元カノさんから投稿頂いた「彼との甘いセックスを思い出す季節」。
もう、ずいぶん昔のことだけど、今頃の季節、東京で一人暮ししてて、職場で色々あって帰宅して、夜、途方もなく淋しくなって、泣きながら彼に電話したことがあった。
もう夜も9時過ぎだったんだけど、彼がアパートに来てくれた。
平日で明日も仕事なのに来てくれて、嬉しくて、やってきた彼に抱きついてポロポロ泣いた。
抱き締められて、頭なでなでされて、優しいキスをしてくれた。
彼に抱きしめられてるだけで、ジワッと濡れてきてしまい、彼の股間に手を伸ばして、ズボンの上から摩った。
シャワーも浴びずにベッドに倒れ込んで、下だけ脱いで触りっこ、彼はビンビン、私はヌルヌル、そのまま生で交わった。
ずっとキスしながら、繋がったまま腰を振ることもなく、身体というより心で繋がるような、今まで、あんなに甘いセックスはしたことがなかった。
彼は、私がなんで寂しがってたか、泣いてたかを尋ねることもなく、
「大丈夫だよ。ずっと傍にいるから…」
って言って抱き締めてくれた。
もう、全身が感じてて、アソコにおちんちんを入れられて気持ちいいのとは違う、自分が全身で興奮してることを感じた。
それまで、
「大好き…」
ってしか行ったことなかったのに、彼を見つめて、初めて、
「愛してる…」
って言ったのを覚えてる。
彼が腰をゆっくり動かし始めると、頭の中が真っ白になるくらい感じてきて、はしたないほど喘ぎながら、痙攣してた。
セックスって、あんなに幸せな気持ち良さがあるんだって、初めて知ったセックスだった。
私は、そんな彼とずっと一緒だと信じて疑ってなかった。
でも、あの日、凄くゆっくりと、でも大きな振幅で揺れた。
東日本大震災…自宅待機になったけど、電車、止まっちゃって、彼にも連絡つかなくて、歩いて2時間かかって帰った。
大きかったけど、ゆっくりとした揺れだったから、部屋は無事だった。
夕方、彼が来てくれた。
テレビでは信じられない映像が流れてて、その日は怖くてセックスする気にならなかった。
3月下旬、彼に別れを告げられた。
彼、実家が福島で、彼の仕事は土木のエンジニア、故郷の復興に尽くすって言って、帰郷した。
彼の会社に被災地の建設会社から、応援要請が来てて、彼、それに応えた。
「福島は原子力災害に見舞われた。お前を危険な目に遭わすことはできない。若い女の子を連れては帰れないんだ。わかってくれ…」
彼の切ない表情に、行かないでとは言えなかった。
3月26日の土曜日、アパートを引き払った彼が私の部屋で最後の夜を迎えた。
最後のセックス、哀しかった。
あんなに哀しいセックスは、初めてだった。
3月27日の日曜日、最後の朝食をこさえて、二人で食べた。
近くの有料駐車場に停めた彼のアルテッツァが、駐車場を出て、運転席の窓が開いた。
「元気でな。俺のことは忘れてくれ。じゃあな。さよなら…」
「ずっと忘れない。さよなら。元気でね…」
福島に向かって走っていった彼のアルテッツア、角を曲がる時、光った丸いブレーキランプ、今もはっきりと覚えてる。
アルテッツアを見ると、彼を思い出してた。
最近は、見ることもあまりなくなったアルテッツアだけど、たまーに、こだわって乗り続けてるマニアックな人もいて、見かけると思い出している。
そのたび、彼はまだアルテッツアに乗ってるのかな、もう、結婚してミニバンになったかな、なんて彼に思いを馳せてる。
そのたび、スマホに引き継いだ彼のアドレスを眺めて、元気かなって思う。
彼に伝えたいこと、聞きたいこと、いっぱいある。
10年前に結婚した私は37歳、二児のママになって、幸せだと伝えたい。
そして、彼が福島の復興に貢献して、幸せになっているって聞きたい。
この季節に、めったに見ないアルテッツアを見かけたから、彼とのセックスの思い出をカキコ…

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コメント一覧 (1件)
俺もア ル乗りだった。
2004年式、4スロにエアクリ繋げて、メカチューンしてた。
俺と嫁の歴史が詰まったアルだったけど、17年乗って手放した。
子供たちも大きくなってきて、家族で長距離旅行に行かなくなった。
家族での移動は嫁のヴィッツRSにして、俺は86を買ったよ。
アル、楽しくていい車だった。
気難しいエンジンで、乗り手を選ぶクルマだった。
スレ主さんの元彼、アルを乗りこなしてたんだから、運転上手かったんだろうな。
福島の峠を駆け抜けてるんじゃないかな。