還暦オヤジさんから投稿頂いた「青春時代をバブルで送ったアラ還世代の私たちの性」。
ついに還暦を迎えました。
まさか、還暦を迎えても妻とセックスするとは思いませんでした。
それもこれも、3歳年下の妻が年を重ねても綺麗だからなんだと思います。
妻は、10年前に旅行で上京した時、安野Y美さんというAV女優に間違えられたことがありました。
誰だろうと思ってググると、妻によく似た女優さんで、妻よりも年上で、綺麗な人だなあと思いました。
あれが引き金になって、妻が発情、週イチだった営みが週3になりました。
でも、還暦を迎えた今は、週1~2回になっています。
妻は57歳とは思えぬ素晴らしい美貌と肉体美で、身体つきも安野Y美さんに似ています。
そして、10年前に、妻より年上の安野Y美さんのエロいAVを見て感化され、以来、ドエロな営みになっています。
妻はこれまで、清楚で綺麗な奥さんと言われてきて、私も美人妻が自慢でした。
しかし、妻に似たAV女優の作品のチャプター画像を見て、妻は発情してしまいました。
それ以来、若さを保つお手入れも入念になり、夫婦の営みが増えたというわけです。
時には、年齢を感じさせないなかなかハードなプレイも仕掛けてきて、充実した夫婦生活が営めています。
そして、アラ還とは思えないほど整った肉体、多少緩み始めてはいますが、ダルダルじゃないので、40代の時と変わらない気がします。
そんな私たち夫婦は、青春時代をバブルで過ごしました。
私は大学後半から就職して暫く、妻は高校の終わりから短大時代、空前の好景気で狂った世の中を見てきました。
大学の後半、小金を持ったサラリーマンが、女子大生をナンパして、ワンナイトを楽しんだり、逆にその奥様たちは男子大学生を相手にランチコンパして、大学生をお持ち帰りしたり、乱れた風紀でした。
大学生同士もヤリ目の乱れたコンパして、参加者は全員カップルになって散っていくというイベントだった。
自分の好みの女が捕まればいいけど、そうじゃなくてもまあいいかと、時にはでぶやブスともハメた。
参加者はほかに恋人がいる人ばかりで、ワンナイト目的だから、面倒じゃなかったし、恋人とはできないプレイができたりした。
毎月コンパがあって、メンバーは半分くらいが同じメンバーで、今度こそあの娘と思った日には来てなかったり、結局二回目の人としかペアになれなかったりすることもしばしばでした。
何度か、4Pや6Pの経験がありますが、3Pのような奇数プレイは経験しませんでした。
隣で友達がヤッてるの見ながら、女の子にハメるのって、興奮しました。
大学時代、人妻は十数人と、女子大生は二十数人とワンナイトしました。
恋人は女子大生でしたが、きっと私以外とワンナイトしてたでしょうね。
それから、人妻の中に一人だけ、継続的に関係してた人がいました。
大学の3~4年のとき、40歳くらいの人妻が、旦那さんが単身赴任中で欲求不満、セックスの権化のような人でした。
印象的で、自分が還暦を迎えた今でも覚えています。
見た目は清楚で綺麗な奥さんでしたが、情熱的というか、人生最後のセックスでもするような、全身全霊で快楽を求めるセックスでした。
そんな余計なことは一切考えず、心と体すべてで快感を求めている、といった感じでした。
人妻のセックスは全体的に、恥じらいを捨てて、快楽を貪る感じなのですが、それに加えてパッションがあって、洋物のポルノみたいでした。
一回戦を終えたあと、横になって暫し休憩したあと、
「若いんだから、もっとできるわよね。」
なんて言われましたが、その言い方も色っぽかったですね。
男子大学生の性欲は旺盛、シャワーで精液を洗てきて、2回戦に突入しました。
そのクイクイした腰使いは、セックスの権化で、恐ろしい性欲の持ち主でした。
四十し頃と言いますが、納得した次第です。
その人妻とは、卒業するまで、軽く100回以上したと思います。
それから、就職してからの話なんですが、社会人1年生の時、上司に連れられて行った二次会のカラオケスナックで、ママに気に入られて深夜にお持ち帰りされて、朝まで5発抜かれたことがあります。
少し寝て、お昼ごろにまた跨られて、夕方までもう5発、1日で10発抜かれました。
あれが今まで1日でしたセックスの最高回数でした。
因みに、ママは当時57歳、母より10歳年上で、オール中出しでした。
あのスナックには時々行きましたが、毎回のようにお持ち帰りされました。
ママが還暦を迎えて、スナックが閉店、時を同じくしてバブルも弾けました。
その頃、妻と交際2年目に入ってて、会う旅ヤッてました。
出会ったのは仕事上で、私24歳、妻は短大出て1年目の21歳でしたが、その時は、綺麗な人だな~と思っただけでした。
というのも、3歳年下と知らず、スーツ姿が凛々しくて、むしろ年上に見えたんです。
落ち着いてて、清楚な美人、その後、再会したのは半年後、その時はプライベートで、踏切事故で電車が止まってしまい、駅で立ち尽くしてたら会いました。
「困りましたねぇ」
なんて言いながら、居酒屋で時間潰そうとなって、一緒に飲みに行って、意気投合、当時はまだ携帯などない頃で、固定電話の番号を教えて別れました。
3回目のデートで口説いて、ベッドイン、私25歳、妻22歳、清楚で凛々しい美人の妻に処女膜はありませんでした。
キンタマを秘だ有り手で持ち、右手で根元を掴む独特のフェラ、玉揉みを咥えてくるやり方は、元彼の仕込みなんだろうなと思いました。
フェラも絶品、これは完全開発済みと予感してキス、下をこじ入れてきて、濃密なキスしながら、開いた脚の間に私を誘い込み、腰を動かしながらニュルリ、キスしたままつながるというハイテクを披露しました。
そして、凸と凹の絶妙なフィット感、あまりの気持ち良さにお互いしがみついて、腰を揺さぶり合いました。
初めてのセックスで、最高の相手を見つけたと思いました。
清楚美人が開発済みの非処女、当時は、成人した美人に処女なんかいないと思うのが普通で、美人ほど経験豊富と見る風潮がありました。
だから、22歳の美人だった妻には、2~3人の元彼がいても不思議じゃないと思いました。
私も、処女は大学1年の最初の彼女、短大生で処女、童貞の私と初めて同士で試行錯誤で繋がりました。
大学後半の彼女は新入生、やはり処女でしたが、今度は私に経験があったので、十分クンニで濡らしてから入れました。
処女はこの二人だけです。
その後、ワンナイトするような女子大生に処女なんかいるわけもなく、バブル時代は10代で経験するのが普通という認識でした。
妻と出会うまでは、職場のパートさんや彼氏持ちOLをつまみ食い、あの頃は、うわいセックスのハードルが低くて、まるでスポーツでもするように、気が??にセックスしてました。
だから、常にコンドームは常備していました。
でも、妻とセックスして、身体の相性がいい人とのセックスがどんなものか知り、心よりも身体が離れなくなって、私27歳、妻24歳で結婚しました。
以来33年、他の人とセックスしようとは思いませんでした。
還暦過ぎた私に求められると、目をトロンとさせてm他を開く妻も57歳ですが、まだまだいい女だなあと思わせてくれます。
若い頃、色んな女性とセックスしまくったアラ還世代、昔を振り返ると、以下にあの時代が狂ってたかを思い知るのです。
そして、孫がいる身で妻と中出しセックスできていることを、幸せに思うのです。

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