昔の彼女さんから投稿頂いた「短大進学以来5年住んでた県庁所在地に再び」。
短大に進学するために、田舎町から県庁所在地に出ました。
人口10万人にも満たない都市の衛星都市だった田舎町で育った私は、人口30万人を超える中核市と言われてる県庁所在地は都会でした。
JRだけじゃなく、私鉄も走ってるし、何より新幹線の駅がありました。
そのJRだって、私の田舎じゃディーゼルカーでしたが、こちらは私鉄も含めて全部電車でした。
ここで圧倒されてたら、東京とか無理だろうなと思いました。
でも、2年もいると慣れてきて、実家は兄に任せて都会に就職しました。
慣れるとは恐ろしいもので、中核市の規模の都会の便利さや、田舎町にはなかったものが、あるのが当たり前の生活になると、故郷の田舎町には戻れませんでした。
短大時代に初めて恋をして、初めてセックスを経験して、初めての彼が大学生だったから、卒業でこの街を去って初めて別れを経験しました。
就職先では、私は一般職、総合職の人みたいな活躍はできなかったけれど、精いっぱい頑張りました。
再び恋をして、セカンドラヴは少し慎重に愛を伝えました。
二人目の彼は、短大時代の初彼より、ずっと気持ちよくなれました。
色んな体位を経験しましたし、どうすると私が気持ち良くなれるか、開発も熱心でした。
精力も体力もある人で、開発するだけでなく、こうした方がいいとか教えられて、良かったよって褒められて、自信もつきました。
果てた後、コンドームを外すときの猫背が大好きでした。
女は余韻を楽しむけど、男の人は終わっちゃうとスッキリしちゃって、余韻を楽しまないのがちょっと嫌でした。
でも、私の裸やアソコで、凄く興奮してくれたのが嬉しかったし、私で興奮してる彼に抱かれると幸せでした。
特に、仰向けでお股開いてクンニしてる時の彼は、鼻息が荒くなって、アソコを広げて奥まで見ながら興奮してて、クンニするのが好きなんだなあって分かるほど、いつまでも舐めていました。
そんな状態で入って来られると、もう、意識が飛ぶほど気持ち良くなれました。
終わったからって、すぐに起き上がれるものではありません。、
私を残してシャワーに行っちゃう彼、もう少し一緒に居て欲しかったです。
彼とのお付き合いは2年、私23歳、彼26歳でお別れしました。
母が倒れてしまって、実家の家業を父と兄だけで回すので、私は仕事を辞めて、母の面倒を見るために帰郷しました。
「仕方ないさ。お母さん、一人にしておけないもんな。残念だけど、君のことは諦めるよ。」
「ごめんね・・・」
と言ったとたん、私の頬を涙が伝いました。
その涙は、哀しさじゃなく悔しさでした。
アパートから荷物を実家に送り、彼の部屋で最後の夜を過ごし、5年間の都会生活を終えました。
彼の部屋を出て、彼は仕事へ、私は駅に向かいました。、
「元気でな。お母さん、良くなるといいな。さよなら。」
「さよなら・・・元気でね・・・」
仕事場に向かう彼の後姿を見送りました。
あの猫背も見納めか・・・そう思ったら、涙が溢れて止まりませんでした。
帰郷して、母の面倒を見ながら、母がやってた家業の内業を手伝いました。
母は回復に向かってはいましたが、元のように仕事ができるまでにはならず、簡単な家事からリハビリのような生活になりました。
帰郷して1年の頃、兄がお嫁さん候補を連れて来て、結婚したら、子供ができるまでは家業を手伝ってくれることになりました。
そんな時、私にも仲良くなった男性ができました。
母のリハビリでお世話になった、病院の職員でした。
兄が結婚して2年後、私は26歳で結婚しました。
その頃には、母はかなり回復して、お嫁さんと一緒になら家業の内業を回せるようになりました。
母は、お嫁さんに、
「私の後を継げる人ができて、安心した・・・」
と喜んでいました。
というのも、お嫁さんは母のしていたアナログな内業をPCでデジタル化し、効率を上げたのです。
母は、その仕組みは理解できませんでしたが、どこに何をすればどれが出来上がるかは理解して、
「これは楽だわ・・・これなら私一人でもできるわね。」
となって、お嫁さんが子育てするようになったら、月末の締めの作業だけお嫁さんがしますが、母はPCの前で楽々作業をこなすようになりました。
帰郷して12年が過ぎました。
私は35歳、上の娘が小学校に入学しました。
先日、短大時代の友人が結婚して、晩婚だから大げさな披露宴はやらないというので、当時の仲間が集まってお祝い会をしました。
元々実家が県庁所在地で結婚相手も地元の人が半分で、あとは近隣の市町村、私みたいに宿を取らないと参加できない人は少なかったです。
お祝い会の後、1泊して、せっかくだから懐かしい場所に行ってきました。
懐かしい私鉄に乗って、懐かしい駅に降りました。
駅前の風景、あの頃のままで懐かしかったです。
喫茶店、コンビニ、定食屋、昼間はやってないけど居酒屋、私の青春時代が蘇りました。
私が住んでたアパート、外装が塗り替えられてましたが、あの頃のまま佇んでいました。
彼が住んでたコンビニの2階のアパート、懐かしくて玄関お前まで行ってみましたが、予想通り違う人が住んでました。
「いるわけないよね、彼、38歳だもん。どこかで奥さんと暮らしTるよね・・・」
冬の週末、下のコンビニまでは傘をささなくても行けたから、おでんを買って食べたのを思い出しました。
「たまには日本酒でも飲むか。」
なんて言って、カップ酒買って、温めて飲んだのがついこの間のように感じました。
階段を降りて、駅に向かうとき、ここで手を振って、仕事場に向かう彼の猫背を見送ったのを思い出しました。
ずっと、彼が仕事場まで歩いていく後姿を見ていました。
その姿が、涙で滲んで見えなくなって、初めて駅に向かって歩き出しました。
あのときの気持ちが蘇ってきて、そしたら、いろんなことが思い出されました。
この街にいたのは、たった5年でしたが、もっと長い時間を過ごしたような気がします。
ここを離れて、もう12年なんだなあと、時の流れを感じました。
懐かしい駅から、また私鉄に乗って、新新幹線の駅に向かいました。
そして、帰宅して、こうして思い出した12年前までいた街での思い出を、文章にして、彼が幸せでいてくれることを願いました。
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コメント一覧 (1件)
>冬の週末、下のコンビニまでは傘をささなくても行けたから、おでんを買って食べたのを思い出しました。
>「たまには日本酒でも飲むか。」
>なんて言って、カップ酒買って、温めて飲んだのがついこの間のように感じました。
なんだか、かぐや姫の赤提灯みたい。