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長年の妊活に成功した私。嬉しいんですけど、それには秘密が…。

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ゆうかりんさんから投稿頂いた「長年の妊活に成功した私。嬉しいんですけど、それには秘密が…。」。

私は、33歳の既婚者の女です。よろしくお願いいたします。

身バレしない範囲で恐縮ですが、まず自己紹介をさせていただきます。

現在は、同い年の夫と二人暮らしですが、二世帯住宅なので義理の父母も同じ屋根の下で生活しています。

大学時代は小さな芸能事務所と契約して、都内とその周辺地域メインで、三年間ほどソロで音楽活動をしていました。地下アイドルと言えば聞こえは良いけど、さほど美形でもないせいか、鳴かず飛ばずの三年間でした。

私自身も、趣味が興じたアルバイトといった感覚で活動してて、メジャーになる夢までは持ってませんでしたから無問題でした。

その地下アイドル時代に築いたご縁がきっかけで、懇意にしていただいてた都内の小さなイベント企画会社の社員として、大学卒業後に就職いたしました。勤務歴は11年で、庶務課、営業課を経て、現在は社内では花形の企画一課で課長をしています。

その間に、プライベートでは25歳のときに、5年の恋愛期間を過ごした夫と結ばれました。

こうして書くと長くなりますが、私はどこにでも居るような、ごく普通のありふれたOLです。

私がこれからお伝えする話は、私のそんなプロフィールとは関係の無い、私の個人的な性の実体件ではありますけど…。

性体験の告白というより、性にまつわる私の迷いの告白です。

このような告白の場で、ただ迷いだけを打ち明けるだけでは、皆様に申し訳ないですよね。

なので、ささやかなサービスのつもりで、過去の私の性の履歴(大した経験ではないですが)も交えつつ、お話させていただきます。

私は今まで、他の人と猥談に興じた事がほとんどありません。自分自身の性にまつわる話をする事には全く慣れていないし、とても恥ずかしいですし、本当に自慢できる話でも面白い話でも何でもないのですが、どうかお付き合い下さると嬉しいです。

いま私は妊娠中で、仕事も産休中です。妊娠25週目、妊娠7ヶ月です。出産は5月1日の予定で、その頃には私は34歳になっています。この歳になって、待ちに待ったようやくの初産です。

私にとっては、出産までの過程は何もかもが初めての経験なので、とにかく分からない事だらけです。

初めての臨月が近付いてくるなかで、陣痛、出産、全てが未経験なので、ちょっと怖くて緊張もしてます。

でも出産は女の特権ですし、楽しみでもあります。何よりもやっぱり、自分の体から新たな命を誕生させるという、その喜びを一番大きく感じてます。

もちろん、私一人の力だけでは、受胎も妊娠も出産も出来ません。私を抱いてくれたパートナーの力があって、初めて実現できた幸せです。

ベッドの上で、全てを脱ぎ捨てた姿で私と一致協力して、甘くも激しくて熱いセックスを通じて、まさにお互いの身体をひとつにして子作りに励んで。

そして、私が赤ちゃんを授かるという、ただそれだけのために、男としての性欲を惜しみなく発揮して、惜しみなく私の膣内に愛情を込めて沢山の子種を預けてくれて、しっかりと私のお腹を孕ませてくれた。

その意味で、惜しみなく私の妊活に手を差し伸べてくれたパートナーという存在には、今も本当に感謝しています。

私がお世話になっている掛かり付けの病院は産婦人科だけの専門のクリニックです。なので、そこで顔を合わせる女性は私と同じ妊婦ばかりですし、クリニックの特典で割引で水泳クラブのマタニティーコースにも通っているんです。

なので、自然に仲の良いマタ友も増えていき、情報交換などで話を弾ませながら楽しいマタニティーライフを過ごしています。

今年の6月に結婚8周年を迎えますが、それまでの長い間、ずっと子供が出来なくて、欲しくて欲しくて堪らなかったんです。

そんななかで、ようやく授かった待望の第一子ですので、嬉しさは大きいのですが…。

悩みと言うと、ちょっと大袈裟かも知れませんけど、いま心の中に一抹の迷いを抱えています。

よくある普通の悩み相談サイトや、まして私の周囲の人達に明かせる悩みならまだ良かったんですけど、とてもじゃないけど、そういう形で相談や説明なんて出来ないような、デリケートでハレンチな内容です。

自らの意思で行った事とは言え、女として、妻として、1人の人間として、私は恥じなければいけない事をしました。

違法な事ではないと思いますが、道徳的に許されない禁断の一線を超えるタブーを犯してしまいました。

本当に、このような大人の投稿サイトでないと誰にも打ち明けられないほど、恥ずかしい話です。

なので、あえて場違いを承知で、この場をお借りするしかありませんでした。

と言うのは、いま私がお腹に授かっている第一子ですが、この子を私の子宮に孕ませた本当の父親は、99.9%私の夫ではありません。

私の個人的な感覚では、99.9%ではなく、100%です。

イマドキの言い方では、ネトラレって言えば良いのでしょうか?

今さらどう弁解しても言い訳がましくなるとは思いますが、私がいくら生殖目的で夫と愛し合っても、夫の子種で私が妊娠する事なんて叶わなかった私が、私なりに真剣に妊活を考えた結果です。

私は長年、一人で不妊に悩んで、追い詰められていました。そして、自分の独断で、夫ではない別の男性の子種に頼って妊娠しました。

私の体の生殖機能に異常が無い事は、妊活中に病院で受けた精密検査で証明済みだったからです。

更に言うなら、私は夫と親密になる前に、出身には至らなかったとは言え、妊娠した過去があります。

それはまだ夫と付き合い始める前の頃の話で、夫は何も知らないんですが、私は高校時代に、実際に妊娠と中絶を2回経験してるんです。

この事は、夫には明かす必要も無いと思うので内緒にしています。なので、私たち夫婦が長年子宝に恵まれずにいた理由は、私が不妊体質だからだと夫は今も思い込んでいます。

でも、私は不妊体質でも何でもないので、不妊の原因が夫にあるのは明らかなんです。

夫の精子の質や数に問題があるのか、あるいは無精子なのか、それ以外の問題なのか、それは夫の体を検査しないと分かりませんけど。

子供をどうしても産みたい私にとって、自分に不妊の原因も責任も無い以上は、私を生殖目的で抱いてくれる別の男性にすがるより他に仕方なかったんです。

その事で、私がこれから産まれてくる子供や夫と、順調に幸せな家庭生活を営んでいくにあたり、私が妻として、ママとして、どんな心構えで関わっていけば良いのか、今さらですが、分からなくなってしまったというか、自信が持てなくなってしまいました。

これから子供を産んで初めてママになる立場としての、自覚や覚悟が私に足りない。あるいは30を過ぎてもなお、気持ちが女として未熟であるがゆえの弱さからくる迷いである事は、承知してるつもりです。

これから私が持つべき心構えについて、皆様の意見を参考にさせてもらえたら、という思いで投稿いたしました。

虫の良いお願いなのは承知しています。どうかお許しください。

私の夫は、中学時代の同級生です。夫とは三年間ずっとクラスメイトでしたが、その頃の夫は、お世辞にも異性として私の気を惹くタイプではありませんでした。

私自身も、全くモテるタイプではなかったし、モテる自信も皆無だったので、夫も私に対して、多分同じような感覚だったんじゃないかと思います。

中学時代の私と夫は、同じクラスの女の子と男の子という、ただそれだけの関係でしかなくて、恋愛云々という感情は全くありませんでした。

その当時は、まさか私が夫と恋愛して結婚する事になる将来が待っているだなんて、思いもしませんでした。

私は中学を卒業した後に、女子高に進学しました。厳格な規律で有名な、いわゆる私立のお嬢様学校みたいな高校でした。

でも、そんな規律も何のそので、高校一年生のときに、入学してすぐの頃の事ですが、担任だった男性教師と、密かに男女の関係を結びました。

それが私にとって、初めての異性との体の関係でした。

その日から私の性的な履歴が始まったのですが、履歴と言っても、私が夫と結ばれるまでの私の経験人数は、この担任の先生と夫の2人のみでした。

多分その経験人数は、大人の女性として平均より少ないと思います。何しろ私は恋愛経験そのものが豊富ではないので、そこはモテる女性には敵いません。まあ、私が競うに値する女でもないですし、自慢気に明かすつもりもないんですけど。

高校に入学して間もない15歳の5月に、先生と放課後の保健室のベッドで初体験をして、処女を卒業しました。相手が信頼できる大人の男性だったからか、怖くはなくて、むしろ安心感を感じましたね。

でも、興奮と緊張で体はガチガチでした。

破瓜の出血が保健室のベッドのシーツに着いたら大変なので、シーツの上にタオルを敷いて初体験しました。

初めて膣への挿入を経験して、膣はもうパンパンではち切れそうでした。ピストン運動を受けている最中は、コンドームを被せたぺニスで体の奥の芯までメッタ刺しにされてる、そんな感じでした。

膣が外に引っ張り出されるんじゃないかと思ったし。とても痛かったし。実際に膣から出血しましたし。五百円玉より少し大きい程度の血が、タオルに染みてました。

私はもう、気持ちが高ぶってしまって、嬉し恥ずかしの初体験でしたけど、ただただ無我夢中で、自分が何をしたら良いのか全く分からなかったし、何も出来ませんでした。

今になって思うと、私は多分、いわゆるマグロ状態で初体験してたように思います。

私は両足を、大きく広げて先生の腰に巻き付けるように絡めて、先生の大きな背中に両腕を廻して、先生の体の重みに耐えてしがみ着いて。ひたすらその形のまま、先生が逝くまで待つ事しか出来なかった。そんな初体験でした。

それでも初めてのセックスで、大人の先生に対して、私の体でキチンと射精まで導いてあげられた事は、私には誇りに思えました。

処女を卒業した事で、自分がサナギから羽化して蝶になれたと言うか、封印を解かれて女として解放された気分でした。

初体験すると、精神的にも成長するんだと知りました。初体験を済ませた後は、まだ当時は未経験だったであろう周りの同級生の女の子達が、まるで幼稚園児か赤ちゃんのように幼く見えるようになりました。

女としてだけでなく、人間として自信が持てるようになって。クラスでは自分から手を挙げて学級委員になって、積極的に周囲をリード出来るようになって。

勉強の成績にも、プラスの影響をもたらしていたと感じてます。

それ以降も週1程度の頻度で、高校三年生の終わりまで先生とセックスしてました。今思えば、学校で三年間セックスしてて、よくバレなかったなぁと感じますが、この三年間は放課後の保健室が私と先生の愛の巣でした。

高校になってすぐ初体験が出来たのは、私にとってラッキーでした。何しろ私は、異性の気を惹きつけられるほど美人でもない、ごく普通のルックスの女子高生でしたから。

それ以前の頃から初体験には憧れてたし、早く経験したいと思ってたけど、私の容姿という現実を考えれば、もっと遅くなると思ってましたからね。

まして女子校なので、同じ年代の男子と交流する機会も少なかったですから。

私より可愛い女の子なんて、私が通ってた高校には掃いて捨てるほど居たはずなのですが。そんななかで、セックスの相手として、千人近くいた全校の女子生徒の中から、唯一私だけが先生に選ばれたわけです。

その担任の先生は既婚でしたし、私とは一回りほど歳も離れてた事もあり、私も恋愛感情までは無かったので、恋愛関係とまでは言えない仲でした。

形としては先生の不倫相手になるのかも知れないけど、恋愛関係とは違うので、不倫と言うよりむしろセフレの関係と言ったほうが正しいのかな?いずれにせよ、私は不倫の相手をしてるとか、そういう感覚は全く無くて、罪悪感もありませんでした。

先生は私の事を、可愛いとかよく言ってくれてたけど、それはあくまでもリップサービスだったと思ってます。実際、私の顔に惚れたとは今も思えません。

夫からは、冗談半分だと思いますが、私の顔を「元乃木坂46の星野みなみの顔を歪めたみたいな感じ」だとか言われて、未だにからかわれてますし。

むしろ、私の大きな胸の膨らみや、へし折れそうだと云われたくらい括れたウエストや、脚の形とか、そういった私の顔以外の体のパーツの方が、先生の気持ちに刺さってたみたいでした。

高校入学の時点で、既に私のバストはFカップでしたから。

元々私は、生まれつき骨格が細いみたいで、体型そのものは昔から痩せ型なんです。モデル体型とまではいかないと思うけど、男性目線では、首から下はセクシーでいい女に見えてたかも知れません。

身長150センチ半ばで小柄な方なのに、ムネだけは育ちが良くて、大人になった今はHカップです。

正直、私にとっては、大きいバストは邪魔で重い肉の塊なだけ。歩いてても自分の足元はほとんど見えないし、肩は凝るしで、特にメリットも無いので私は好きではないんです。

透きではないと言うか、コンプレックスすら感じていて、出来る事ならもっと胸を小さくしたいんです。

でも、不思議と男性は大きいバストが好きな方が多いですよね。夫もそんな感じですし。

私は、中学時代は合唱部で部長をしてた以外、これといって目立つ要素も資質も無い、控えめなキャラでした。

でも、高校一年生でロストバージンできた事で、自分に自信が沸いて積極的な性格に変わって、三年間ずっとクラスで学級委員もした上で、高校二年生の後半から生徒会長もしたりして、表向きは品行方正な優等生のフリをしてたけど。

まさか、生徒会長が教師と体の関係を結んでたなんて、誰も思ってなかったでしょうね。

私が真面目だろうが、非モテだろうが、表も裏もれっきとした女ですから、本音では男性に抱かれる事に対して興味もあったし、中学時代の頃から早くセックスを経験したい願望はあったんです。

私は小学五年生のとき、11歳でオナニーを始めました。思春期の頃のオナニーは、セックスするための体作りとして大事な行為なのだそうです。セックスするための準備行動ですね。

私も思春期だった頃は、私も初体験する機会を今か今かと待ち望んでた時期だったし、タイプの男性に抱かれてる想像をしながらオナニーしてましたね。

11歳からセックスするための準備行動を嗜んでたんだから、15歳にもなればもう準備万端のはずですから、15歳で初体験しても別に早くもなく普通だと思います。

私は先生に口説かれて体の関係に誘われたとき、迷わず喜んでロストヴァージンさせてもらったんです。それも、私にとっては当然で自然な行動でした。

先生は既婚者だったので、多分遊びのつもりで私の相手をしてたと思うけど。

私としても、恋愛ではなくて、女の修行と言うか、自分の性教育の勉強のつもりでセックスをしていましたから。

先生とは、デートするとか、プライベートで仲良くお付き合いする関係ではなくて、あくまでも放課後保健室での体だけの関係でした。

やがて私はすぐに、セックスでオーガズムを知るようになると、セックスがどんどん好きになっていって。

先生も、私がセックスに慣れてきた頃合いでセックスの激しさが増してきて。

オーガズムのときは、中逝きしながらの脳逝き。脳で逝っちゃうと、アタマの中はもう快感一色になって、他の事なんて一切頭に浮かばなくなります。快感で脳が解けちゃう感じです。

一度でも逝かされてしまうと、それからは逝くのが早くなり、オーガズムも強くなります。

先生とのセックスは、その流れの連続でしたから、先生とのセックスの虜に私が堕ちるまで、それほど長くはかからなかったと思います。

高校時代の三年間、そんな形で先生とお付き合いしてました。

その過程で、私は2回、先生の子供を妊娠しています。もちろん避妊には、お互いそれなりに気を遣ってたんですけどね。

基本的にコンドームで避妊してたんですが、たまに私は本能的に膣内射精されたい願望が出てしまうときがあって。

私が特別にHな女だったからではなくて、女性特有の本能の正常な現れなんだと思います。

先生も、私に膣内射精をしたくなるときがあったようです。自然な本能の現れだと思えば当たり前が、先生もその辺の気持ちはわたしと同じものがあったんだと思います。

私が自分の生理のリズムから、安全日に当たる期間を割り出して、お互いに本能の赴くまま、避妊せずに生Hした事が5~6回くらいありました。

当然、妊娠に対しては強く用心していたので、毎月来る安全の全てで生Hというわけにはいかなくて、三年間でほんの数回しかしてません。

そのときは先生の気が済むまで、膣内射精を幾度となく許してあげました。

そして、私も気が済むまで幾度となく膣内射精を求めて、先生もそれに応じてくれました。

先生に膣内射精されながら、タイミング良く自分も逝く瞬間。あのお互いに逝く瞬間がピッタリと重なり合って、体だけでなく気持ちまでひとつに繋がった、シンクロしてひとつのモノになれた感覚を初めて知ったときは、本当に感動したし。

それを高校生のうちに経験する事が出来て良かったと、私は今でも感じています。

先生も、まさか既婚者の立場で教え子の私を本気で受胎させようなんて思ってなかっただろうけど、生Hのときは、生殖が目的ではなかったとしても、先生はどんな体位であっても、必ず私の体の本当に深い奥のところで射精していました。

かなり本気モードで、まさに本番の子作りさながらに射精されていたと思います。

生Hをした日は、いずれも確信をもって厳選した安全日のはずだったのですが、素人の女子高生だった私が個人的に算出した安全日だったので、多少は誤差があったかも知れませんけど。

それでも高校時代の三年間で僅かに5~6回だけの生Hだったのに、それで2回も私は妊娠したわけですから、私が妊娠に適した体質なのは明らかだと思ってます。

もちろん、相手との体の相性とかテクニックとか、体質以外にも色々と妊娠に有利なファクターがあるのかも知れませんけど。

高校時代は私は、たまに生理の遅れを感じると、すぐに妊娠検査薬を使って自分で調べていました。そのおかげで、早く妊娠を知る事が出来たんです。

気付くのが早かったので、役所の手続きも必要が無かったし、簡単な日帰りの早期中絶で済みました。

私が通ってた女子校は、私がいた当時は、生徒は妊娠しただけで退学も有り得るほど規則が厳しかったんですが、幸い、知られるには至りませんでした。

その代わり、と言うか当然なんだけど、親からはムチャクチャ怒られました。でも、そのとき私が孕んだ子供の父親が誰なのかは、親にしつこく聞かれても私は言いませんでした。未だに明かしてないし、まあ、明かせないですよね。

高校卒業と同時に先生との関係も終わって、大学に進学してからは恋愛も無くて、しばらくセックスもブランク状態でした。

そんななかで、成人式を迎えて、成人式の会場で中学時代の同級生と久しぶりに再会して。

その輪の中に夫がいて。

夫とは5年ぶりの再開でしたが、中学時代よりもキリッとした凛々しいイケメンになってて、ちょっとビックリしちゃった。

私も晴れ着姿だったし、当然髪型も中学時代とは違ってたし、ばっちりメイクもしてたから。夫も私に対して、中学時代とはかなり違う印象を持ったみたいで。

その場で、私は夫にアタックされました。私が異性から本岐の愛の告白を受けるだなんて、それが生まれて初めての経験でした。

それがきっかけで、私にとって人生初の恋愛がスタートして、ゴールインして現在に至ります。

ちなみに、当然ながら夫とは恋愛する過程で、心だけでなく体も含めて親密な関係を築いていきました。

夫との初Hは、その一週間後の初デートのときでした。夫は20歳にして童貞で、私が初めての女だったんです。私も高校を卒業して以来の久しぶりのセックスだったし、恋愛としてのセックスは初だったので、とても燃えましたね。

お互いにラブホテルを利用するのは、そのときが初めてでした。朝まで泊まりましたが、徹夜でセックスしてしまい、翌朝はラブホテルから大学に直行する羽目になっちゃったけど。

その頃から何となく、夫とは結婚前提で付き合えている感じはしていました。

大学を卒業してからは、同棲して、生活も夫婦とあまり変わらない感じになっていって。避妊してたとは言えど、セックスも普通の夫婦と変わらない頻度の営みでしたから、同棲と言うより事実婚みたいな感覚でした。

私は過去の経緯から、自分が妊娠し易い体質だという自覚があったので、正式に夫と結婚したら、すぐに子宝に恵まれると思ってました。

実際、私だけでなく、夫やお互いの両親からも、子供が出来る事を早く望まれていました。

私も夫も、一人っ子なんです。なので、私が子供を産まない限り、私の両親にも、夫のご両親にも、永遠に初孫が出来ないんです。

なので、夫とは、婚約してからはセックスで避妊する事を一切やめて、早々と妊活を始めたんです。

当時の私は頭の中で、婚約中にフライングで第一子を妊娠して、身重で入籍と挙式をするくらいのイメージを描いてました。

でも、長い間子供が出来なかったんです。

夫は、私が高校時代に2度の妊娠経験がある事を知りません。なので、夫は不妊の原因が私にあると思い込んでたし。

執拗に義母や義父からは、毎日のように子宝を催促され続けました。

そんななかで、逆に私が夫に対して不妊の原因を疑う意思を示すのは、夫を傷付けてしまいそうですし、どんな言葉で夫に伝えれば良いのかも分からず、私はずっと躊躇してました。

夫と結ばれて以来、コンドームを買った事なんて一切ありません。妊活のために食事にも気を遣い、妊活のセミナーにも何度も通いました。

当然セックスでは、危険日だろうが安全日だろうが、もう関係ありませんから、ひたすら避妊を全くせずに、夫と最低でも週2回、多くの週はそれ以上の頻度で、夫と愛し合ってきました。

そんな生活を何年も続けたなかで、気が付けば私は、僅かな妊娠の兆候すら見られないまま、30歳を超えてしまい…。

それでも私は子供が欲しくて、諦められませんでした。

でも、義母や義父からの初孫の催促は強くなるばかりで励ましてくれるのはありがたかったのですが、それが逆にプレッシャーになって、それに応えられない私は、もうただ気持ちが焦るばかりで。

そのせいで心理的に追い詰められて、一時はノイローゼ気味になって精神科を受診した時期もありました。

そんな経緯のなかで過ごすうちに、私は妻として本来あるべき正常な考え方が、出来なくなってしまったのかも知れません。

そして、昨年の春頃です。気が付けば私は、夫と血液型が同じ別の男性に頼る事を、本気で考え始めるようになってしまいました。

誰にも知られてはいけない事ですから、私の身近にいる顔見知りの男性が相手では、後先の諸事情を考えると、危なっかしくてさすがに頼れません。

私は安全を期するためには、初めて出会う見ず知らずの男性が理想だと考えたんです。

そこで私は、出会い系アプリで男性を探すようになって。

婚活メインのアプリではなく、不倫を含めた男女関係メインといった雰囲気のアプリでした。

初めは、相手を募る事まではせずに、自分の気持ちを落ち着かせるために、ただ男性を探してプロフィールを眺めるだけでした。

最初はそうやって自分を落ち着かせたくて、それだけのつもりで、出会い系アプリに登録したんです。

でも、そんな事をしたところで私の気持ちが落ち着くはずもなく。

実際に私から男性を誘うようになってしまうようになるまでに、それほど時間はかかりませんでした。

・自分は既婚者なので、恋愛関係は求めてない事
・撮影や録音など記録として残す事は全てNG
・子供が出来ても認知は要らないので、妊娠する目的のセックスに応じてくれる事。
・子供が出来ても、親権や養育などの関わりを一切持たない事
・血液型が夫と同じA型で、それを証明できる事
・後腐れのない関係でないと困るので、私とは1度限りの出会いである事を約束できる事

私はアプリ内の自分のアカウントに、だいたい上記のような形の条件を添える形で、私の簡単なプロフィールと、自分で測ったスリーサイズを載せて。

画像も顔のアップや、普段仕事で着るスーツ姿、前の年の夏に御宿の海岸で夫に撮ってもらった全身のビキニ姿や、社員旅行でのスナップ写真など、5枚ほど画像を添付して。

アプリ内の掲示板に貼って男性を募集したり、私から男性の募集を見て直接アプローチしたりもしてました。

美人でもない、とっくに30歳を過ぎた人妻だというのに。そんな私に対して、こんなワガママな条件でも、種馬として私を抱きたいと返事を返してくれる献身的な男性は、探せば案外見付けられるものなんですね。

あくまでも生殖が目的で、恋愛まで求めるつもりは無かったです。

夫以外の男性とのセックスの最中は、もちろんお互いに本気で愛し合ってたんですけど、セックスは本来そうした愛を交わし合う行為ですから、恋愛関係でなくてもセックスの最中だけは愛し合うのが当然で、恋愛として愛し合う事とは別です。

なので、自分が不倫しているという意識は全くありませんでしたし、今も不倫だったとは思ってません。

もちろん私は今も夫を愛してるし、その気持ちは結婚する前と変わらないんです。夫とのセックスにも満足していますし。

ただ、まだ閉経までしばらく余裕があるとしても、30歳をとっくに超えてしまって、女としての消費期限が日々迫っている状況を感じるなかで、これは女に生まれた私の必然だと思うのですが、早く私のお腹をシッカリと孕ませて、赤ちゃんを産ませてくれる。そんな種馬になっていただける男性を、純粋に本能で求めていたんです。

そして、出会い系アプリを使い始めてから、およそ3ヶ月にも満たない短い期間でしたけど。その間に、私は自分の両手の指の数では到底足りないほどの多くの男性と、1度限りの会瀬を重ねていきました。

上は50代の熟年男性から、下は20歳になったばかりの若い大学生まで。普通のサラリーマンもいれば、官庁勤務の公務員、現役のホスト、プロの格闘家、有名な劇団の舞台俳優まで。短い間でしたが、本当に様々な方と出会えました。

本当に偶然なんですが、私が大学時代に地下アイドルをしてたときの熱心なファンだった方とも出会えました。私の熱心なファンなんて少なかったから、私もその方の事を覚えてたんです。

まさか、こんな形で再開出来るなんて思ってもいませんでしたし、その男性もビックリしてました。

私は、地下アイドル時代に、その方と何回か握手したり、サインしたり、グッズを買ってもらったり、いつも狭いライブハウスの最前列で盛り上がってくれていたのを覚えてたんです。

嬉しいと言うか、恥ずかしいと言うか、女としては誉れなのかも知れませんが、その男性は、当時からずっと私の事を抱きたい、嫁にしたいと、思ってくれていたそうです。

久しぶりの再開の後に、熱く体を結び合ってセックスして。私はその男性の嫁にはなってあげられないけど、その代わりに、一夜だけですが、本気で子供を授かるためのセックスをしました。

その男性と、渋谷のラブホテルの一室で翌朝を迎えるまで愛し合ったんです。

私の妊活は本気でしたが、その男性も本気でした。沢山の射精を、夫のペニスでは届かないほど膣の奥で、丁寧に愛情を込めて、体位を変えながら何度も、本当に何度も植え付けてくれたのが、とても印象的でした。

出会った男性の割合としては、既婚の男性と未婚の男性は半々だったと思います。本当に様々な方と、禁断の愛を交わし合って、お互いの了承の上で避妊をしない本気の妊活として、セックスをしました。

私の夫と比べると、セックスが上手な方や、ペニスが立派な方や、乳首の愛撫だけで私を逝かせてしまう方や、セックスが激しい方など、色んな男性と体で結ばれました。

全ての男性に共通していたのは、自分勝手なセックスをしない、私ありきのセックスに徹してくれる、頼もしくて優しい男性ばかりだった事です。

私としては妊活が第一だってので、ただ膣内射精するだけのオナニーみたいなセックスでも、私は文句を言うつもりは無かったんだけど。

男性達は、私を単なる性欲のはけ口としてではなく、愛を交わし合う異性として真剣に捉えて下さいました。しっかりと私を逝かせてくれたし、私との約束やワガママなお願いの全てを忠実に守ってくれたんです。

また、多くの男性とセックスを経験できた事で、それまで私が気付かなかった自分の属性も見えてきました。

私は、乳輪が性感帯らしい事に気付かされました。私の乳輪は直径4センチくらいで、大きいのかどうかは分からないけど、普段からドーム状に膨らんでいます。乳首が勃起すると、それが半球形になるほど、ぷっくりと大きく膨らむんです。

その膨らみが大きくて、個人的には恥ずかしいので、たまに温泉に入るときでさえ、タオルや腕で胸を隠すくらいですが、セックスしながら乳房を弄ぶときに、その膨らんだ乳輪を前歯で噛む男性がいたんです。

それまで私は、乳房を口に含まれたり、舐められたり吸われたりは経験してましたが、乳首ではなくて乳輪のほうを噛まれた経験は初めてだったんです。

それも、ただ噛むのではなく、絶妙の力加減でリズミカルに、キュッ、キュッ、と何度も噛まれて。それがとっても気持ち良くて、それだけで逝かされちゃいました。

そして私は、他の女性と比べて、早く逝き易いらしい事も知りました。私が激しく何度も逝かされるので、私が逝く演技でもしてるんじゃないかと疑われた事もありましたが、私はセックスで演技なんて一度もしたことはないです。

ボランティアで私の妊活に協力してくれたんです。男性にとっては、あえて私とセックスするメリットなんてひとつも無いはずで、本当に私を孕ませるだけのために、真摯に私を抱いて下さって。

その甲斐あって、私は多くの子種に恵まれ、おかげで私は今こうして念願の懐妊に至って、妊婦として居られているわけですから、私を抱いてくれた全ての男性に、今も心から感謝しています。

それまでの私は、経験人数が高校時代の担任の先と、自分の夫というたった2人だけだったのに。出会い系アプリを利用していたその短い間だけで、経験人数は23人にまで増えました。

そうして、夫以外の男性と生殖目的でセックスをしていくうちに、去年の7月の末頃に妊娠している事が判明しました。

当時から数えて、それまでおよそ7年の間、あれだけ妊活に悩んでいた私が、たった3ヶ月で子供を授かったんです。

生理の履歴を逆算しても、身籠った子供の父親の可能性がある男性は複数います。どの男性が父親かは、今となっては特定なんて出来ません。

そもそも認知を求めるわけにいかないので、本当の父親が誰かを特定するつもりも、必要も無いんですが。

私は懐妊した事が嬉しくて、何も知らない夫も喜んでくれて、これで私も晴れて念願のママになれると喜びました。

そして、年が明けて。もう既に妊娠6ヶ月を過ぎてるので、仮にもし私の気が変わったり、夫以外の男性と行った妊活がバレてしまったとしても、今さら中絶なんて出来ません。

後戻りが許されない、出産する以外は有り得ないという状況ではありますが、ふと最近になって、妊活に成功してやっと気持ちが落ち着いてきたせいか、貞淑な人妻としての本来の気持ちが、少し甦ってきたみたいです。

夫を裏切ってまで子供を作る事を決心した事に対して、本当にこれで良かったのかという気持ちが湧くようになりました。

もちろん、私は妊娠できた事を幸せに感じてますし、お腹に孕んだ子供を産みたいですし、夫の子供として産んで、夫と力を合わせて育てていくと決めている事には、今も変わりはありません。

ただ、私はもう、貞淑な妻ではありませんし、良妻に戻る事も出来ません。純粋に、普通のママになりたい気持ちで結婚したものの、今や、普通のママとはとても呼べないような、汚れたママになる運命を背負っています。

これから良妻のフリをして、夫を裏切り続けながら、子供にも夫が実の父親だと信じさせて、騙して生きていくという、その勇気とか覚悟を保つ自信を失いつつあるんです。

事がバレる心配をしてるわけではなくて、まあ、本当にバレたら大変ですし、バレて欲しくないのは当然ですけど。もしDNAを調べられたら、すぐにバレてしまうけど、そもそも血液型の矛盾は生じないはずなので、そんななかでDNAなんて調べる事にはならないと思うので、その辺りは心配してません。

夫は、私の懐妊に気を良くしたのか、まだ出産もしてないのに、もう二人目の子供を作る事を考えてます。女性は1度妊娠すると、次は更に妊娠し易くなる事を夫も知ってるので、早くも第二子を本気で期待されてしまっています。

私も、夫を裏切り続ける覚悟が出来ないとか言いつつも、矛盾してるようですが、なるべく早く二人目の子供を、いえ、出来れば三人くらい子供を産んでいきたいとさえ考えてます。

私も、子沢山の家庭を築くのが長年の夢でもあるため、高齢出産になる前に第三子まで産みたいなら…これからも、またあの出会い系アプリのお世話になれば、矢継ぎ早に第二子、第三子と産んでいく事は十分に可能だと思います。

そして、そうする事を望んでる自分も、心の中に居るんです。私は、もしかしたら、そうしたいために、皆様に背中を押して欲しいだけなのかも知れないけど。

私は、第一子を出産するだけで満足するか、それともまた他の男性の協力を得て第二子、第三子と産んでいくか。可能性としては五分五分だと感じてます。

私は夫を裏切ってしまいましたが、子供を作るために、私には、もう本当に、こうするしか無かったんです。

このまま、第二子、第三子を夫以外の男性の子種で作って家庭を築いていっても良いのでしょうか?もちろん倫理的にダメなのは理解してます。でも、私も女として生まれた以上、やっぱり子供を産みたいです。

皆様は、こんな私の生きざまを、許して下さるでしょうか?共感出来るなら背中を押して欲しいし、共感出来ないなら踏み留まらせて欲しいという思いで、投稿させていただきました。

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コメント一覧 (4件)

  • >血液型が夫と同じA型で、それを証明できる事
    私はB型だが、A型とB型には2通りの遺伝子パターン(O型の遺伝子を持っているかどうか)がある(私は母がO型なのでO型の遺伝子を持っている)。勿論、その相手の親の血液型によってはっきりしている場合もあればそうでないこともある。
    話が混乱しそうなので簡潔に書くが、単純に夫と同じ血液型が相手でも、夫が相手ではあり得ない血液型の子供が生まれたらどうするつもりなのだろうか?

  • 男の立場から…
    先ず貴女はご自身では分かってないのでしょうが、旦那さんの事を愛しているつもりなのだと思います。長年のつきあいなのでそう言う感情になってるだけで…

    仮にもし逆に、子供が出来ないからと旦那さんが俺の子供を他の女性に協力してもらって産んでもらったからこれから2人で協力して育てていこう、と言われて貴女が受け入れることが出来ると言うのなら
    このまま頑張って騙し続けて行けば良いと思います。 
    そう言われた時に貴女が本当に納得できるのかちゃんと考えた方が良いと思います。 もし貴女がそんな事言われたら許せないとか納得できないと思うのなら、辛いでしょうがちゃんと旦那さんにお話しした方が良いのでは…
    これからの人生の方が長いのだから。

    普通の人なら子供が出来ないからと1人で判断してそんな事はしないですから。

  • 自分の事しか考えていない酷い奥さんですね。
    男性は妻を寝取られるほどの屈辱は無いのに…

  • 投稿者のゆうかりんです。

    色々なご意見、ありがとうございます。

    女性と男性とでは、生殖に対する意識の違いがあるのかも知れません。私の意識が、世の中の女性の標準だというつもりはありませんけど。

    早いもので、明日には妊娠31週目、妊娠8ヶ月の最後の週に入ります。投稿した時と比べても、お腹は目に見えて大きく膨らんで、重さも増してきました。

    もう中絶は出来ないですし。お腹に孕んだ赤ちゃんは産むしかない状況ですが、事実、私はこうでもしないと子供を授かれない状況でした。

    夫は自分の子供だと思って喜んでいますが、こうでもしない限り、第一子に恵まれない夫婦ですので。その意味では、変な言い方かも知れませんが、私も夫もWin-Winの結果と言って良いんじゃないかと思っています。

    なので、赤の他人の子種で、どの男性
    のものかも分からない子種で、それは夫には申し訳なく思いつつ、私は誇りをもって赤ちゃんを産むつもりです。

    私は、泥沼の不倫を望んではいないんです。夫との家庭生活を大事にしたい気持ちは、妻という立場の他の女性と同じです。それを守りたいからこそ、夫以外の男性とは一度限りの関係で終わらせるという自主規制を自ら定めて、妊活に挑んだんです。

    私は道徳的には酷い妻だと自覚してます。でも、自分の生殖機能に問題が無いのに、子供を授かれないまま女として終わるのだけは、私には耐え難い事なんです。

    自分のお腹から赤ちゃんを産みたいというのは、女として当たり前な願望です。やむを得ず夫以外の男性の生殖能力に頼って子供を作った事は、道徳的にはダメかも知れませんが、違法でもないですし、子孫繁栄を考えれば、そんなに悪い事だとは、私には思えません。

    自然な摂理としてセックスを考えれば、むしろ正しいと言うか、一つの正解だと思っています。

    ノイローゼになるほど妊活に悩んできた私には、主人とは別の男性に協力してもらう事でしか、自分の体で赤ちゃんを産む事が叶わなかったんです。

    投稿してから、出産してから次の子供を作るかどうか、ずっと考えてました。

    やっぱり、二人目、三人目を産みたいです。その気持ちは、日増しに強まる一方です。

    これから日が経つにつれて、その考えも変わるかも知れませんが、おそらく出産後も多分、変わらないと思います。

    夫には申し訳ないけど。私は臨月そして待望の出産が刻々と近づくなかで、たとえ他の男性とのセックスで作った子供でも、授かって良かった。間違ってなかった。という気持ちが、ますます強くなっています。

    私はもう若い年齢ではないけど、真摯に私の妊活に向き合って、頑張って私を抱いて子種を授けて孕ませてくれる男性は、探せばまだ見つかると思うので。

    出産後に落ち着いたら、また出会い系のアプリで私と子作りしてくれる男性を探して、子供を増やそうと決心しました。

    これからも、他の男性とのセックスに頼って、40歳になる前に、何とか三人目まで出産する事が出来れば理想的だと思いますので、それを目標にして、出産後も頑張って子供を作っていくつもりです。

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