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猫好きな女子大生をゲットしたクリスマスイヴとその後

佳樹さんから投稿頂いた「猫好きな女子大生をゲットしたクリスマスイヴとその後」。

若い頃に両親を亡くした一人っ子の俺は、空き家にしておくと傷みが激しいから、地元福島に就職して実家に独り暮らした。
実家は、福島駅から私鉄で十数分の田舎駅のそばで、昭和50年代に建てられた「とま屋」だったが、一人で住むには広すぎた。

俺の地元は地方都市とはいえ県庁所在地なので、朝夕の渋滞が激しいから俺は三セク私鉄の電車で通勤していた。
だから、一人分の飯を作るのが面倒なので、初めの頃は街で一杯ひっかけてから帰っていた。

そんな暮らしに変化が起きたのは、就職した年の初秋の頃だった。
休日の夕方、縁側で焼き肉をしながらビールを飲んでいたら猫がやってきて、
「ニャ~・・・ニャ~・・・」
と鳴くので、焼き肉を一切れあげた。
これがクセになったか、ちょくちょく来るようになった。
三毛猫で、子猫ではなかったが小さめで、かなり若そうな猫だった。
とても人懐こかったから、どこかの飼い猫が産んだ猫なんだろうと思って構っていた。
しかし俺は一杯ひっかけて帰るから、平日に家に飯が無かった。
可哀相なので、寄り道せず帰り、いつも週末まとめていた洗濯をしながら自炊をはじめ、翌日やってくる三毛猫に余りものをあげていた。

その年の冬、気が付いたらその三毛猫は俺の家に居つくようになっていて、家の中が居心地良いのか、ほぼほぼ家の中に居るようになった。
「お前、飼い主いるんじゃねえのか?まあいいや。お前は三毛猫だから、名前はミケ。」
俺はその日から、猫をミケと呼ぶようになった。
やがてミケは、我が物顔で居つくようになった。

俺の家は北道路で、道路を挟んで北側は畑で、その後ろは山という田舎だ。
家の西側が車が2台並列で置けるカーポートで、5.5m×5.5mの耐雪屋根がかかっている。
そのカーポートに繋がるお勝手のドアの下に、ミケの出入り口のくぐり戸をつけてやったが、ミケはあまり外には出ないし、出ても家の南側の庭で日向ぼっこしているくらいだった。
ミケとの暮らしは、楽しかった。

就職2年目の夏、俺の職場に女子大生がバイトにやってきた。
その女子大生は大学3年生で名前を有希と言い、とても気が合い、メル友になった後は、時々飲みに行くようになった。
ある夜、居酒屋で有希と呑んでいる時、ミケに夜のえさを置いてくるのを忘れたことに気づき、
「あっ!ごめん。俺、帰るわ。メシやって来なかった。」
「メシ?」
「ああ、俺、猫と住んでるんだ。俺帰るわ。」
「あの・・・今度お邪魔していいですか?私猫好きなんです。」
ここから俺と有希の物語が始まった。

週末、俺の家にやってきた有希は、
「本当に駅から近いですね。風景は田舎なのに、便利ですね。」
と言いながら、ミケを見つけると手招きして、ミケも有希にすり寄っていった。
「可愛い・・・ミケちゃん。有希です。よろしくね。」
こうして、週末は俺の家で有希と過ごすようになった。
こうなると、雪の降るころには俺と有希の仲はかなり親密になり、クリスマスイヴの夜、街なかのホテルで初めて結ばれた。
ホテルのレストランでディナーの最中、有希は、
「ミケちゃんのご飯、大丈夫?」
「ああ、明日の朝食まで用意してきたよ。」
「明日の朝食?」
「ああ、部屋、取っておいたから・・・」

有希の裸身は細身だったが華奢ではなく、安産型でなかなかの色気だった。
「私、今年の2月まで卒業しちゃった先輩と付き合ってたから・・・その・・・」
「21歳の可愛い女子大生に、処女なんて期待してないよ。おいで・・・」
と言って抱き寄せ、頭をなでると、有希は、
「ニャァ~~」
と甘えた。
有希は処女ではなかったが、女陰はまだ純情で、まだ開発が甘かった。
大学時代に人妻セフレに仕込まれたクンニで女核を刺激し、のたうち回るほど感じさせた。
有希のフェラはまだ拙く、歯を当てないように必死になるのが精いっぱいの様子だった。

俺は、特に咎めてこなかった有希の女穴に生のまま男根を突き挿した。
そしてこの夜は、有希の女膣のもっとも感じる場所探りに徹した。
有希の女膣の天井をカリでくまなく擦り、反応を観察した。
浅いところ、深いところ、様々な場所を擦りあげ、有希が最も狂おしい反応を見せる場所を絞り込んでいった。
そのうち、有希のうねる女膣にやられて、抜いてゆきのお腹へ射精した。
「ああ・・・コンドームしてなかったんですね・・・」
「ごめんよ。迷ったんだけどね。」
「生だからなのかな・・・すごく感じちゃって、身体が動かない・・・」
可愛く微笑む有希だったが、汗ばんだうなじにへばりつく後ろ髪が色っぽかった。
有希は翌日、栃木の実家へ帰省した。

俺は、ミケと年末年始を過ごした。
ミケとダラダラとコタツで過ごし、時に一緒に昼寝、じゃれ合ったりして過ごした。
有希から、あけおめメールが来て、6日に帰ると書いてあった。
帰省先の栃木から戻った有希は、意を消したように、
「私、兄がいるからこのまま福島に就職しようと思う。この街、コンパクトで住みやすいし、私鉄が2社走ってて便利だし・・・佳樹さんとミケがいるし・・・」
有希は、そのまま福島に就職を決め、週末は俺の家で過ごすようになった。
この頃にはフェラも抜群になっていたし、セックスもイクことを覚えて最高になっていた。
俺の家で、俺と有希が俺の寝室に籠ると、ミケは邪魔することなく大人しく一人で過ごしてくれていた。

俺と有希は様々な相性が最高に良くて、次第に俺の家は有希の持ち物だらけになっていった。
そして、最初が生だったから、いつも生でやりまくっていた。
俺が、たまにはラブホへ行こうと言うと、
「お金もったいないでしょ。」
と俺の家でしたがった。
そして2001年3月、有希はアパートを更新せず引き払い、俺の家に押しかけ女房、俺27歳、有希24歳で結婚した。
翌年11月、有希は女の子を出産し、俺の家は夫婦と娘と猫一匹の暮らしになった。

有希は、産休で仕事を休んでいたが、娘を育てている間に考えが変わり、
「もう持ち家があるし、私、家事育児に専念しようかな・・・」
と言って、退社して家庭に入った。
親子三人とミケと仲睦まじい生活が続いた。
田舎でも駅が近いし、土地も広いから有希は家庭菜園を始めた。
ミケも家の外には出ても、家の敷地内からは絶対に外へ出ない猫だった。
夫婦の営みも絶やさず、娘もミケと仲が良く、幸せな家族だった。
結婚10周年記念を迎えるまでは・・・

結婚10周年がやってくる2011年3月のある金曜日の午後、俺はとある建設現場にいた。
強烈な揺れ、外でも立っていられなかった。
法面の土が舞い、ヘルメットに当たってパチパチ音を立てた。
5分くらいは揺れていたと思う。
現場の安全を確認して、帰社すると自宅待機命令が出た。
急いで帰ろうにも電車が止まっていたから、歩いたら1時間半かかった。
途中で雪が降ってきたが、歩いているから暑かった。
家に着くと、有希が娘と震えていた。
俺の姿を見て、有希と娘が抱きついてきた。
ミケまですり寄ってきた。

停電の中、石油ストーブで暖を取る中、ラジオでは大津波の情報を流していた。
信じがたい状況をラジオが伝えていた。
翌日、電気復旧し、点けたテレビでは衝撃的な映像が流れていた。
そして、福島ではもっと衝撃的な出来事が起こった。
原発事故・・・沿岸部の町から、内陸部へ避難者が大挙してやってきた。
有希と娘には、栃木の実家から再三にわたり帰還命令が発せられ、ついに義父母が迎えに来て強制的に連れていかれた。
また、ミケと俺だけの生活になった。
ミケは何かを察したのか、俺に寄り添うようにして慰めてくれた。

娘は、栃木の小学校へ転校し、有希も帰ってこなかった。
別居生活が続いた。
俺は、災害復旧に追われて、クタクタだった。
支えて欲しい有希もいなくて、やっと生きていた。
そして震災から1年半過ぎた初秋の頃、ミケの姿が見当たらなくなった。
「ミケ~・・・おーい、ミケ~・・・」
家の中のどこにもいなかった。
どんなに忙しくても、ミケの食事だけは与えていたのに、ミケが消えた。
結局、ミケは帰らなかった。
15年前の初秋にフラッと俺の家に現れて、15年一緒に暮らした初秋、フラッといなくなった。
「ミケ・・・俺はまた一人ぼっちか・・・」

有希は月に1~2回、俺の元にやってきた。
行き届かない掃除と洗濯、そして料理をしてくれた。
もちろん、抱かれるだけ抱かれて帰った。
俺達中年夫婦は、毎回激しく何度も交わった。
家の中に、パンパンと肉のぶつかる音と、有希の矯正が響いていた。
飛び散る愛液、そしてほとばしる精液、汗だくで交わった。
快楽の余韻の中、
「ミケ・・・きっと寿命だったのよ。ミケは死期を察して、あなたの前に亡骸を見せたくないから、黙って出ていって、ひっそりとこの世を去ったのよ。猫って、そういう生きものよ・・・」
と有希が言った。

震災から7年過ぎた年、娘が高校生になったのを機に、有希が栃木と福島の二重生活になった。
そんな年の初秋、有希と庭でバーベキューをしていたら、
「ニャ~~」
と三毛猫がやってきた。
「ミケ!」
俺と有希が叫んだが、三毛猫はキョトンとしていた。
よく見ると、明らかにミケとは違う猫で、単にバーベキューの匂いにつられてやってきただけだった。

その三毛猫もまた、ちょくちょくやってきて、えさを与えていたら居つくようになった。
「ミケも、こんな感じでうちの猫になったけなあ・・・」
「完全に居つくつもりよこの猫。名前、どうする?」
「この猫、タケモトピアノのCMの猫に似てるよな・・・タケモにするか。」
「何それ・・・そうね、ミケはミケ、この子はこの子。別の名前にした方が良いわね。いいわ、タケモにしましょう。」
二代目の三毛猫は、タケモと名付けられた。

今年、震災から10年、先月、有希と娘が戻ってきた。
戻ってきてすぐに、再び震度6弱の地震があった。
ビビったけど、10年前を教訓に色々対策してたから、被害はなかった。
娘の故里は福島、娘は、有希と同じ福島の学校に進学を決めた。
原発事故から逃れた有希と娘は、今度は関東圏で猛威を振るうコロナから逃れて戻ってきた。
福島も東北の中では宮城に次ぐヤバさで、福島市は特にヤバかったが、関東レベルと比較するとまだマシな方だった。
俺47歳、有希44歳、娘18歳、そして三毛猫タケモ、こうして、家族がまた俺の家にそろった。
先月襲ってきた10年ぶりの大きな地震と、親子三人猫一匹の復活記念に投下してみた。

14 COMMENTS

匿名

あの震災から10年なんですね。
先月の福島地震、ご無事で何よりでした。
素敵なお話ありがとうございました。

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もうすぐサイトウシンイチ47歳

ものすごくいい話ですね❗️♥。そうです、あれから10年を迎えようとしています❗️。東日本大震災です❗️。とくに、福島県の人に取って、一番思い出したくない、あの東日本大震災から、本当に10年を迎えようとしています❗️。福島県の他、宮城県や岩手県の沿岸地域の人たちに対して、本当にものすごく、ものすごい苦労してきたと思います。今もって、東日本大震災で亡くなった方に対して、ご冥福をお祈り致します。でも、良く、三毛猫が家に居着いて、しかも、三毛猫が女子大学生【当時】の奥さんとのご縁で、結婚して、娘さんまで出来てね本当にものすごく良かったですね❗️♥、ただ、あれから10年もの間にいろんなことがあって、大変だっただろうけども、これからもそんな家族と猫を大切にして、幸せに暮らしてほしいですね❗️♥。

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もうすぐサイトウシンイチ47歳

あらためて、東日本大震災で亡くなられた方に対して、ご冥福をお祈り致します。さらに、被災された方に対して、お悔やみ申し上げます。

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匿名

原発事故…
福島って、まだ被災中だよね。
先月もデカイの来たしね。

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匿名

めっちゃリアルで生々しいけど、こんなに事細かに書いて、身バレしませんか?

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匿名

猫シリーズ?
これ、シリーズものなの?
ほかにも猫話あるの?

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