Kおじさんさんから投稿頂いた「社員旅行で熟女童貞卒業とその後。最終章・後編」。
いよいよ最終話になりますがよろしくお願いいたします!!(前話はこちら)
私とY子さんは秋の社員旅行の直後から付き合い始めたわけではなく、そして付き合うと言っても普通のカップルみたいに毎日や毎週末会うことはなく数週間、または一ヶ月以上空いて会う感じで約4年半ほど関係が続きました。
私自身はあの夜からY子さんの体が忘れられずに悶々としていましたが、彼女にしてみたら一度交われば私が満足しただろうとそれっきりとしか考えていないとも限らないので、ただ日々が過ぎていくだけで相変わらずカラオケには誘われていました。
私も20歳になったので一緒にお酒が飲めるのが嬉しかったです。
年が明けてそれもゴールデンウィークに入る前に私が5月の連休は横浜の実家へ戻る話をしたとき横浜には生前のご主人と一度だけしか行ったことがないと言われたので、もしよければ一日案内しましょうか?と誘うと、パっと笑顔で日にちを決めてくれました。
当日。石川町の改札口で待っていると、
清楚な小さな花柄ワンピースを着たY子さんが出てきました。
ちょっと屈めば谷間が見えてしまうほどの胸が目立っていました。
山下公園で氷川丸を見学したりぶらぶらする。
まだランドマークどころか、みなとみらいでさえ開発中の時代、横浜と言えば中華街、山下公園、マリンタワーが定番コースでした。
中華街で早めの夕食をとった後、元町の丘の上にある初老の夫婦が営むケーキ店へ連れて行ってあげるとそれはもう大変な喜びようで「こんなお洒落なお店なんて何十年も来てないから、本当に嬉しいわぁ!!」と感激してくれた表情は今も忘れないです。
その後、徒歩ではちょっと遠いのでタクシーで伊勢佐木町まで行き繁華街を歩いて駅まで見送りに歩いているとホテルが立ち並ぶエリアへ入りました。
「Y子さん、明日は予定有りますか?僕、もうちょっと一緒にいたいんです。」と懇願するように言うと、
Y子さんが私の手を黙って取って「あそこへ行こうか?」と一つのホテルを指さしたので「はい。」とだけ答えた私。
入ったものの、システムが分からないY子さん。私は先輩女子と入った経験があるので(時効で)、今みたいな自動ではなく、顔が見えないくらいの窓口のおばちゃんから鍵を渡されて部屋番号を伝えられてそのまま流れるようにチェックイン。
現代のお洒落で可愛いラブホではなく淫靡な雰囲気漂う部屋。
ベッドが丸くていわゆる回転するヤツです。そこへトンと腰かけたY子さん。
「あぁ、ここ何年もこんなに歩いた日は無いわ。でも本当に楽しかった、デートみたいだったし。」と言うので「デートですよ。」と返した。
「あのときからもっともっと会いたくなってました、いつどんな風に声を掛けるべきか迷っていただけです。」と座ってるY子さんを抱き締めて告白したのです。
そのままベッドに倒れ込むように二人で抱き合ってキスを交わし、私はワンピースの盛り上がった胸へ顔を押し付けました。
あぁ、この匂い、この甘い良い匂い、たまらない!!Y子さんは厳しい家庭で育って女子校へ進学、
恋愛もしないままお見合いで亡きご主人と結婚、二人の娘さんを得て、これからというときにご主人が急逝してからは働きづめでした。
それゆえか私みたいな若造と接することが新鮮だったそうです。
「一緒にお風呂どうですか?」と誘うと「入ろうっか?」と私がムード良く脱がすつもりだったワンピースをさっと自ら脱いで下着姿に。品のある青の花柄の上下のブラとパンティ。
「綺麗な柄!!」というと「だって前はいかにもおばさん下着で恥かいちゃったもん。」とおどけてみせましたがそれがまたカワイイ。
下着もササっと脱いでしまってバスルームへおっぱいをプルンプルン弾ませながら先に行ってしまった後を追い、私もイン!!。
体を流していて目に留まったのはラブホゆえに置いてあったローション。
それを手に取って見せると「なにそれ~?ヌルヌルしちゃってやらしいわぁ。」とY子さんに同意を得る間も与えずに体に塗って全体に延ばしてお互いに密着してぬるぬる感を楽しむと「あぁ気持ちイイ。」と目を瞑ってうっとりするY子さん。
大きな乳房をローションのヌメリと共に優しく揉むとさらに感じてくれて
今度はY子さんの手が私の陰茎を握ってきて優しく上下に動かしてくれました。
彼女の陰毛をまさぐってからさらに陰部へ手を伸ばしあの縦長の厚みのあるビラビラへ触れると「あっ。」と一瞬腰が引けてガクっとなる。
もう我慢出来なくなって乳房へ吸い付き、立ったまま愛撫を始めてY子さんの股間へ顔を埋めてクンニしているともうベッドへ行く余裕もなくなり、床へ寝てY子さんに騎乗位でまたがってもらいました。
下から見上げるはち切れそうな両乳房を揉みながらもギュっと陰茎を握られているような膣の締め付けでこちらも相当感度が上がってしまい、さらには半年以上ぶりのY子さんの体に触れた興奮からあっという間に果ててしまいました。
結局あのときは休憩ではなく、ベッドでも2回目の性交をして朝まで泊まってしまいました。
たわいもない会話をしては目が合うとキス、を繰り返すだけでも気持ちが良いのです。
この横浜での出来事がその後何度も会うきっかけになったのです。
社員の誰にもバレず、N美さんさえ気づかないくらい会うときは決してY子さんの自宅へは行かずホテルでした。
あるときはY子さんの運転で伊豆の伊東の旅館へ泊り、仲居さんには息子が親孝行で母親を招待したかのように誤解されたりもしました。
お金を出し合ってそこの露天風呂付の部屋を取り、檜の浴槽の中で熱く交わったりもしました。
約4年半ほどそんな付き合いがあったのですが終わりは突然やってきました。
Y子さんの娘さんたちはとっくに独立していて心配ないのですがY子さんの実家のお母さんが高齢で一人にさせておけないと栃木へ戻る選択をしたのです。
私もずっとこのままは無いだろうと覚悟はしていましたがいざとなると寂しくてたまりませんでした。
でも「あなたもいずれ誰かと結婚して、出来れば子供も得て幸せな家庭を築いて欲しいのよ。」と言われたのです。
それならばと、最高の夜を一緒に過ごしておきたいと、貯金をはたいて新宿の京王プ〇ザホテルの高層階へ予約して思い出の時間を過ごしました。
都心の夜景を見下ろしながら全裸の二人共がむさぼり合うように交わって体にお互いを記憶させるような激しいセックスで迎えた朝。私よりも先にY子さんには退室してもらいお別れしました。ベッドで男泣きしたことは記憶から離れません。
直後にN美さんの話では地元の不動産会社の経理で働いていると聞きましたが、あれから30数年経ち、80代半ばになろうY子さんが今も健在か亡くなってるかも知りません。
別れた頃にはバブル経済崩壊の波が自分の会社にも波及して来て社員旅行は経費削減で中止、それどころか間もなく会社が売却または廃業となる噂が広まり、結果的には倒産になったのです。
その頃の社員との交流は全くなくなりN美さんのことも分かりません。
何年も経ってから車で会社のあった場所へ行くと大きなマンションが建っていて、飲み会をしていたスナックも無くなり、社員旅行をした鬼怒川のホテルも今では廃墟をアップするYouTuberの動画で廃業していたことが判明しました。
若き日の思い出はことごとく消え去りましたが、私は転職先で今の妻と出会い結婚し、生まれた娘も成人しそこそこ幸せです。
妻のことはもちろん愛してますが、人生においてY子さんの存在を忘れることは出来ません。
妻にはけっして話しませんが私にとって宝物みたいな時間と経験でした。
人生100年の折り返しをして自分の経験を文章にしてみたかったので読んでくださった方々には退屈だったかも知れませんね。
でももし興味を持って最後まで読んでくださった方。ありがとうございます!!完

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