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少女が喰い放題だった昭和時代の思い出

リタイヤ爺さんから投稿頂いた「少女が喰い放題だった昭和時代の思い出」。

とっくに還暦を過ぎたリタイヤ爺です。
今日は、昭和50年代の頃のお話をしましょう。
当時、私はまだ20代で、芸能界の入り口のような場所で仕事をしていました。

そこは育成所で、華やかな舞台での活躍を夢見た若者が集っていました。
しかし、そういう世界とは別の側面を持つ世界がありました。
それは、アイドルを目指しながらも育成所に入る経済的余裕のない家庭の少女が、その蒼く幼い身体を差し出し、特別なレッスンを受けるというものです。

S学校高学年からC学生くらいの少女が、金と権力のある大人の男の赤黒い一物で純潔を散らし、更にその関係者へお下がりとして輪姦されるのです。
幼さと可愛さのある少女が、自分の夢を叶えるために、権力者へ股を開くのです。
お互い、欲しいものを補うために交わり合うのです。
そこに、愛などは存在せず、しかしお互いに有益ではあるのです。
中には、経済的な理由ではなく、実力だけではのし上がれないから股を開くという、枕営業的なしたたか少女もいました。

理事長室に入っていく少女は、公立C学の昭和チックなセーラー服を着た少女から、赤いランドセルを背負った児童までいました。
初めての少女や児童は、理事長室を得てくる時には着衣がやや乱れ、足を引きずり気味に出てきていました。

理事長室の奥の応接室の更に奥に、シャワールームとベッドルームがありました。
そこでは、女子C学生やS学児童が幼い処女膜を引き裂かれていました。
私が知るだけで、7年間で50人近い少女や児童が可憐な純潔を散らしていたのです。

理事長は、少女の処女膜を破ったあと羞恥を楽しむタイプで、少女が感じてくると、関係者へお下がりに出されました。
かくいう私も、理事長のお下がりの数十人の少女を頂きました。
アイドルや女優の卵を抱くだけでもなかなか興奮するものですが、やはり、本物のセーラー服女子C学生や、ランドセル児童を味わう禁忌の興奮の方が大きかったですね。
私が抱いた少女は、そのまま消えていった方が多いのですが、中には、後に大成したアイドルや女優さんもいました。

あれは、私が27歳の時でした。
赤貧の家庭に生まれた少女でしたが、類稀な可愛さを持つ子で、S5で理事長に女にされた少女で、私の元へ来た時はS6でした。
親の事情で暫く私が預かることになったのですが、赤いランドセルを背負ったまま、私に犯されることを受け入れていました。
私がマンションに帰ると、家事スキルを持った少女は夕飯をこさえて待っていました。

食事が終わると洗い物をして、風呂上がりに裸のまま私を待ちました。
二次性徴を迎えようとしているまだ生えそろっていない陰毛の下に、幼い恥裂がありました。
理事長に仕込まれたのか、自ら両足を抱えてM字開脚して、クンニを待ちました。

S6女児の恥穴のは既に処女膜は無く、それどころかクンニに感じて色っぽい声で喘ぎました。
そして、上手な舌使いでフェラを繰り出すのです。
「絶対に中には出さないでね・・・」
と毎回生前提のセリフを吐きました。
非処女とはいえあ幼6女児の恥穴はキツく、挿入時はメリメリ感がありました。
一物をギチギチと締め付け、恥穴の柔肉を引きずり出すようなカリへのまとわりを感じました。
まだ、胸も膨らみ切っていない女子児童が、大人の生の一物の抽挿に、アンアンと喘ぎました。
一人前におツユを垂れ流し、クチュクチュと音を立てました。

この少女とは、少女がC学になるまでの7か月一緒に暮らし、ほぼ毎日性生活がありました。
少女がS6の3学期に行為中に初潮が来て、そのまま中に出しました。
少女にとって初めての中出しでした。
S学校を卒業するとき、種所は私の元を去りました。
元気いっぱいに手を振って去っていく少女を見送った後、私はさみしさに見舞われました。
私は、年端も逝かない少女に恋をしていたみたいでした。
ちなみにこの少女は後にアイドル歌手を経て女優になり、現在アラフィフでご活躍です。

その翌年、私が預った少女はC学2年生でした。
この少女は見るからに深窓の美少女という感じで、公立C学のセーラー服に三つ編みが似合っていました。
S学校卒業直後に理事長に純潔を散らされ、C2になって私の元へやってきました。
大人しそうな美少女でしたが、騎乗位が好きで、三つ編みを揺らして、可愛い幼顔でヒイヒイと感じていました。
膨らみかけの胸がプルルンと揺れるのが、とても可愛かったですね。
彼女はC学を卒業するまで2年間、私と暮らしました。
K校進学と同時にアイドルグループの一人としてデビューしましたが、その後、俳優と結婚して業界を去りました。

私が一緒に暮らした種所はもう一人、C1の少女がいましたが、彼女は半年で夢を諦めて、帰ってしまいました。
それ以外の少女はその都度お持ち帰りで、ワンナイトでした。
芸能界への夢を叶えるため、私に跨り幼い腰を振った少女のその後は気になりましたね。
少女の利益と大人の男の欲望の性器が交わるとき、愛は無いけど快感はありましたから、お互い割り切って楽しみました。
そんな過去を隠してデビューした彼女たちは、可愛いアイドル顔で微笑んでいましたが、何十人もの関係者に抉られて人妻のような恥唇になっていました。
そんな彼女たちは、美少女でありながら独特の色気を備えていたのは、男を知っていたからなんでしょうね。

私は、平成に入ると30代になって、別部門へ移り、少女との関係は無くなりました。
そこで知り合った8歳年下の女性と35歳の時に結婚して、普通に生きてきました。
今もテレビでアイドルを見ますが、彼女たちは権力者の餌食にはなっていないのでしょうね。
時代はもう令和、少女の頃におぞましい経験をした芸能人は、ほとんど残っていません。
記憶は、私大の葬り去られていくのでしょう。

5 COMMENTS

匿名

私、初めてだよ。芸能の教室いたことないよ。何かの取り引きにからだを使ったりもした事ないよ。書かれたとき今はないって感じの書き方じゃなかったよ…読んだ時、凄くショックで悲しかったよ。
怖い人達がいるから、あなたの身の安全が、無くなっちゃうかもしれないから、あなたも、本当の心とは別にしていなきゃいけないのかな?って、そう思ったよ。だけど、本当の心の、心からの想う気持ちだけは、ネガティブなこと、恐怖や酷い事で押さえつけることはできないって思ったよ。怖いのあっても、お星様に祈るみたいに、いつも、心からあなたを想って愛してるよ。

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匿名

凄くショックで悲しかったのは、書かれた酷いのを読んだ時で、この投稿じゃないよ。文章じょうずじゃなくて、ごめんなさい。

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