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初体験の幼馴染美香の後姿にさよならを

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幼馴染さんから投稿頂いた「初体験の幼馴染美香の後姿にさよならを」。

新幹線を降りて、ローカル私鉄のホームに行くと、ちょうど快速が入選してきたから、乗車しました。
20年ぶり、私の記憶が正しければ、快速は最初の停車駅で各駅停車と待ち合わせています。
最初の停車駅は大きな駅で、島式ホームが2つ、4面あり、更に別の私鉄とノン理変え液となっています。


駅の南側にショッピングモール、道を挟んで西側にスーパーアリーナがあって、駅の北側は5~6階建てのビルが十数棟立ち並び、オフィスとレストランや居酒屋などがあり、そのおくての方は住宅街になっています。
電車から見ても、賑やかな駅前です。

ここで各駅停車に乗り換えると、電車は大きな川を渡り、次の駅で降りました。
一駅違いですが、一気に田舎の風景になりました。
20年前はなかったコンビニが、駅の北側に出来てて、駅に直結していました。
西側のガード下には、懐かしいラーメン屋がまだ健在でした。
コンビニを通り抜け、川と山に囲まれた、のどかな道を少し上ると、小さな古民家風の家が建っています。
20年前まで、私たち家族が住んでいた家です。
当時私は高校2年生、妹は中学2年生、父の事業失敗で、土地建物が人手に渡ってしまいました。

懐かしい家を通り過ぎ、しばらく歩くと、幼馴染で処女と童貞を捧げ合った、美香の家があの頃のまま佇んでいました。
美香の弟のミニバンでしょうか、庭先にとまっていました。
美香は、もうとっくに嫁いだでしょう。
私と美香は、裏山の愛宕神社で中1の時に初めてのキス、そして、美香の家の昔祖父母が住んでた離れの2階に忍び込んで、中2の初夏の頃、初体験をしました。
当時、美香の祖父が体調を崩してて、祖母と共に施設へ入り、祖母が介護していたので無人状態で、二階は物置と化していました。

裏口から忍び込んで、二階の部屋で裸になって、お互いの股間を弄り合い、美香が手に入れてきたコンドームをかぶせて、試行錯誤の末に一つになりました。
まだI4歳の少年と少女が、舌を絡めたキスをしながら、幼い性器を結合させたのです。
次第に快感を知っていく美香は、私とセックスしたがって学ランのズボンの上から触ってきて、勃起させられたら美香を抱きたくなるので、離れの2階に忍び込むのです。
美香は、おかっぱ風の髪が純情なお嬢ちゃんに見えましたが、そのセーラー服の下には、既に男の味を知る女の身体が股間を潤ませていました。
中学校のだれもが、私と美香が幼馴染だと知っていましたが、美香がすでに非処女だとは思わなかったでしょう。

あの頃、週5回はセックスしていました。
だから、二人のお小遣いの半分以上がコンドーム代に消えました。
美香が生理の時は、愛宕神社の裏で、美香に手コキで抜いてもらっていました。
罰当たりなカップルでした。
離れの2階は、電気を止めていましたので、夏は暑くて、全裸で汗だくで交わていました。
逆に冬は寒くて、下だけ脱いでセックスしていましたので、現役の中学生が、セーラー服と学ラン姿でセックスしていたから、さぞおぞましい姿だったでしょう。

私たちが破綻して、逃げるようにあの家を出散った時、美香が涙でぐちゃぐちゃの顔で、左手を大きく振って、右手は口のわきに添え、
「さよなら~元気でね~」
と叫んだ姿、忘れられません。
美香が手を振ったあたりに佇み、懐かしい離れを見ると、あの頃の二人の喘ぎ声が聞こえてきそうでした。
あの頃、確かに私は美香を愛していました。
いつか迎えに来るからと誓ってこの街を離れましたが、叶いませんでした。

美香の家から更に15分くらい歩くと、墓地があります。
私は、花束を添え、線香を手向けました。
そこには、両親が眠っています。
家建物が人手に渡った後、この街から逃げるように消えた私たちは、隣の県の県庁所在地、そこは政令市で大都会、そこに潜むように暮らしました。
私と妹は転校し、両親は働き詰め、私が高3の秋、就職が決まって喜んで帰ると、過労で母が倒れて救急搬送されていました。
母は年明けすぐに亡くなり、昔住んでいた家のそばにある我が家の墓に眠りました。

仲の良かった夫婦でしたから、父は絶望に陥り、暫く腑抜けでしたが、妹を高校卒業まで育てなければならないので、やがて奮闘しました。
私が社会に出て2年目が終わるころ、奮闘してた父が過労で倒れ、母の元へ旅立ちました。
当時妹は高校3年になるところで、私が親代わりに妹の面倒を見ました。
妹も高校を出て就職、兄妹で暮らしていましたが、7年前に私が結婚した時、妹が家を出ました。
時々妹は週末にやってきて、姪っ子である娘と遊んで泊っていきましたが、三十路になっても結婚しなくて心配していました。
でも、やっと嫁いでくれました。

私は、妹の結婚を両親に報告に来ました。
妹が来ればいいのですが、妹は、家庭を破綻させた上に、自分たちを置いて逝ってしまった両親をあまり良く思っていません。
親代わりに私が妹の面倒を見たことも、「お兄ちゃんまで犠牲にして・・・」と思っています。
だから、妹は墓参りをしたことがありません。
心身ともに苦した妹だし、昔住んでた家を見るのが辛い気持ちもわからんではないし、いずれ嫁いで家を出る身、妹の考えを尊重していました。

かく言う私も、昔住んでた家や、美香の家を見るのが辛くて、墓参りは電車じゃなく、車で来ていました。
昔住んでた家や美香の家の反対方向から、お墓にアプローチしていました。
お墓と美香の家は、1㎞くらい離れていますし、電車を使うと、駅から1.5kmくらい歩かねばならないし、車のほうが都合が良かったのです。
でも、もういいかなと思えるくらいになったので、今回は20年ぶりに、妹の結婚報告に電車で訪ねてみました。

帰り道、美香の家の前を通りすぎ、昔住んでた家の前を通り過ぎるとき、私たちがいた家には、優しそうな中年のご夫婦が住んでいるのを見かけました。
車庫にはプリウスがとまってて、息子さんのでしょうか、中型のバイクがありました。
家も庭も手入れが行き届き、大切に住んでくれてありがとうという気持ちになりました。
駅に向かって歩くとき、いつか美香を迎えに来ようとか、頑張って働いてあの家を取り戻そうとか、そう思ってた20年前が懐かしく思い出されました。
改札を抜けるとき、着物袋を抱えた女性とすれ違いました。

十数秒歩いて、ハッと振り返ると、あの後ろ姿、歩き方、美香でした。
美香は、結婚指輪をしていました。
「美香・・・結婚して、実家に住んでたんだね・・・」
声などかけず、美香の背中を見送りました。
「さよなら・・・元気ででな・・・」
20年前、美香がかけてくれた最後の言葉を、今度は私が美香にかけてみました。

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