五十路親父さんから投稿頂いた「バブルを淫蕩に過ごした港まちの思い出」。
大学の4年間と社会人になって4年間、計8年間を過ごした港まち。
実に30年振りに訪れた。
大学生の頃はバブルに踊り狂い、毎晩色んな女子大生とご乱行、
その日にh締めて会った女の子とハメ倒すのはごく普通で、知り合った男女複数人で入り乱れたこともあった。
女子大生4人が横並びで仰向けで股開いて、男子大学生4人が1分ずつ腰振って隣に移って味比べとか、女の子によってあんなにマンコの入れ具合が違うんだって勉強になったっけな。
そのうち女子大生が社会人の小金持ちオヤジたちにかっさらわれて、ナンパ相手がオツムの弱い女子K生、時には女子C学生も釣れた。
初めの頃は、女子CK生の処女膜を破りに破ってセフレ化、何でも言うことを聞く恥辱の性奴隷にできたけど、そんな女子K生がまちに溢れ、ヤレる女子K生に処女がほとんどいなくなった。
そこで目を付けたのが、女子大生に浮かれたオヤジに放置された人妻熟女、女子K生や女子大生のようなピチピチではないけど、味わいは深く濃く、淫らを楽しむには熟女だと知った。
熟女のマンコは三十路は赤紫で、四十路はドドメ色、五十路は真っ黒け。
色んな人妻熟女とハメたけど、やっぱり四十路が一番美味しかった。
三十路はまだ熟女というには早くて、五十路は熟しすぎて腐りかけ、それなりにいいんだけど、四十路はフェロモンがもの凄いんだ。
スケベに積極的で、いろんなプレイを教えてもらった。
b¥ディルドやバイブを初めて使ったのも四十路だし、チンポを弄ばれたのも四十路。
髪を縛ってたゴムひもでキンタマ縛られたり、ヘアピンを尿道に挿されたりしたのも四十路。
大学時代にハメた女は、女子CK生から五十路の閉経熟女まで、100人は超えてると思う。
そんな大学時代を過ごした俺は、セックスは経験豊富でも恋愛をしてなかった。
それでも俺は、社会に出たら小金を持って、ハマトラの似合う可愛い女子大生にブランド物の小物をプレ然としてセフレにして楽しんでた。
暫くすると、景気に陰りが出て、小金を手にすることができなくなり、その時やっとバブルが弾けたことを知った。
その時に付き合ってた女子大生が、日本人とベルギー人のハーフで、ケリーという可愛い女の子だった。
始まりはナンパで、セフレだったけど、お互い惹かれあい、俺にとっては初めての恋人だった。
ケリーは時々自分のアパートに帰ったけど、ほぼほぼ俺のアパートに暮らし、半同棲状態。
ケリーが大学を卒業したら、マンション借りて二人で暮らそうと言いながら、毎晩破廉恥行為にまみれてた。
ケリーの親が見たら卒倒しそうな恥辱行為も楽しんでて、あの頃、デジカメがあったらハメ撮りしてただろうなと思う。
でも、バブルが弾けて、俺の勤務先が倒産の憂き目に遭った。
俺は、ケリーに別れを告げ、港まちを離れた。
荷物をまとめ、ケリーと最後の夜を過ごし、キンタマが空っぽになるまでケリーを抱いた。
「もういいよ…十分だよ…」
精液まみれのケリーが抱きついてきて、最後のセックスを終えた。
翌朝、荷物と愛車A70スープラと共に船に乗り、故郷を目指した。
ケリーのアパートを出るとき、ケリーが、
「私、あなたとの思い出がいっぱいある港の見える丘からあなたを見送る。だから、ここでさよなら。元気でね。」
と言って、港まで来ることは無かった。
船に乗り、デッキから港の見える丘を眺めた。
アソコでケリーが俺を見汚kyってるんだろうな…そう思いながら手を振った。
「マンション借りて二人で暮らそうなんて、今じゃ慰めだな…」
そう呟いて、ケリーに別れを告げた。
故郷に帰り、異業種で働いた。
前業の経験を活かし、それなりに順応できて、質素な女とめぐり逢い、結婚した。
港まちにいた頃のような破廉恥行為ができる女房じゃなくて、しおらしい田舎娘だ。
23歳だというのに生娘で、初めて見た怒張に目を見張り、初めて男に晒したマンコに頬を染め、初めて味わうチンポの激痛に耐え、嬉しそうに微笑んだ。
世の中にこんな女がいたんだと、感動した。
遊びで付き合うお女じゃなかったから、結婚した。
長らく訪れてなかった港まち、出張で30年ぶりに訪れた。
まち並が懐かしいのは、変わってないのか俺の記憶が曖昧なのか。
仕事を終えて、30年目に住んでた辺りに行ってみたが、俺が住んでたアパートもケリーが住んでたアパートも、あの頃のようにそこにあった。
ケリーの部屋を出たときの記憶が蘇った。
俺が港に向かったあと、ケリーは港の見える丘に行ったんだろう。
港の見える丘に行ってみた。
あの日、あの港から俺はこの丘に向かって手を振ったっけな…
港の見える丘から戻るとき、ケリーを持った。
俺を見送った後、ケリーはどんな思いでこの坂を下りたのだろう…
ケリーは今、何処で何してるんだろう…
幸せにしてるだろうか。
帰宅して、小走りに出迎えた女房を抱き寄せ、キスした。
そういえば女房、ケリーと同い年だな、そう思いながら、その夜、女房を抱いた。
女房も五十路になり、しおらしかった田舎娘もドドメ色のマンビラを剥き広げてアへ顔を見せる淫女になっている。
30年ぶりに訪れた港まち、淫蕩な暮らしとケリーとの出会いと別れ、思い出はあまりに遠すぎて、忘れかけていたものが噴出した思いだった。
ケリーとの思い出は、切ない別れを思い出したら終わり。
女房との思い出は、一緒に暮らした年月分あるし、これからも増えていく。
だから、ケリーとの思い出は、あの港の見える丘に置いてきた。
きっと五十路のケリーも、旦那に股を開いて、若かりし頃の淫蕩な破廉恥行為を思い出しているだろう。
30年ぶりに訪れた港まちでの思い出を、投稿してみた。

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コメント一覧 (9件)
ホロっと来ちゃうお話でした。
エエ話やん
素敵なエピソードだね
いいお話ですね
しんみり
全くの同世代&人生の歩みで共感しかない笑
そう、あの時代のオレたちはセックスに困らなかった
毎日がビアの大学生…お持ち帰りは日常茶飯事
1日2マンコ、3日三晩セックス三昧は当たり前
社会人になり小金を持つも長くは続かず、オレの会社も倒産、故郷に帰り東京砂漠にピリオドを打った
しばらくは地方都市で働き、事務員の人妻や取引先のパート主婦のオマンコにハマってたっけ
今は3人の子持ちになり、既に長男は巣立って行った
思った以上に人生って短いよね。。
エエね
なんか切ない
いい話です