若い元彼さんから投稿頂いた「最も長い時間を過ごした元カノのお話し」。
大学出て最初の赴任地で親しくなったのは、向かいのアパートにお住まいだった未亡人の理恵さんでした。
引っ越してきて、窓から街を眺めてると時々目が合っていて、そのうち目が合うと会釈するようになって、道端で顔を合わせて挨拶を交わすようになりました。
梅雨の頃に初めて入った定食屋さんで、働いていた理恵さんと初めて会話をしました。
「ここで働いていたんですか。」
「ええ、平日のお昼だけですけどね。ご贔屓にしてね。」
白い頭巾が清楚な味わいを引き立てていました。
理恵さんは、定食屋さんが込み合う11時から14時までの3時間、お店を手伝っていました。
夜は、昼間働きに出ている店主の奥さんが手伝っていました。
理恵さんは、7年前に交通事故で亡くなったご主人の生命保険と損害賠償金だけで暮らしていけましたが、家にじっとしていると気が滅入るので、昼だけ働いているのだそうです。
理恵さんには、隣の県に嫁いだ29歳の娘さんと、東京で働く26歳の息子さんがいるそうですが、転勤族のご主人が亡くなったこの地に、なぜか居ついてしまったのだそうです。
ある土曜の昼下がり、お客として来ていた理恵さんと定食屋で会って、二人で歩いて帰るとき、お部屋に誘われました。
お部屋は私が住んでいるワンルームアパートより広く、ご主人の仏壇がある和室とリビングの二間でした。
理恵さんは、近くで見るとお顔立ちがすごく綺麗でした。
「理恵さん、お綺麗ですね。」
「もう、53歳のおばちゃんをからかわないで。」
「えーっ!53歳なんですか!40歳前後かと思いました。」
「また~。からかわないの。」
「いや、マジですよ。驚いたぁ・・・」
30歳年上と知って、驚いたのは本当でした。
笑い皺や、ちょっと垂れた目尻がとても優しそうな雰囲気の美熟女でした。
何度かお邪魔した後、今度は私が理恵さんを招待しました。
ちょっとしたおつまみを用意して、ビールだけでなく、ハイボールを作れるようにしておきました。
「お邪魔します・・・男性のお部屋にお邪魔するの、何年ぶりかしら・・・」
とキョロキョロしていました。
お酒も入り、ほろ酔い加減、53歳の理恵さんは、23歳の私を見て、
「私の子供たちより、若いのよね・・・」
と見つめてきました。
「理恵さん、本当に綺麗ですね・・・」
30歳の年の差があっても男と女、自然にキスしてしまいました。
こうなると歯止めは聞きませんから、理恵さんを押し倒してしまいました。
「シャワー・・・浴びさせて・・・」
裸でベッドに座った理恵さんは、学生時代の元カノ達のような、10代、20代のハリのある肌とは違い、柔らかそうな肌と、程よい肉付きで、とてもエロい身体でした。
決して太っているわけではなく、中年女性特有の贅肉がついた感じで、下腹部には経産婦特有の痕がありました。
母より年上の女性を愛撫して、そして足を開かせました。
そこにはドドメ色の陰唇がクパァとめくれ、剥き出た陰核をクンニしました。
もの凄い感度で、身を捩って感じていました。
ビクビク痙攣して、陰核で逝きそうでしたが、すぐに膣口舐めにして寸止め、暫くして再び陰核舐めを繰り返し、陰茎はお預けしていましたが、たまらなくなって起き上がり、私の陰茎にむしゃぶりついてきました。
53歳の美熟女のフェラは極上で、抜かれそうな感じがしたので押し倒して、生のままで陰茎を挿入しました。
すると、お預けクンニで全身陰核状態に敏感になっていた美熟女未亡人は、
「あひぃぃぃぃぃ硬い~~~」
と苦悶の表情で喘ぎ始めました。
暫く抱き合ってキスしながら腰をくねらせていましたが、腰の動きを速めると、理恵さんの膣はグチョグチョといやらしい音を立てはじめました。
理恵さんの膣に陰茎を出し入れしながら、理恵さんの陰核を指で擦り上げると、ガクガク痙攣しながら仰け反らせ、私はその姿を見て興奮し、更にピストンを速めガン突きしました。
「理恵さん、出そうです。抜きますよ。」
「抜かないで、そのまま中に出して~~~」
と言うと、私の腰を抑え付けて抜かせませんでした。
私は、理恵さんの膣内にタップリと射精してしまいました。
「理恵さん、マズいよ・・・」
「大丈夫・・・終わってるから・・・」
この日以来、理恵さんが度々私の部屋を訪れ、激しい交合で子宮を私の精液で満たして帰って行きました。
理恵さんは、亡くなったご主人が仏壇から見守る理恵さんのアパートでは、決して私には抱かれませんでした。
必ず私のアパートか、或いはラブホテル、あとは年に何回か理恵さんと母子ごっこで温泉旅行に行った旅館で、30歳の年の差で中出しセックスを繰り広げていました。
理恵さんとは週に4~5回、4年弱のお付き合いでしたから、私は利恵さんに800回くらいの膣内射精をしたことになります。
私は、4年間の赴任期間を経て、彼の地を去りました。
理恵さんとの最後の夜は、駅の近くのホテルで過ごしました。
部屋はもう、荷造りが終わって寝る場所はありませんでした。
二人でレストランで食事して、少しお酒を飲んで、部屋で最後の交わりを持ちました。
理恵さんを抱きながら、私は理恵さんを愛していたことに気付いていました。
決してセフレじゃなく、恋人でした。
理恵さんと情熱的なキスを交わしながら、最後の精液を理恵さんの子宮に注ぎました。
翌日、ホテルの前で別れました。
「こんなおばちゃんと4年近くも・・・ありがとう。若い頃に戻ったような、素敵な思い出になったわ。」
「私こそ、4年間もこんな綺麗な人と・・・理恵さん、俺・・・」
「それ以上は言葉にしないで。私、このまま定食屋さんに出勤する。あなたが越していくのを部屋から見ると辛いから・・・」
「さようなら、利恵さん・・・」
「元気でね。さようなら・・・」
アパートに戻り、やってきたトラックに荷物を載せて、彼の地を去りました。
最後、窓から理恵さんの部屋を見たら、涙が溢れました。
あれから10年の歳月が流れました。
私は、彼の地の次の赴任地で妻と巡り合い、結婚しました。
そして先週、初めての赴任地へ出張がありました。
理恵さんと最後の夜を過ごした駅の近くのホテルに宿を取り、仕事が終わった夕方、懐かしい街並みを抜け、あの定食屋さんに行ってみました。
理恵さんはお昼だけの勤務だから、いないことは承知で店に入りました。
「いらっしゃーい。」
店主は私を見て、暫くすぎてから、
「あれ?お客さん、昔うちにいた理恵さんと仲が良かった青年じゃないか?」
と言われて、
「ってことは、もう、理恵さんはいないんですね。」
「・・・知らないんだね。理恵さん、お亡くなりになったよ。もう、4年になるかねえ・・・」
「えっ!・・・」
理恵さんは4年前、その年で定食屋を辞めて娘さん夫婦のところへ行く予定だったそうです。
娘さん夫婦に生まれた孫のもりを頼まれて、同居するはずだったそうです。
理恵さんは、お辞めになる3か月前、アパートの100m手前で路上に倒れて亡くなっていたそうです。
享年62歳、早すぎると思いました。
理恵さんと再会して、66歳の理恵さんと一夜を過ごすつもりはさらさらありませんでしたが、私も結婚して子供がいることを、理恵さんに報告したかったです。
定食屋を後にした私は、次の仕事は2時半からだったので、10年前まで4年間住んでいたアパートに行ってみました。
私が住んでいたアパートの窓を見上げ、そして、理恵さんが住んでいたアパートの玄関を見ました。今にも理恵さんが出てきそうでした。
4年間・・・かなり長い時間を共に過ごした愛しい女性・・・理恵さんとの思い出が溢れてきました。
仕事を終えた私は、昔よく理恵さんと行った居酒屋で、理恵さんの分もコップをもらい、ビールを注いで理恵さんとの思い出に浸りました。
「理恵さんは、今、ご主人と一緒なんだな・・・理恵さん、俺の事は内緒だよ・・・」
ブツブツ呟きながら、ビールを煽りました。
翌日、駅前に立ち、帰路につく前に、
「理恵さん、さようなら・・・」
と言ってから、車上の人となりました。
私にとって最も長い時間を過ごした元カノ、理恵さんとの思い出を綴ります。

感想などコメントをどうぞ!投稿していただいた方の励みになります!
コメント一覧 (3件)
泣ける話ですね。
思い出の人の分もコップ貰うって、泣けてきた。
知りたくないことだったね