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大学時代に半同棲だった元カノから来た最後のメール

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元彼さんから投稿頂いた「大学時代に半同棲だった元カノから来た最後のメール」。

先日、古いUSBフラッシュメモリを見つけました。
容量が256MBなので、かなり古いものです。
中身を開けてみると、いくつかのフォルダの中に「失恋レス」というのがあって、中にはショートカットとメモ帳のデータがありました。

メモ帳のデータの日付は16年前、開いてみると、16年前に書き込んだ下書きで、こんなことを書き込んだようです。

昨日、25歳の誕生日でした。
大学卒業で別れた元カノから、今年は「お誕生日おめでとう」のメールは来ませんでした。
元カノ、新しい一歩を踏み出したのだと思います。
きっと、今年の「明けおめ」メールが、元カノの最後のメールになるのでしょうね。

この元カノは、大学の3年から卒業までの2年間、心底愛した女の子で、同じ学年だったから双方卒業でそれぞれの実家へ戻って別れました。
お互い、2年生までは違う人と付き合っていたのですが、恋に恋した恋愛だったので、恋人がいること、セックスする相手がいることが交際の目的と気づいてダメになりました。

元カノとはサークルが同じで、気になる存在だったし、気の合う存在だったにもかかわらず、お互い他の人と付き合ってしまいました。
ほぼ同時に破局した後、二人でヤケ酒飲みに行って、お互いの恋愛を話しているととても似ていて、恋に恋してた恋愛だったとお互いに気づいたのでした。

この夜、元カノと私は、自然な流れで私のアパートで結ばれました。
それまでの、異性とエッチなことしたい、セックスしたい、私たちはセックスしまくってるんだと見せつけたい恋愛とは全く違うセックスを、元カノと経験したのです。
それは、高校時代に、処女と童貞で初体験した中学の同級生だった初カノとのセックス都もまたちょっと違う、お互いを求めあう心が遺伝子レベルだったセックスでした。
それ以来、元カノと私は、お互いを求めあい、快感重視だった前の恋人とは違う、愛に溢れたセックスをしていました。

別れた恋人とのセックスは、前戯がおざなりで、早く入れたい気持ちでいっぱいでした。
でも、元カノとのセックスは、少しでも長く元カノのオマンコを舐めていたい、元カノのオマンコを舐められる嬉しさを噛みしめていました。
女の子の一番恥ずかしい部分を見せてくれるだけでなく、舐めさせてくれた上に、その気持ち良さに悦んでくれるなんて、男冥利に尽きると思いました。
そして、セックスもコンドームなし、直接粘膜で触れ合う歓び、そして、セックス中のキスが圧倒的に前の恋人より長かったのを覚えています。
舌を絡めた濃厚なキス、身体を絡め合う濃厚なセックス、激しいピストンは最後だけ、とにかく一つに繋がっていたい一心で抱き合っていました。

毎晩どちらかのアパートで二人で過ごしていましたから、半同棲状態だったと思います。
休日はずっと一緒で、セックスばかりしていました。
前の恋人ともセックスばかりしていましたが、射精の回数ばかり多かったように思います。
元カノとは射精するまでの時間が長く、長い時は1時間近く繋がってから射精していました。
本当に大好きで、分かり合えてて、一生一緒に居たいと思っていました。
でも、お互いに実家のある地元に就職することを条件に上京していましたので、就職が決まった瞬間、別れのカウントダウンが始まりました。

卒業までの愛、そう分かっていてもそのことには一切触れず、愛し合っていました。
アパートを出ていく日が近づき、荷物を整理しながら、自分の部屋にある元カノの着替えや部屋着をまとめるとき、目頭が熱くなっていました。
この恋が終わる・・・終わればきっと一生会えない・・・一人、部屋で泣きました。
お互いの荷物を実家に送り、私たちは熱海にお別れ旅行に行きました。
そこで2泊3日、思う存分セックスして、別れを惜しみました。

3日目、最後のランチをした後、熱海の駅で別れました。
「2年間、最高に楽しかった。ありがとう。俺にとって、君は自慢の元カノになると思うよ。さよなら。元気でな。」
「あなたも元気でね。さよなら・・・」
別れ際の泣きな顔、今も忘れられません。
そして私は東京方面、元カノは大阪方面へ向かう新幹線に乗り、別れました。
私は上野駅で常磐線に乗り換え、車中で元カノが実家へ着いたことを知らせるメールを受け取りました。

あれから19年の歳月が流れました。
元カノから「お誕生日おめでとう」メールが来なかった25歳の誕生日、私は後の妻となる女性と過ごしていました。
25歳の誕生日は、元カノと別れて2年以上が過ぎていました。
もう、元カノと過ごした時間を、別れてからの時間が追い越していました。
それでも、元カノの事は、忘れられない元カノでした。
そして、実は元カノからのメールは、あの年の「明けおめ」メールの後、2回来ました。
1回は、私の25歳の誕生日があった年の翌年6月、「結婚しました」メールでした。
「おめでとう。お幸せに。」と返したら、「ありがとう。」と返ってきました。
そして元カノから遅れること9か月後、私も妻と結婚しましたが、元カノへの報告メールは送りませんでした。

そして、元カノからの最後のメールは、2011年3月11日、私の安否を尋ねるメールでした。
結婚後、小高い丘の上の分譲地に住んでいた私は、家は耐震設計だったし、津波からも逃れ、ほとんど被害はありませんでした。
元カノからのメールが届いたのは、元カノが送信してから7時間後、「今届いた。生きてるよ。妻子も無事。」と返信し、結婚して子供がいることを知らせました。
そして、それがいつ元カノに届いたかわかりませんが、返事はありませんでした。
あの後、ガラケー1回機種編して、その後スマホにして、昨年、そのスマホも5G に新調しました。
そして、現在のスマホには、あれから一度も使っていない元カノの連絡先が残ったままです。
届くかどうかわからない元カノのメルアドと電話番号、それでも削除しないで残しています。

別れた時、私も元カノも22歳でした。
そして今は41歳になっています。
もし、再会したら、お互い驚くと思います。
思い出す元カノの顔は22歳のまま、41歳の元カノを見れば、忘れられるでしょうか。
元カノの幸せを祈ります。

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コメント一覧 (4件)

  • 震災の無事を知らせた最後のメール、遅れても届いてるはず。
    素敵な思い出だね。

  • オレも元カノ、忘れない。
    大学の4年間を過ごし、後半2年は共に暮らした。
    別れる時、二人とも大泣きした。
    キッパリ別れるために、連絡先は全て消して別れたよ。
    もう、20年前だよ。

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