市の都会にある大学で、3年が終わり、春休み、それまで付き合ってた1学年先輩の女子大生が卒業、お別れセックスして、帰郷してしまう先輩を新幹線の駅で見送りました。


「元気でね。さよなら。」
「先輩、さよなら。」
私が童貞を捧げ、3年間、女体の扱い方を教えてくれた先輩が、いなくなりました。
私は春休みに帰郷せず、先輩から引き継いだバイトをしました。
春休みや夏休み、子供がいる職員の休暇取得促進のためにバイトを募集してる生協で働きました。

私が担当するのはヤード、チーフは安藤幸子さんと言う40歳の方でした。
40歳でしたが、膳場貴子さん風の知的な美形で、色々教えてもらいました。
当時のヤードは、半分デジタル半分アナログで、本部との商品管理はデジタル通信でしたが、ヤード内の管理まではアナログで、それを打ち込んで在庫調整をしていました。


運ばれてきた商品をヤードまで運んで、並べて、搬入数、全数などを管理する仕事です。
卒業してしまった先輩を忘れようと、バイトに打ち込みました。

彼岸だけ帰省して戻り、3月いっぱいでバイトが終わり、夏休みもお願いと言われ、引き受けてきました。
4年生になり、授業が激減、卒論を書きながら、最後の大学生活を楽しんでいました。
就職先は、ほぼ決まってて、故郷の企業から何とかウチにと3年生の時から、いわゆる青田刈りの誘いがあって、お盆に帰省した時に訪問して意思を伝えれば決まりでした。


大都市と違って、地方の中小都市では新卒を確保するにはフライングするしかない状態でした。
去年の今ごろは、先輩とエッチしてたっけなあと、やっぱり先輩を思い出してしまいました。

そんな4月の中頃の平日の昼間、近所の定食屋で昼飯を食べてたら、安藤幸子さんが入ってきて、
「あら、こんにちは。」
と言うと、私の隣に座りました。


仕事以外の話を初めてして、幸子さんには男の子がいて、高校受験生だということや、ご主人が単身赴任中で、息子さんがガードマンみたいな存在だとか、お話しました。
「大学生の一人暮らしって、どんな感じなの?息子もいずれは東京に出たいって言ってるし・・・」
となって、幸子さんが部屋を見に来ました。

家具を一通り見て、
「これ揃えたら、結構かかりそうねぇ。」
とため息ついてました。
ひとまずお茶でもと、何かでもらったペットボトルのお茶を出しました。
アパートのワンルームに40歳の幸子さんのメスの匂いが広がりました。


机の上にあった先輩とのツーショット写真を見て、
「あら、彼女と付き合ってたんだ。それで後を引き継いだのね。じゃあ、今は一人で淋しいでしょ。」

先輩の話題をしてたら、幸子さん、
「大学生で彼女がいなくなるって、ちょっと悲しいわね。まさかわつぁしが代わりにってわけにもいかないしねえ。」
と言われて、正直に、
「幸子さん、綺麗ですから、全然ありですよ。でも、卒業までですけどね。」
と言うと、まんざらでもない表情で、
「じゃあ、付き合っちゃう?旦那も月に2回しか帰って来ないし、私も淋しいのよね。」
と言うと、見つめられて、40歳の女性の色香に思わず抱き寄せて、キスしました。
幸子さんは舌をこじ入れてきて、濃厚なキスに勃起してしまいました。

「こんなおばさん相手に、情熱的ね。」
「おばさんだなんて、ほら、身体は正直ですよ。」
と幸子さんの手を股間委誘導し、ズボンの上から勃起に触れさせました。
「まあ・・・私でこんな・・・嬉しいわ・・・」
そう言うと、静かに脱ぎだして、下着姿になると、脂が乗った身体を披露し、
「シャワー、使わせてもらうわね。」
とバスルームに消えました。

私も裸になり、幸子さんと入れ替わりにシャワーを浴び、出ると幸子さんは全裸のまま、ベッドに座ってました。
裸で近寄る私は、お腹に付くほどの勃起を揺らし、それを見た幸子さんは興奮しているのが分かりました。
幸子さんの隣に座り、抱きしめてキスしながら押し倒し、乳房を揉んで、乳首を舐め、そして股間を開けば、先輩のピンクのそれとは違って、人妻らしく使い込まれたオマンコがありました。


人妻のオマンコを始めて見ましたが、ドドメ色の花びらがめくれ、広げれば中はピンクの穴と半分剥けた花芯がありました。
恐る恐る、グロマンを舐めました。
先輩よりも味の濃い愛液が滲み、剥けクリは敏感で、やがて悩ましい喘ぎになりました。

唇をすぼめたフェラは絶品で、さすが人妻だと思いました。
「生でもいいけど、絶対に中には出さないでね。」
と言われて生挿入、40歳熟女のオマンコは、包み込むような味わいで、やや硬かった先輩よりも気持ち良かったのです。


ゆっくり抜き差しすると、熱い白濁汁がしみだし、さらに突くと、オマンコの中が収縮し、凄く気持ち良かったです。
抱き寄せられ、キス、舌を絡めて見て、初めて経験する濃密なセックス、人妻とのセックスの醍醐味だと思いました。
単なる快楽だけでなく、一緒に気持ち良くなりましょうと言う精神を感じ、hげしさはないけれど、ネットリと交わりました。

熟女のオマンコの凄さを知り、長い結婚生活で、日常の中に普通にセックスがある生活wすると、こうなるのかなあと思いました。
私を押し上げるように上体を起こすと、対面座位で腰を振り、
「入ってるところ、身て・・・40歳の私のアソコに、若者のちんちんが入ってる・・・母子のセックスみたい・・・」


幸子さんは、まるで息子さんとセックスしてるような妄想で興奮していました。
結合部を鑑賞しながら、騎乗位になると、先輩は絶対やらなかった前後に腰を動かす腰使いで、結合部を見せつけました。
最後は正常位に戻り、ピストンをスピードアップ、鼻声の淫らな啼き声を聞きながら、お腹に射精しました。

一度熟女を味わったら、もう中毒でした。
幸子さんが遅番の日は、お昼近くにラインが入り、大学から何時に帰るかを返信すると、その時間に幸子さんがやってきました。
シャワーを浴びて、ねちっこいセックスを楽しんで、1時間ちょっとで出勤していきました。


早番の日は、夕方訪ねてきて、下だけ脱いでそそくさとセックス、時間にして20~30分くらいで帰っていきました。
ご主人が帰って来ない土日に非番があると、待ち合わせてラブホ、数時間で3回戦まで楽しみました。
22歳の男と、40歳の女、この組み合わせは性欲の鬼でした。

ご主人が帰って来た週末は、悶々と過ごし、月曜のラインを心待ちにして、やってきた幸子さんのオマンコを眺めながら、ご主人がここに入れて腰振ったんだなあと思うと、、嫉妬でガチガチになりました。


ある時は、遅番の月曜日、
「今日はクンニしないで・・・安全日だったから、夫が中に出したのよ・・・」
幸子さんの股間から、ムワ~~っと淫臭が立ち込め、ご主人の精液を掻きだし、私の精液を注入しました。
人妻に中出しするとき、ゾクゾクする興奮を味わえました。

卒業が近付き、息子さんも志望校に合格、ご主人の単身赴任も終わったと、幸子さんは嬉しそうでした。
お別れの日、幸子さんは遅番で、荷物を送り、アパートから出て、午前中に駅裏のラブホで最後のセックスをして、駅ビルで一緒にラーメンを食べて、幸子さんに見送られて帰郷しました。


「人生最後の恋人が、こんなに若い人だったなんて、ずっと忘れないわよ・・・さよなら。元気でね。」
「最高の元カノでした。幸子さんもお元気で。さよなら。」
改札をくぐり、最後、右手を挙げて、幸子さんとお別れしました。

帰郷して、就職して、50代のパートさんと浮気したのが2年間、幸子さんより一回り年上の閉経オマンコに、週3回、ドクドクと射精しました。
毎回抜かずの2~3発、母親より年上の熟女を味わいました。
熟女の味わいを一度知ると、止められなくなりそうでした。


でも、ご主人の転勤でパートさんがこの街を去り、不倫が清算されました。
その翌年、妻と出会いました。
訪問した会社で、対応してくれたOL妻で、当時私25歳、妻は26歳でしたが、丸顔に八重歯、エクボが可愛らしくて、年下だと思っていました。

ある日、駅で人だかり、何だろうと思うと妻がいて、
「あ、どうも。何があったんですか?」
「踏切事故らしいの。電車、止まっちゃってるのよ。」
この日は金曜日、じゃあ飲みに行こうと妻と二人で居酒屋、そこで1つ年上と知り、急に敬語になったりして、楽しい時間が過ぎていきました。
楽しく飲んでいるうち、時が経つのは早く、5時45分には行った居酒屋を出たのは、8時でした。

結構飲んで、千鳥足、記憶が曖昧で、ハッと気が付くと、妻と全裸でベッドに寝てて、時間は間もなく10時、妻を起こし、どうやらヤル前に寝てしまったようで、未遂だと告げると、
「ここまできて未遂って言っても、誰も信じてくれないよね。だったら、しちゃおうよ。」
と言うと、握られてフル勃起、妻のオマンコを指で弄ると濡れてて、そのまま生で入れました。


丸顔にエクボのロリ顔に、半開きの口から八重歯、身体は小柄で、1歳年上の女性には見えず、未成年としてる錯覚に陥りましたが、中は完全に開発済みで、ヨガリは26歳の女性でした。
お腹にスあ制して、ホテルを出たのは11時過ぎ、タクシーで帰りました。
途中で妻を降ろし、帰宅したのは12時でした。

一度セックスしたら、忘れられなくなって、毎週会ってセックス、1年後、離れているのが切なくなって、妻27歳、私26歳で結婚しました。
誰もがみんな、妻が21~22歳だと思ってて、披露宴のパンフ見て驚いてました。
結婚して今年で6年が過ぎ、4歳と1歳の子供がいます。


先日、卒業10年の集まりがあったので、応募して参加してきました。
ホテルを取って、宴会に参加して、懐かしい連中と飲みました。
7割方が結婚してましたが、私が一番早い結婚でした。

翌日、ホテルを出て、生協に行ってみました。
ヤードに入るわけにもいかないなあと、幸子さんの姿を探してたら、レジの向こう側の壁に、「副店長:安藤幸子」と書いてあって、写真がありました。
「幸子さん、副店長になったんだ。そうですか・・・」
そう言って、缶コーヒーだけ買って生協を出ました。


帰り道、幸子さんを抱いたアパートを横目に駅に向かい、幸子さんと最後に食べた駅ビルのラーメン屋で食事して、幸子さんに見送られた改札を抜けて、ふと振り返りましたが、そこに幸子さんの姿はなく、上げかけた右手を降ろして歩きました。

新幹線の中、トンネルに入って窓に映った自分の顔を見て、年取ったなと、まだ三十路だけど、学生時代がもう遠い昔だということを感じました。
帰宅すると、妻と子供たちが駆け寄り、下の子を抱っこしてリビングに、寝室で着替えるとき、可愛い妻のいい匂いを嗅いで、
「機能は淋しかっただろ。今日はいっぱいしような。」
と言ったら、八重歯とエクボの可愛い笑顔をくれました。


今は可愛い妻だけど、いつか、四十路を迎えたとき、幸子さんのような熟れた女体を抱ける日が来るんだなあと、その時が楽しみになった私でした。
ここに、熟女の味を教えてくれた幸子さんの思い出を綴ります。

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