杉本さんから投稿頂いた「地域おこし協力員だったころの思い出」。
今から30年ほど前、私はある山村の地域おこし協力員だった。
面接を受けたのも自分だけで、そのときに「村の少子化が危機的状況だ」と言われ、村役場の担当者(西田さん)が真顔で「村の女性と結婚してくれたら新築の家をプレゼントする」と提案された。
就職氷河期で、大卒後も非常勤や臨時採用で食いつないでいたので、即OKした。すぐ見合いがセッティングされ、最初に会った6つ年上の女性に気に入られた。その日のうちに拉致されるように彼女の実家に行き、彼女の部屋でセックスした。
6歳差を感じさせない初々しさで、Dカップの胸、ジャングルのような陰毛、濡れ濡れのビラビラ、私の肉棒をくわえこんだまま5回くらい射精した。バツイチだったが、相性もよかったので、そのまま結婚した。私が23歳で、彼女が29歳。年上が好きだったし、ポチャ巨乳もタイプだった。両親も喜んでくれた。1年後には長女が産まれた。最初のセックスの時の子かもしれない。村にとって久々の新生児だったらしい。
その山村は、なぜかバツイチの女性と、アジア出身の奥さんが多かった。よく聞くと、男性が出稼ぎに行くことが多く、それが原因で夫婦関係が悪化して離婚し、アジア出身の奥さんを呼ぶのだが、生活習慣が違いすぎてなじめないのだという。村は、ひとり暮らしの女性の妊娠・出産に手当てを出すことになっているが、なかなか相手がおらず、新生児は一桁台だという。
ある日、村役場の西田さんが「相談がある」と言って来た。嫁さんや両親も同席した。
「杉本さん、もう奥さんやご両親には了解を得ているんですが」と前置きし、「ひとり暮らしの女性を妊娠させて欲しいんですよ」と。「え?ちょっと待ってください、そんなこと…」と、言いかけると嫁さんが「あなた、この村の地域おこしのためなんじゃない?」、両親も「悪いことするわけじゃない、村のためだよ」と。「わかりました」と言うしかなかった。
さっそく次の日、西田さんに言われた家に行くと、バツイチの春子さん(34)が待っていた。一緒にシャワーを浴び、布団に行って69。そのまま騎乗位で合体。春子さんは5年ぶりで、何度も「全部出してね」と言いながらまんこを押しつけてきた。3度ほど射精した。帰ろうとしたら、春子さんにお願いされて、正常位で絞り出した。まんこの締まりは緩かったが気持ちよかった。
数日後、今度はベトナムから来たミーさん(22)。旦那さんは50代で、夜の生活は週に1回あるかないか。小麦色の肌がきれいで、まんこはツルツルだった。吸い寄せられるようにクンニすると、ミーさんは「きたないよー」言ってたが、そのうち「きもちいよー、いれてよー」と言うので合体した。正常位で3度、バックで2度射精した。ミーさんは「またきてね」と言ってくれた。
未婚の美枝さん(31)は、妊娠願望はあるが、出会いがないという。村では珍しい高学歴で、高校の英語教師。ドライブがてら村から離れたラブホテルに行った。最初は「2時間くらいよね」と言っていたが、学生時代以来のセックスに盛り上がってくれた。フリータイムぎりぎりで出た。帰り道でカーセックスもした。今までの女性でいちばんエロかった。中出しして抜いた俺の肉棒を美味しそうにフェラしてくれた。何発出したかわからない。胸はBくらいだったが、濡れやすく、感じやすく、締まりも抜群で、セフレにしたくなった。
西田さんに頼まれて、12人の女性とセックスした。
それから5年の間にそのうち9人の女性が妊娠した。私は、嫁さんとの間に3人の子に恵まれた。
春子さんは2回、妊娠・出産した。ほぼ間違いなく、私の子種だ。
50代の旦那をもつミーさんも2児の母になった。旦那は事実をたぶん知らない。
美枝さんは、妊娠していない。ピルも飲んでないから妊娠しにくい体質なのだろう。月に2~3回はセックスした。
子供が増えたという情報が広がり、かなり少子化はもちこたえたようだ。
今は、その村を離れているが、今でも気になって、たまに遊びに行くことがある。

感想などコメントをどうぞ!投稿していただいた方の励みになります!