反省の父親さんから投稿頂いた「実の父娘の事実婚」。
明けましておめでとうございます。独り身の私にとってこちらのサイトを閲覧することは私の楽しみになっております。新年を迎え、気持ちの一区切りとして自身のことを書いてみようと思いました。
亡き妻とは二十年前に出会い、≪できちゃった婚≫で結ばれました。娘の沙耶が生まれてからは初めての子ということもあって、亡き妻と試行錯誤しながら貧しいながら、懸命に育て上げました。もともと身体が丈夫でない亡き妻だったので、子供は一人としました。妻が三十を超えたあたりから体調を崩しがちで、娘が小学四年の春、妻はがんで倒れ帰らぬ人となりました。
死ぬほどへこみましたが、残された沙耶のことを心配してた妻の言葉を思い出し、仕切り直して沙耶の幸せのために頑張らねばとそれから奮闘しました。奮闘の甲斐もあり、私の姿をみてた沙耶も手伝いをしてくれたりと私を支えてくれるいい娘に育ちました。
でも沙耶が成長するにつれて私のなかの〈ある悩み〉が大きくなっていったのです。
このことは亡き妻も知らない性癖=近親相姦の願望を持っていたことです。私が性に目覚めたきっかけも父が実家で隠し持っていた書籍を見つけ、それを隠れて読んでいてからでした。
父子家庭で容姿も自身のない私。自身の性欲は自慰で補っていました。もちろんそれまでは対象を漠然として、類似した書物をネタに自慰を繰り返してましたから。
沙耶が初潮を迎えてから、否応なく≪女≫を意識させられるようになっていきました。亡き妻に似てさほどオッパイは大きくはなかったですけど、無防備な沙耶は時折、大胆な服装で家の中を徘徊することもあったので、その頃から視姦と妄想に明け暮れるようになりました。
そして沙耶が14歳の夏、私は沙耶と一線を越えました。きっかけは私が隠し持っていた近親相姦の本をみつけられたことでした。それも私が傷つくことを考慮してくれて黙っていたのです。その夏の日、沙耶が部活で出かけたのを確認して、自慰のために隠し持っていた本を取り出したときに、明らかに整頓してた順番が異なっていたことに気付いたのです。
16時に帰宅した沙耶。聞きずらいことでしたが夕食後、思い切ってそのことを尋ねてみました。照れながら、かわいい答えが返ってきました。
「お父さんも≪男≫だもんね。エッチなもの興味あるよね…へへ」
無理に笑顔を作りながら、言葉を選ぶ娘。嫌われるんじゃないかと恐る恐るきいた私。
(どちらが精神的に大人なんだか笑)
ほっとする私でした。
沙耶:「無理しないでね!」
その言葉を聞いたとき私の中で何かが変わったのです。
その日から数日後、そ学校の課題を終えたと自分の部屋から出てきた沙耶から声をかけられました。
「…お父さん、きいていい?」神妙な面持ちで尋ねてきました。(何か悩み事?頼み事?)
「いいよ。どうしたの?」と私。
「怒らないでね。…そ、そのぅ…。きいていい?気になって…。」
そして口にしたのが例の件だったのです。何冊かよんで同じような内容だったのが気になったとのこと。近親相姦という言葉の意味がわからなかったとのこと。そして沙耶が一番気になったというのが私が沙耶とそんな関係になりたいと思っているかということだったのです。
そして私は正直に話しました。自身の性癖。性癖のきっかけ。いつわりなき亡き妻への愛、性生活。魅力的になった沙耶への気持ちと葛藤。いささか正直すぎた感はありました(笑)。
「そうだったんだぁ。…。お父さん、ありがとう!」
どこまでわかってくれたかはわかりませんでしたけど、真剣な質問に茶化すことはできないと思って答えた私でした。
それから数日後の土曜日、私達にとって忘れられない日が来ました。娘と話し合ったうえで同意のもと、私達は一線を越えてしまいました。

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