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目の前の痴漢現場

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夜19時の、席は埋まってるけど全然混んでない井の頭線で、下北沢から乗って来た男が私の隣に立っている女の子の後ろにスーッと近寄った。男は薄いスウェットみたいな生地のズボンの上から自分の股間をきゅきゅっと揉んだ。

男が手を離したソコは、横になった富士山のように盛り上がっていた。男の右手の甲が不自然に女の子のケツのほうへじりじり寄っていく。

男は鋭いのに溶けそうな目つきで女の子の後ろ姿を見ていた。

男の顔は決してブサイクではなく、背も175位はあるしスラッとしている。ただ、10代かと思ったがよく見ると30代にも見え、普段何をしてる人か、目の前にいるのに何故か想像がつかなかった。彼の印象はとても不安定で、社会のどこにも属し(せ)ていない人、という感じがした。

女の子は全く気付いていなかった。私は、触るまで待って警察に突き出すよりも、へんな目つきをして股間に富士山をたたえているこの男へ、何か“いつくしみ”みたいなものを投げることによって、男の富士山をおさめさせる方法をとろうと思った。男の顔をじーーっと見ると、男も私の顔を見た。

私は、自分の表情によって、いつくしみの投げかけができるはずだ、と思った。瀬戸内寂聴のような微笑みがいいかな、と思ったけどそれじゃちょっと圧力的な気がした。睨むのも、驚いた顔も、「やめなよ!」みたいなキリッとした顔も、ちがうと思った。

少しの微笑み、優しさ、を表現した顔で、男性の顔をじーっと見た。男性も私の顔を見た。男性はさっきのへんな目とは違う目で私の顔を見ていて、単に「なんだろうコイツ」という感じだったと思う。こういった類いの話題になると、「女が露出の高い服を着ているせい」と「満員電車のせい」

という2つの「原因」が必ず出てくる。だが私は、その2つを「原因」としてこういった問題に取り組むのはあまりにも見当ハズレだと感じていた。自分が触られたり、触られているのを見た時、どちらも当てはまらないことがほとんどだったからだ。

そして実際にそれを証明する光景が目の前で起こった。この現場を写真に撮っておきたいと思い、私は携帯を取り出した。最早「せっかくの機会だから」的な気持ちだった。

私の位置は「女性の履いているデニムの長めのスカート」と「男性の富士山状態の股間」が一緒に撮れる絶好のスポットだった。しかし私が携帯をカバンから取り出すと、男は途端に両腕で顔を隠すように、両手を挙げて手すりにつかまった。とりあえずこの女の子のケツへ手を伸ばすことはやめたようだった。

女の子は、まったく何も気付いていなかった。私が彼女の顔を見ていることすら気付いていなかった。そして渋谷へ到着(下北=渋谷間、急行5分の出来事)。

井の頭線の渋谷は終点で、大きな改札へたくさんの人が歩き始める。男も歩く。だが男は改札からは出ず、当然のように反対車両の吉祥寺行きへ乗り込んだ。私は、自分のケツを触った男が、点々と車両を替え、行き先が反対の車両に乗るのを何度も見た。

「そうなっている」状態の彼らは、電車の到着地に用はない。電車の中に用がある。私はやっぱり、ああいうのを見て、救うべきは「被害に遭った女性」じゃなくて、「そういうふうになってる男性」だと確信した。もちろん、「被害に遭った女性」を救うことも大事だけど、「かわいそう」で「弱弱しくて」、「儚くて」「頼りなげ」で「助けてほしがってて」「かまってもらいたがってる」のは、あの男のほうである。

私が一番いいんじゃないかと思うのは、“ああいう状態になっている男”をいち早く見つけるのが男で、“そうなっている男”を見つけたら男たちが「よっ!」と声をかけて、「飲み、行くか?話聞くぜ?」みたいな車内になるのが、一番いいなって思う。果てしない、理想だけど。

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