大田さんから投稿頂いた「懇親会」。
前回投稿した体験談の続きです。
市役所最寄駅前にあるシティホテルの最上階にある、バイキングレストラン。そこが、今宵の会場だ。
課長補佐の三浦さんがビールジョッキを高く掲げる。私たち職員はそれに合わせてグラスを持ち上げる。
一応「おつかれさまでしたー!」と声を揃えるが、心の中では冷めた目で見ている。
「山本さんのせっかくのご厚意だからね」
そんな言葉が聞こえ始める。確かに山本さんのポケットマネーで払うのだから文句は言えない。しかし課内で二十人参加の懇親会に、ポケットマネーで十万円以上出したというが本当に良いのだろうか。
山本さんは60才のベテラン。市役所を定年まで勤め上げた後、そのまま再雇用された彼は、「みんな若くて羨ましいわあ」が口癖だ。
隣に座った同僚の鈴木さんが、耳打ちしてきた。「大田さんも大変よね。来ないと後で何言われるかわからないし」
全く同感だった。数日前に、山本さんからセクハラ行為をされたのだ。その直後に開催される懇親会など、嫌に決まっている。しかし、臨時職員という立場上、心象を良くしたいという思惑もあるので、断り辛い。自己負担も無いから、お金が無いことを言い訳にも出来ない。それでも参加したのは、数少ない同性の鈴木さんが参加するからだ。今日は、ずっと鈴木さんと一緒にいよう、そう決めていた。
三浦さんがマイクを持って立ち上がる。
「皆様、本日は山本先輩のお招きでこのような会を開けて本当にありがたい!」
三浦さんの演説は予想通り長引いた。
「皆さん、我々地方公務員が直面する困難と希望について語らせていただきたい!」
わざとらしく拍手をする者たち。私も適当に手を叩く。
テーブル中央では山本さんが苦笑しながらグラスを持ち上げた。
「おい三浦、もう十分だよ」
「先輩こそ聞いてください。最近の若い連中は……」
「おっと三浦くん、まだお前の長い話が終わってなかったのか?」
山本さんが突然大声を張り上げた。テーブルの端まで届く朗々とした声。
一瞬会場が静まり返ったが、すぐにどっと笑いが起こる。三浦さんは顔を赤らめて
「も、申し訳ありませんでした!」
と慌てて席に戻った。
「さあみんな、遠慮なく食べてくれよ。私はこのワインでも頂くとしよう。」
鈴木さんが私の耳元で囁いた。
「あの二人大学からの先輩後輩らしいわよ。だから三浦さんも山本さんに頭上がらないってわけ」
そうなのか。確かに二人の間には、これまでも妙な親近感があると感じていた。
山本さんは手元のグラスをくるりと回しながら、三浦さんに近づいていった。
「お前なぁ、相変わらず無駄に熱い奴だよ。大学時代の議論大会を思い出すわ」
「山本先輩こそ変わってませんね。いつも冷静に場を収めてくれる」
鈴木さんの話を踏まえたうえで、私は山本さんと三浦さんのやりとりを改めて観察した。なるほど、確かにどこか親密な空気が漂っている。三浦さんが山本さんの方を向いて話すとき、普段より少し肩の力が抜けているような感じがした。
二人はテーブルの隅で楽しげに思い出話を始めた。周囲の職員たちも次第に散らばっていく。私はようやく解放されるとばかりに目の前のカルパッチョに箸を伸ばした。
「いただきます!」
隣の鈴木さんも勢いよくカニクリームコロッケに食らいつく。
「こういう時くらい贅沢させてもらいましょうよ。折角の機会なんだから。」
他の若手職員たちも合流してきて、「あれ美味しいよ」「デザートのプリン最高」などと談笑しながら食べ放題を堪能している。今日参加している中で臨時職員は、私だけだ。つまり、この会場の中で一番給料が安いのは私だ。だから、こうした機会は貴重だった。
二時間が経過すると会は自然解散ムードになった。山本さんが立ち上がり、「そろそろお開きかな」と宣言すると、数名の若手男性職員がすかさず集まった。その中には、佐藤さんもいた。私が、密かに想いを寄せている人だ。
「山本さん、カラオケ行きましょう!」
「ぜひお願いします!」
山本さんは肩をすくめて笑った。
「仕方ないなぁ。お前ら相変わらず騒ぎ好きだな。しかし、若いってのは良いよなぁ、元気があって。」
三浦さんも苦笑いしつつ立ち上がる。
「じゃあ行くか。今日は僕が奢るよ」
山本さんが、そう言った。
私は思わず息を飲んだ。また? ポケットマネーで? さすがに気の毒になってきたが、彼らの輪に入るのは避けたい。
「行く?」と鈴木さん尋ねられ、「いや、もういいや」と首を振る。
「そうだよね。私たちは早く帰りたいしね」
佐藤は既にショルダーバッグを手に持っていた。
山本さんたちのグループがレストランを出ていくのを見送りながら、残った職員たちが小声で話す。
「臨時職員でも二次会行かないのは当たり前か」
「俺らだって行く義理はないしな」
結局、私を含む半数近くはそのまま帰宅組になり、残りは「別の店に行こうぜ」と言い合っていた。私はバッグを肩にかけながら思った——これでいいんだ。臨時職員が深入りしてもろくなことないんだから。
駅に向かう途中、山本さんたちの楽しげな声が風に乗って聞こえた気がしたが、すぐに雑踏に消えていった。
続きます

感想などコメントをどうぞ!投稿していただいた方の励みになります!