ブジーさんから投稿頂いた「シスターに尿道責めを受けた修道院の思い出」。
平成初期、いわゆるバブル崩壊でリストラされたのが23歳の時、元カノに去られて、アパートも出る羽目になり、家財道具を売って街を彷徨い、たどり着いたのが某地方都市の修道院だった。
道を挟んで向かい側には、カトリック系の短大があった。
そこで暫くお世話になったのだが、お世話になったシスターがとんでもない変態だった。
朝、目が覚めると、パイプベッドに大の字に縛られてて、シスターにペニスを扱かれ、勃起させられた。
シスターの他に、数人の若い短大生らしき女の子がいて、恥辱に晒された。
若い女の子の見てる前で射精はできないと我慢してたら、想定外の出来事が起きた。
大の字に縛られて身動きができない私のペニスの尿道に、尿道ブジーという金属棒があてがわれ、尿道にジワジワと挿入された。
細い棒だが、初めて経験する感触と、若い娘に勃起を見られるだけでも恥ずかしいのに、あろうことか尿道に金属棒を入れられるなんて、恥辱だけでなく、男性のシンボルを凌辱される惨めさに染まった。
しかも、何とも言えない感触に、アへ顔になってしまい、ハアハアとヨガリのたうつ姿を晒してしまった。
「穴を犯されてヨガるなんて、あなたの尿道は、尿道マンコなのね。ほうら、尿道マンコ犯されてヨガりなさい。」
尿道を金属棒でホジホジされて、悶絶する変態な姿を若い娘さんの前に晒す、しかも、次は細いけど表面がウェーブした金属棒を抜き差しされ、喘ぎ声を漏らしてしまった。
ペニスを握られながら、尿道を凹凸のある金属棒でピストンされているうち、次第に快感に狂う姿を晒し、挙句の果てに、若い娘さんたちの前で射精する恥辱を晒してしまった。
「おしっこの穴を犯されて、射精するなんて、変態ね。」
なんて言われたあと、射精後の亀頭を責められ、絶叫がこだました。
亀頭を責められているうち、再び勃起して、それを見たシスターは、修道着をまくり上げ、パンツを脱いだ。
まさか…と、シスターに跨られて、腰を振られ、シスターのオマンコに射精してしまった。
暫くの間、尿道ショーやシスターの性欲処理に使われたのち、訪ねてきた修道士にアナルを犯された。
正常位でアナルに生ペニスを入れられ、シスターに背面騎乗位で跨られ、シスターと修道士は抱き合ってキスしながら、腰を動かして、アンアン感じ、やがてアナルに熱い精液が注がれ、シスターの子宮に精液が漏れた。
修道士は一人じゃなく、外で順番待ちしてて、2人、3人とアナルを犯しに来て、計5発の精液が注がれた。
あの修道院には、8か月滞在した。
「アンタ、頑張んなさいよ。」
シスターから幾ばくかの施しをもらい、修道院を後にした。
何度も振り返って、手を振るシスターに手を振り返した。
シスターに紹介された温泉街で、観光協会の仕事に就いた。
まだ若かった私は、仕事の傍ら、旅館の仲居さんに呼び出され、五十路六十路の閉経したオマンコに射精させられた。
「ヒィ~~若い子種で腹ボテになっちまうよ~~」
四畳半の休憩室で、騎乗位で腰振られて、1日3人相手にしてた。
約5年間で、40~50人の仲居さんを抱いたと思う。
慣れとは恐ろしいもので、五十路六十路の女性とのセックスに、魅力を感じてきてしまうのだ。
一人、若い30代の仲居さんがいて、斉藤由貴に似たとても奇麗な人だった。
田舎から出てきて、全てを失い、不本意なセックスを強いられる日々をすごしたのち、ここにたどり着いたと言った。
似たような境遇に、俺を可愛がってくれて、何となく惹かれた。
29歳の時、可愛がってくれていた5歳年上の斉藤由貴に似た34歳の仲居さんが帰郷するのについていった。
そこはかなりの田舎で、畑で農作物を育てて暮らした。
その彼女と結婚して、翌年娘が生まれ、のんびりと暮らした。
優しい姉さん女房だが、セックスだけは毎晩欠かさず、いつもキンタマは空っぽだ。
斉藤由貴に似た美人だけど、毎日はきつかったが、それも慣れた。
現在、妻は還暦を迎え、俺は55歳、25歳の娘は都会に出ている。
妻は還暦を迎えたけど、セックスは毎日させられている。
先日、所用であの修道院がある街を訪れた。
実に30年以上ぶりだった。
修道院はまだあったが、もちろんシスターはもうとっくにこの世を去っているはずで、懐かしく前を通り過ぎた。
本当に、あの頃と何も変わってなくて、泣けてきた。
遠い昔、あの修道院で繰り広げた、破廉恥な思い出がフラバった。
過ぎ去った昔の出来事だけど、鮮明に思い出すことができた。
高専を出て、この街に就職して、3年目を迎えたときにリストラに遭った。
そんなことを思い出し、そして、その後の30年を想った。
修道院の思い出、温泉街の思い出、そして、妻との思い出…
ここに、稀有な体験をしたあの街での思い出を書き記す。

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コメント一覧 (1件)
海外の或る修道院の話。児童養護施設の無い町なので、親から虐待を受けたり、貧困家庭で家を出されたり、親が望まぬ妊娠をして生まれた子など、身寄りのない子を引き取り育てているのだそうです。けれど次々預けられるので育て切れなくなり、15歳になると行く当ても決めず施設から放り出すのだそうです。玄関の外には誰でもいいから若い子が欲しい大人が来ていて、女の子でも男の子でもすぐ連れていくのだとか。修道院で教育と躾けを受けた子は身も心も純粋そのもの。荒んだ町の大人に連れていかれた子達がどんな生活をしているのか修道院は関与しないそうです。