元彼さんから投稿頂いた「里山の原風景と可憐で淫乱な聡子の思い出」。
四半世紀ぶりに舞い戻った街…
この街を去った時は一人だったが、今は家族連れ、おそらく、もう転勤は無いだろう。
就職して初めて配属された本社がある県庁所在地、ここに3年いて、その後、県内外の現場事務所を転々として、今年3月で現場を離れて本社勤務になった。
これまでにも、数年に一度くらい、出張では来てたが、ほぼ日帰りだったから、懐かしい街を歩くことはなかったし、感傷に浸るのを避けていた。
この街に最初に来たのは大学進学だった。
もっとも、住まいは大学のそばだったから、新幹線の駅から在来線で2駅の郊外だった。
休日、まずは大学時代に住んでた辺りに行ってみた。
青春時代を過ごした街には、今、まさに青春時代を謳歌している学生の姿が眩しかった。
今、自分が大学生の親になっていることで、時の流れを感じた。
駅前には、よく当時の彼女と行ってた喫茶店があの頃の姿のまま佇んでいた。
でも、俺が住んでたアパートは、鉄筋コンクリート造のワンルームマンションになってた。
大学を卒業して、地元では大手の地方企業の建設会社へ就職、本社勤務となり、市街地へアパートを借りて引っ越した。
当時の彼女は故郷に就職を決めてたから、元気でなと言って別れた。
あの頃、携帯電話はまだ一般には普及してなかったから、別れてしまった当時の彼女とは、一度も連絡を取ったことはない。
久しぶりに当時の彼女との思い出に浸ってみた。
お互い、童貞と処女で初体験して、4年間、覚えたての快楽を貪り合ってた。
セックスという行為が、男女の大切なコミュニケーションだと知った。
四半世紀前まで住んでた辺りには、かなり意を決して行ってみた。
当時、市街地にある小高い山の裾に沿って流れてる小川を地下に埋めて、こじゃれたせせらぎと遊歩道にする工事を行ってて、俺は、その近所にあるアパートに住んでた。
俺は、休日にその遊歩道を散歩し、小高い山を散策するのが好きだった。
あれから四半世紀過ぎたが、小川の地下埋設は思ったほど進んでなくてそれに併せた道路拡張工事もまた、思ったほど進んでなかった。
やはり、震災の影響なのだろうか…
その小高い山の散策中に、出会った女性がいた。
散策中によく見かけた女性で、挨拶するようになり、展望台で休憩して街並みを眺めてたら、声をかけられ、会話するようになった。
彼女は名を聡子と言い、俺が大学時代にお世話になったAV女優の 浅倉 舞 に似てて、俺の2歳年上だったけど、浅倉 舞 似の聡子にときめいていた。
そして、街中で会うようになり、聡子のアパートへ誘われ、見つめ合い、唇を重ねた。
俺23歳、聡子25歳で結ばれた。
聡子は年上には見えない可憐な顔立ちだったが、女体はムチムチプリンで、揉み応えのあるDカップがたまらなかった。
俺は大学時代の彼女しか知らなかったが、聡子は、顔は可憐だったが俺より性体験が豊富そうで、肉棒の扱いが手馴れていたし、大学時代の彼女より、ビラ肉の着色が濃かった。
大学時代の彼女とは、4年間ヤリまくってもビラ肉の色づきはアズキ色程度だったが、聡子は紫っぽかったから、かなりの本数を加えたか、本数は少ないけどじっくりと仕込まれたような気がした。
それを如実に感じたのは、聡子が生理の時にしてくれた手コキだった。
聡子は、生理が来ると、俺の肉棒を優しく撫でてくれた。
肉棒を優しく扱き、カリから先を撫でてくれたが、これが何とも気持ち良かった。
カリに沿わせるように指でクリクリした後、先っぽにかけて指をタコの足のようにして撫でた。
これ、今思うと、亀頭責めと焦らし手コキで、快感に翻弄されながら我慢汁を垂れ流してハアハアする俺を見て、聡子は喜んでいたんだと思う。
「気持ちいい?お汁いっぱい出てるね。精子もいっぱい出していいのよ。」
と言いながら、射精ギリギリの手子機と亀頭責めをされていたような気がする。
肉棒は真っ赤に充血して、我慢汁が糸を引き、ビクビク脈打つ様子をニコニコしながら見てた聡子を思い出す。
左手にティッシュを持つと、追い込みをかけられて、
「アァ~~イクゥ~~」
と言うと、聡子は、ドピュドピュ射精する様子を嬉しそうに見てた。
ティッシュで精液を受けながら、
「いっぱい出たね…」
と微笑む聡子は、年上には見えないほど可憐な清純顔だった。
セックスも、普段の可憐さはどこへやら、騎乗位好きで腰をクイクイさせて、
「ア、ア、ア、イキそう…」
と言うとサッと腰を浮かせ、お腹の上にドクドク射精する肉棒を眺めてた。
よくあれだけ射精ギリギリのタイミングまで肉棒を咥え込んでいられるなと、聡子の肉穴のセンサーは、とてもよくしつけられていたと思う。
もちろん正常位も好きで、安全日になると、腕だけでなく足も俺をホールドして、
「中に出して、中にいっぱい出して…」
と中出しを愉しんだ。、
安全日は、中出しの後、ホールドされたまま肉穴で締め付けられた肉棒が、萎えることを許されず、再びフル勃起させられ、抜かずの二回戦に及んだ。
聡子の肉棒あしらい、フェラ、肉穴の蠕動、よほどのテクニシャンに性行為の高等教育を受けたんだと思った。
あんなに可憐な清純顔の聡子が、脱げばムチムチプリンなDカップ、そして華麗な肉棒あしらいを見せて、どんな男にどんな仕込みをされたのか、気になっていった。
可憐な顔した淫乱娘、それが聡子だった。
四半世紀ぶりに小高い山を散策してみた。
山の中腹の急こう配にあった集落は、半分近くが空き家になっていた。
市街地の中にありながら、そこだけ里山の原風景なのが、とても懐かしかった。
聡子と初めて会話を交わした展望台にたどり着いたとき、俺はゼイゼイと意気が上がってて、年齢を感じざるを得なかった。
そして、木々に囲まれた祠の裏手にある茂みの後ろで、聡子が生理の日に、課hン心を露出して、背後から肉棒を握られ、野外手コキで射精したのを思い出した。
帰り道、俺が住んでたアパートを眺め、あの部屋で聡子を何度も抱いたことを思い出した。
聡子の住んでたアパートは見当たらなかったから、あの後、道路拡幅用地に引っかかったんだろうなと憶測がついた。
そして、思い出すのは、就職して3年で俺に出た現場事務所への転勤内示だった。
本社で基本を叩き込まれ、出張であちこちの現場であらゆる場面を見せられ、戦力として旅立つ日、それは聡子との別れでもあった。
一緒に来て欲しいとの願いは、断られてしまった。
聡子は、俺と小高い山を天秤にかけ、小高い山を取った。
「私、あの山全体が好きなの。いつか、あの山について本を書きたいなと思ってるの。ごめん…」
旅立ちの前日、聡子の部屋で最後のセックスをして、翌朝、聡子と一緒に聡子の部屋を出て、聡子は職場へ、俺は引っ越すために自分のアパートへ向かった。
「2年半、俺と付き合ってくれてありがとう。いつか、もし再開することがあったら、あの山についていろいろ話を聞きたいな…それじゃあ、お元気で。さよなら…」
「お仕事、頑張ってね。元気でね。さよなら…」
職場に向かって歩いていく聡子の背中を、ずっと見ていたけど、聡子は一度も振り返ることなく、見えなくなっていった。
本社への出張は、ほとんどが日帰りだったが、この街を離れて5年の頃、かなり長めの会議があって、一泊での出張があった。
俺は、転勤先で知り合った3歳年下の嫁と結婚して2年が過ぎてて、幸せいっぱいだったが、聡子はどうしてるか気になって、会議が終わった夕方、懐かしい聡子が住んでたアパートを訪ねた。
聡子が住んでたアパートの部屋の玄関には、聡子とは違う名前が掲げられていた。
当時、聡子は32歳、きっと、結婚してアパートを出たんだろうと思った。
もしかしたら、昼間に職場に行ったら会えるかなとも思ったけど、別れて5年、幸せな聡子の前に昔の男が現れるのは良くないと思い、行かなかった。
そして今、聡子が住んでたアパートもその姿を消し、聡子をたどるものは、ガラケーから引き継がれ続けた携帯番号だけだった。
あの頃、携帯電話にメール機能が搭載されたが、俺は仕事用の携帯にその機能が付いたものを支給されてたが、聡子の携帯にはその機能がなかった。
アドレスには、四半世紀前の聡子の携帯電話番号が残っている。
別れてから、一度もかけたことはないし、掛かるかどうかも分からないけど、消すことができないで今まで来た。
これからも消すことはないと思うその番号を見つめた。
俺は、育成する方へ回ったから、二度と現場事務所に出ることはないだろう。
きっと、この街には退職するまでいるだろう。
もしかしたら、この街で、聡子と再会するかもしれない。
いや、あの小高い山を再び散策した時、すれ違ってるかもしれない。
でも、四半世紀の時の流れは、お互いを変えた…、
俺は、この街のどこかで暮らす、聡子の幸せを祈りながら、この街に暮らそうと思う。

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コメント一覧 (8件)
・就職して初めて配属された本社がある県庁所在地
・住まいは大学のそばだったから、新幹線の駅から在来線で2駅の郊外だった。
・市街地にある小高い山の裾に沿って流れてる小川を地下に埋めて、こじゃれたせせらぎと遊歩道にする工事を行ってて、俺は、その近所にあるアパートに住んでた。
・市街地の中にありながら、そこだけ里山の原風景なのが、とても懐かしかった。
ん?俺の出身大学があった都市に似てるな。
因みに俺の出身大学は福島大学経済学部。
もう、二十数年前に卒業してるけど、市街地のど真ん中に山があったよ。
なるほど、福島市か。
震災というキーワードもあったしね。
福島市に間違いないな。
ちな、オレは学院大。
信夫山だな
いい話です。
信夫山って、なんて読むの?
のぶおやま?
しのぶやま
信夫山かあ…
近くに今は亡き祖父母の家があったんだ。
子供の頃に登ったことがある。