元彼さんから投稿頂いた「たまに贈り物をし合う元カノがいます」。
一人だけ、忘れられない元カノがいます。
それは、東京で大学の三~四年の二年間を過ごした同い年の元カノで、妻以外の女性で唯一、結婚したいと思った人でした。
お互い、大学の前半は初めての恋人と初体験して、そして哀しい別れを経験した後、何となく寄り添い、親密になっていきました。
お互い二人目の彼氏彼女で、少し照れながらベッドイン、元カノにオマンコを舐めながら、初めての人と比べたりしました。
ここに、元彼のペニスが入って、処女膜が破れたのか、などと嫉妬してみたり、初めての彼女と違うフェラの舌使いに、元彼の影を見たり、セカンドラブはいろいろ比較する恋でした。
元カノは、ちょっと皆藤愛子さんっぽい印象で、カマトトしそうな可愛さでした。
アパートで身に着けるエプロンもヒラヒラが付いたお姫様仕様で、見た目とセンスはカマトトなのに、本人は優しいお姉さんでした。
二度目の恋愛だから、セックスにも慣れてて、毎日どちらkのアパートでギシギシアンアンやってました。
普段は可愛らしいアイドル顔の元カノも、最初の恋愛でしっかり中で感じる身体になってましたし、私も元カノもゴム嫌いで、生で外出しをしていました。
元カノに生理が来ると、きっと元彼にもしてあげてたのでしょう、伝線したストッキングに手を突っ込んで、ストッキング手コキをしてくれますが、これが強烈なんです。
あまり竿を扱いてくれず、亀頭を握られてスリスリされるから、悶絶させられました。
元カノとは、半同棲状態で愛し合ってたから、夫婦になった時のイメージを感じました。
一緒になったら楽しく、そして淫らな夫婦生活になるだろうなと思ったから、元カノとは結婚したかったけれど、私も元カノも一人っ子、いつまでも東京には居られませんでした。
一緒に居られる日が一日、また一日と減っていきました。
そして東京最後の夜、アパートを引き払い、最後のデートをしてホテルで過ごしました。
最上階のレストランで別れの乾杯して、最後のセックス、最後の精液を元カノに振り撒きました。
東京駅の八重洲口で別れました。
「元気でな。落ち着いたら、故郷の美味いものでも送るよ。さよなら。」
「うん。楽しみにしてる。私も何か送るね。さよなら。元気でね。」
最後は笑顔で別れました。
まるですれ違うように反対方向に進み、乗り込む新幹線は違う色、進む方向も違いました。
楽しかった元カノと過ごした東京に別れを告げ、故郷に帰ったのが18年前、もう、ずいぶんと時間が過ぎました。
帰郷して、故郷の名物を物産館から選んで元カノに送ったのが6月、その返事のように元カノからも故郷の名物が送られて来ました。
帰郷して2年目に出会った妻と、私26歳、妻23歳と比較的早めに結婚、その年に元カノに送った贈り物には、結婚した旨を知らせる手紙を入れました。
すれ違うように来た元カノからの贈り物にも、元カノの結婚の知らせが入ってて、思わず笑ってしまいました。
以来、数年に一度、元カノと何らかの贈り物が続いています。
子供が産まれたことや、引っ越したことなど、何かイベントがあるたび、そのことを知らせる手紙を入れて、何か贈り物をしています。
でも、家族の写真とかは入れません。
今年お互い四十路になりましたが、思い出は22歳のままです。
妻は、元カノと数年おきに贈り物をし合っていることを知っていますが、とやかく言いません。
簡単に会える距離じゃないし、そもそも会う気もないです。
それどころか、元カノからの贈り物を、美味しい美味しいと食べてます。
年賀状とかはやり取りしてなくて、数年に一度、思い出したように贈り物が届きます。
妻は、元カノからの贈り物を見るたび、
「たまに、贈り物をし合うことで、遠い昔に愛し合った人の存在を感じられる関係って、とても羨ましい。」
と言いますが、いつか、報告するようなイベントもなくなって、贈り物のインターバルが少しずつ開き、そんな関係もなくなっていくだろうなとは思ってます
でも、そんな日が来るまで、18年続いてるこの贈り物は、続けていきたいと思っています。
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コメント一覧 (1件)
私も、たまに故郷の名物を贈り合う元彼が居ます。
イベント毎というより、その名物の出来がいい年と悪い年があって、出来がいい年にだけ贈っています。
元から来るものも同じで、出来の良しあしがその年によって違うから、出来がいい年だけ贈ってきます。
どちらも結構高価なもので、自分たちのために買って食べることはなく、もらってしか食べたことがないところが可笑しいですね。