選抜の季節になると思い出す青臭い話。
僕の通ってた高校、全然強くないのに野球部の部員が80人近くいた。
ブラバンの僕は高1の三学期から、20人近くいる野球部のマネージャーの一人と付き合い始めた。
紗希ちゃんといって真っ黒に日焼けした凄く快活な女の子で、中学まではソフトボール部でピッチャーやってて、高校でソフト部が無いって事で野球部のマネージャーになった。
陰と陽みたいな僕達が付き合ったきっかけは、単に同じクラスでウマがあったから。
友達みたいな付き合いが続いていたけど、二年の夏休みに処女と童貞でやっと結ばれた。
しかも休み中の教室で。
お互いの部屋に行く事はあったけど、なかなかそういう雰囲気にはならなくて、夏休み中の夏期講習後に、何と無く二人きりになって勢いで机に押し倒して、って感じ。
後で思うとあんな大胆な事した自分に驚いたけど、ああいう勢いが無かったら多分紗希とは出来なかったかとも思う。
セックスという行為に彼女がどこか一線を引いてる感じがしたから。
恐いとかというのとは何と無く違ったと思う。
場所が場所ってのもあったと思うんだけど、紗希のその時の割り切れないというか複雑な表情は今でもはっきり覚えている。
夢中で唇を貪りながらセーラの上から胸を触り、スカートの中に手を入れて彼女の内腿を撫でた時、凄く辛そうな表情をしていた事を。
少し抵抗してたけど、僕を止められないと悟ってからは全てを僕に委ねてきた。
だけど一度結ばれると僕達は以前にも増して仲良くなった。
共働きの紗希の家に毎日寄ってセックスしまくった。
お互い成績も上がっていき、本当に順調な付き合いが出来てると思っていた、その時の僕は。
そろそろ受験という現実を考え始めた頃、うちの高校にビッグニュースが飛び込んだ。
たいして強くもないと思っていた野球部が選抜に選ばれたんだ。
僕自身もそうだったけど、学校中が、町中が、そしてなによりも紗希の喜び様は凄かった。
地元のマスコミやOB達で賑やかになる中、ブラバンとしてもチームに随行して大応援団を組む事になった。
チアリーディングも作る事になり、野球部のマネージャーからも何人かが立候補したけど、その中に紗希もいた。
選手達とベンチに入れないならせめて応援で一体になりたい、というのが理由。
それから放課後はブラバンとチアリーディングは夜遅くまで一緒に練習した。
紗希の部屋に行く頻度はグッと減ったけど、練習でずっと一緒にいる事が出来たし、何よりキラキラ輝く彼女を見てるだけで幸せな気持ちになれた。
僕的にはキワドイユニフォームで応援する紗希が大勢の人の目に晒される事に複雑な気分だった。
僕以外に見せたくないという思いと、自慢したいような思いと。彼女、結構可愛いくて人気あったから。
試合はまさかの一回戦突破。
学校はお祭り騒ぎ。僕自身も凄く興奮した。
そしてその場にいる紗希と一緒に喜べたのが何より嬉しかった。
このまま優勝だ!という町の人の声もあながちありかも、と錯覚するくらい。
二回戦、負けた。
やっぱり甘くはない。当たり前だ。
最終回までモツれた試合だったので、係員にアルプス席入れ替えの準備を促されても、最後の最後まで全身全霊で応援した僕達の落胆は凄まじかった。
溢れ出す涙を抜くいもせずに帰り支度をする紗希の姿は、今も僕の脳裏に焼き付いている。
地元の人達は「最後までよく戦った」「内容では勝っていた」「夏にリベンジだ」等々、美辞麗句を並びたてた。
少なくともその時の自分には慰みにもならない、寧ろ言われたくもないと思っていた。ウンザリするくらいに。
だから選手自身はもっと辛かったと思う。
僕ですら良い思い出になるには時間が掛かったから。
新学期を迎える頃、学校の雰囲気は元に戻っていた。
あの時の熱狂が嘘のように、三年生は受験モードに。
紗希達も引退し、新入生が入り、という感じで眈々と時間が過ぎてゆく。
甲子園よりも西に位置する僕達の地域は、その年の四月は暖かく、半袖もチラホラ見受けられる程。
空と星が好きな僕は、真っ青に抜ける青空をぼーっと眺めながら、将来の事、受験の事、そして紗希の事を考えることが多くなった。
ブラバンは引退はなかったけど、実権は下級生に渡り、以前程時間の拘束も無かったし。
五月に入って、具体的な志望校の絞り込み等、いよいよ本格的な受験体制に入った。
理系コースの僕と文系コースの紗希は離れ離れになった。
フロアーも違うので普段は顔を合わせる事も以前とは比較にならない程少なくなった。
受験勉強もあったし、彼女の母親も仕事を辞めて普段は家にいるようになったとの事で、彼女の家に行く機会も二週間に一度位に激減した。
生活の殆どが受験中心に回ってゆき、夏休みが目前に迫った頃、紗希から別れを切り出された。
二週間に一度はデートしていたし、普段も時間を合わせて一緒に帰ったりする事もあった。
受験生とは言え、出来るだけ彼女の為に時間のやり繰りをしたつもりだ。
だから、涙ぐんで肩を小刻みに震わせながら僕に別れ話をする彼女の姿が信じられなかった。
いや、本当は少し気になる事はあったんだけど、それを認めたく無かった。
見て見ぬ振りをしてきた、という自覚はその時はあった。
けど別れる程だとは思ってなかったし。
彼女は好きな人が他にいる、だから僕とは付き合えない、と言った。
僕の事が嫌いになったのか?と聞くと首を横に振る。
じゃあなんで?と、意味不明な質問をしてしまうほど僕は動揺していた。
紗希の事が大好きで大好きで、本当に死ぬ程愛していたから。
僕の隣から居なくなるなんて考えられなかったから。
「俺君よりも好きな人がいるの・・・ごめんなさい」
紗希は完全に涙を流しながら、でも僕の目を真っ直ぐに見ながら言った。
その大きな目には、知らない誰かを強く想う意思みたいなものが感じられた。
その後の僕の女々しい程の質問に、彼女は包み隠さず全て答えてくれた。
気持ちが抑えきれなくなった事、好きな相手は野球部の同級生である事、僕との思い出は楽しい事ばかりで感謝している事。
だけと一番堪えたのは、その相手の事を一年の頃から気になってたという事だった。
彼女は高校入学時、女子ソフト部がない時点で野球関係とは一切縁を切ろうと考えていたとの事。
選手としてプレー出来ないなら、好きだからこそ、の考えとの事。
だけど、隣のクラスにいた高谷に一目惚れ、そして彼が野球部に入ったのを知って追いかけるように入部したと言っていた。
つまり、信念を曲げる程彼に惚れたという事。
入部後、紗希は高谷に告るけど断られる。
野球に専念して甲子園に行く夢を追い続けたい、というのが理由。
だけど、紗希はその後ももう一度告っている。
勿論高谷には断られているけど。
それで綺麗さっぱり彼の事は諦め、彼の夢であり、そして野球部全員の夢である甲子園出場を純粋に部の一員として追い求めるようになった。
そしてタイミングよく俺が紗希告る事になる。
話が合って気さくに話す事が出来る俺に対しては好印象を持っていたので受ける事にしたと言っていた。
ここまで聞いて僕には思い当たる事があった。
教室で彼女を押し倒した時の彼女の何とも言えない表情、何かを我慢するというか、諦めるというか、複雑な表情を思い出した。
結局、その時点で高谷の事がまだ完全に忘れられていなかったという事だと思う。
最初の男が僕でいいのかどうか、一瞬悩んだんだと思う。
ただ彼女は、二年の夏頃から僕の事を本当に大切な人だと思うようになったと言っていたので、始めてセックスした時からは本当に高谷の事は過去の事とする事が出来たんだと思う。
状況が変わったのは皆が部活を引退してから。
三年になって紗希が通い始めた塾に高谷がいた。
新学期になって久しぶりに会う元野球部の仲間は、少し髪の毛を伸ばし、印象が全然違ったとの事。
高谷は紗希が俺と付き合っていたのは当然知っていたし、紗希自身も高谷の事を「以前好きだった男」というよりも、「同じ夢を追いかけた仲間」としか思っていなかったといっていた。
ところがある日高谷から「あの時は気持ちに答えてあげられなくてゴメンな」的な事を言われてから気持ちが揺れ動き始めたと言った。
そしてそんな自分に驚いて、まだ高谷に気持ちが残っている自分に嫌気が差したとも言っていた。
同時に俺に対して申し訳ない気持ちで一杯になったとも。
高谷はそれ以上の事も何も言ってこなかったけど、紗希の中では悶々とした気持ちがどんどん大きくなっていった。
そして俺にどんな顔をして会えば良いのかわからなくなったとも。
恐くなったとも言っていた。
彼女の母親が仕事を辞めたというのは嘘。
俺に合わす顔が無くて嘘を付いてしまったと。
かと言ってその間に高谷と会っていた、という事は絶対に無いと言っていた。
高谷への気持ちがどんどん大きくなり、少なくともこんな気持ちのままでは俺とは付き合っていけないというのが彼女が出した結論。
ここまでがその時の話。
はっきり言って、聞きたくない事もあった。
だけど紗希は俺の気持ちを考えながら、言葉を慎重に選びながら全てを話してくれた。
俺と別れたとしても高谷に告白するかどうかも分からないと言っていた。
それとこれは話は別だとも。
だけど俺は受け入れる事が出来なかった。
記憶を無意識に抹消する防衛本能だろうか、今では薄っすらとしか覚えていないが、僕はその時必死に彼女を繋ぎ止める為にありとあらゆる事を言った。
最終的には、一旦お互い頭を冷やす為に距離を置こうと言ったけど、彼女はちゃんとそれに同意してくれる返事を躊躇していたので、一方的に僕の方から話を打ち切ったような気がする。
凄く中途半端に、別れを無差無理先延ばししたような感じ。
僕は落ち込みまくり、勉強も手につかなかった。
自分から距離を置こうと言ったからとか関係無く、彼女に会うのが恐くなっていた。
はっきりと終止符を打たれるのが恐かった。
夏休みに入っても彼女と連絡を取る事は無かった。
もうこうなれば別れたも同然かもしれなかった。
夏休みに入って少し経った頃、昼下がりに彼女の家に行った。
塾は午前中だけと知っていたので、俺なりに勇気を出したつもり。
もう遅いかもしれないけど、ちゃんと話がしたかったから。
彼女の家は、古いけど御屋敷という言葉が似合う大きさ。
敷地の中に自転車を置き、鍵のかかっていない玄関を開けた。
久しぶりの彼女の家。
すぐに違和感に気付いた。
広い土間の玄関に大きな男のスニーカーがあったから。
すぐにそれが高谷のものだと分かった。
あれから何ヶ月も経っているし、なんだかんだ繋ぎとめようと勝手な事を言っていた割に放ったらかしの僕に紗希を責める権利なんかない。
だけど学校で二人が一緒にいるところなんか見た事なかったし、噂も聞いた事がなかった。
分かっているけど認めたくなかった。
耳を澄ませば、二階から聞こえる二人の笑い声と音楽。
絶望的な気分になりながら外に出た。
改めて見ると男物の自転車が、邪魔にならないように端っこに置いてあった。
家に戻ってからは意外と冷静だった。
夜受験勉強しながら、ちゃんと紗希に別れを告げようと考えていた。
高谷の事は別に嫌いじゃなかったので、ケジメを付けなきゃと。
翌日、再び紗希の家に行った。高谷の自転車は昨日の場所には無かった。
でも玄関を開けると高谷のスニーカー。
僕はそのまま引き寄せられるように階段を上がって行った。
階段三段目の右側は板が緩んでおり、踏むと大きく軋む。
僕は音を立てないように階段を上がり、音楽が漏れる紗希の部屋の前まで来た。
完全におかしくなっていた。不法侵入。
冷静なつもりが、自分を見失っていた。
今考えても自分が何をしようと思ったのか分からない。
GReeeeNの音楽が聞こえる。
何もかも半年前の僕達と同じ状況。
違うのは、彼女の相手が僕じゃないという事。
と、その時、中から二人の声が聞こえた。
あの時の声。
二人はセックスしていたんだ。
紗希の切羽詰まった声、音楽でもかき消せないベッドが激しく軋む音。
暫く身体が動かなかった。
僕が毎日毎日聞いていた紗希のあの時の声、客観的に聞いたのは勿論始めてだけど、夢を見ているような気がした。
鉛のように重い体を引きずって外に出た。
家に戻ってから布団に潜ると、泣いた。
涙が出なくなるくらい、泣いた。
本当に好きだった。
こうして僕の初恋は終わった。
学校で言いましたよ。高谷いい奴そうで良かったなって。
彼女凄く驚いていて、最初ウルッてきてたけど「うん!」て。
別れた後も良い友達で、と一瞬思ったんだけど、俺が高谷の立場だったら元彼と話す姿は見たくないだろうから、出来るだけ接触はしないようにしました。
長くなって御免ね。
野球中継見ながらだったからダラダラとなってしまって申し訳ない。
選手も応援団も皆必死になってる姿を見ると、あの時の自分に重ねてしまって色んな思いが溢れ出てきます。
彼ら、彼女らにも自分達と同じようなドラマと言うか、事情を抱えてるんだろうなって。
今就職活動中だけど、東京の大学に進学した彼女は今何してるのかな。
紗希には幸せになって欲しいと心底思ってます。
長々と失礼しました。
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