クロダさんから投稿頂いた「タイマッサージの思い出」。
タイで過ごしていた頃、仕事の疲れを癒やすために立ち寄った小さなマッサージ店があった。
観光客向けの華やかさはなく、どこか生活感がある、落ち着いた雰囲気の店。
通ううちに、担当してくれる若い女性とも自然と顔なじみになっていった。
彼女はいつも穏やかな笑顔で迎えてくれる。言葉は多くないのに、不思議と安心する空気を持っていて、彼女の手に体を預けている間だけは、日常からふっと離れられるような気がした。
三回目の施術の日、変化が訪れた。
いつものように背中をほぐしてもらい、仰向けになる。室内の明かりが柔らかくて、彼女の横顔はどこか夢の中の人みたいに見えた。
そのとき、ふっと指先が “境界線ぎりぎり” の場所に触れた。驚くほど控えめなのに、妙に意識してしまうタッチだった。
彼女は気まずさを纏わせることなく、むしろ「大丈夫?」とでも言うように静かに微笑む。その微笑みがやけに優しくて、こちらの鼓動だけが部屋の中で大きく響いているように感じた。
マッサージは続く。
けれどその日の施術には、言葉では説明できない“特別な温度”があった。触れられるたびに、心の深いところがじんわり溶けていくようで、体が軽くなるというよりは、むしろ胸がざわついていく。
やがて、こちらが緊張しているのに気づいたのか、彼女はほんの少しだけ姿勢を近づけ、落ち着いた声で「リラックス、ね」と囁いた。
その一言に、心のどこかがほどけた。
施術が終わる頃には、身体が軽くなったのはもちろん、なぜか胸の奥に温かいものが残っていた。
帰り際、彼女はタオルを整えながら、あの柔らかい笑顔で「また来る?」と小さく尋ねた。
その仕草が妙に胸に残り、気づけば次の週も、その次の週も店の扉を開けていた。
通うたびに、彼女との距離は少しずつ変わっていった。
ときどき肩に触れる手が長めに止まったり、施術の合間にふっと目が合って微笑み合ったり。ほんの些細なことなのに、心が波立つ瞬間が増えていった。
半年ほど経った頃には、マッサージが終わると短く話すようにもなった。
互いの拙い英語とジェスチャーだけなのに、なぜか気持ちはすれ違わず、むしろゆっくりと距離を縮めていった。
あるとき、ふいに彼女が近づいてきて、軽く頬に触れた。
その仕草は恋人同士のようでいて、だけど決して深く踏み込まない、曖昧で優しい距離感。
何かを求めているわけではないのに、心がとても温かくなった。
気づけば、彼女は施術中にそっと手を重ねてきたり、帰り際に軽くハグをしてくれるようになった。
深い男女の関係ではないけれど、どこか互いを大切に思っているような、そんな不思議な関係が続いている。
──タイへ行く理由が、ひとつ増えた。
彼女に会うために。
そしてあの、言葉よりも優しい「触れられ方」を思い出すために。

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