元彼さんから投稿頂いた「リストラで別れた元カノとの再会に」。
四十路になったオヤジです。
昔、相思相愛だったのに、一緒になれなかった元カノがいます。
元カノは隣町に住む女の子で、短大進学のために私の住む街まで通学してて、私が通勤で使うその私鉄の電車に乗ってて、知り合いました。
私は新幹線の駅まで乗りますが、短大はその2つ手前の駅前にあり、その短大のある駅の更に2つ手前の駅のそばに私が住んでいました。
私の乗り降りする駅の更に3つ先に元カノが住む町の駅がありました。
当時私は社会人1年生、毎日自分が乗る駅の改札前のドアからの離婚でいましたが、そこは短大のある駅の改札の最寄ドアだから元カノと毎朝顔を合わせていました。
元カノはポニーテールで、少し田舎っぽいけれど小動物みたいなフェレット顔が可愛い女の子でした。
夏休みになる頃には、笑顔で「おはようございます」と挨拶するようになっていました。
夏休みの間は顔を見ることができず淋しい思いをしましたが、9月、久しぶりに顔を合わせたときは、満面の笑みで挨拶を交わしました。
秋も深まったある金曜日、帰宅しようとしたら、新幹線のある駅で元カノと顔を合わせました。
授業の後、友達と街に出て買い物をしてたそうで、駅で電車を待つ間にいろいろとお話ししました。
そして、メルアドを交換して、翌日会うことになりました。
こうして、元カノと親密になっていきました。
元カノが短大2年、私が社会人2年目のゴールデンウィーク、ドライブに出かけた帰り、インターそばのお城みたいなラブホの前で、元カノを目で誘うと、コクリと頷いたので入りました。
部屋に入って抱き合い、初めてのキス、押し倒そうとすると、
「シャワー、浴びましょう。」
シャワー浴びて、ベッドで再びキス、舌をこじ入れて、乳房揉んで、そして足を開かせると、
「わ、私、初めてだから、その・・・」
生れて初めての処女、オマンコを見ると、大学時代に付き合ってたOLや人妻の変色オマンコと違い、美しいオマンコで、思い切り広げて処女膜観察、その後、心行くまで舐めました。
拙いフェラの後、元カノが成熟した女体を初めて自由にさせた男として胸を張って、初めて男に晒した股間に触れ、舐めたんだと感激しながら、ズブズブッと処女膜を突き破りました。
その時の元カノの初々しさ、恥じらう仕草、それは私しか知らないのです。
その後、毎週末ラブホで何度も私に抱かれ、セックスの快楽を知っっていきました。
お互い実家済なので、土曜はずっとラブホ、街でのデートは日曜日にしていました。
元カノが社会に出る頃には、クリだけでなく中でも感じるようになってて、私の生ペニスでアンアン喘いでいました。
セックス中に生理が来た時は、そのまま中に射精していました。
元カノは、愛する男に愛撫され、生ペニスで体内をかき回され、そして精液を注ぎ込まれる快楽を知っていきました。
元カノの処女膜を破って2年が過ぎた頃から、勤務先の様子がおかしくなっていきました。
それは、リーマンショックの煽りで、取引先がバタバタ倒産、私の勤務先では、大規模なリストラが行われ、まだペエペエの私は、
「君はまだ若い。やり直しが利く。」
と言われて、リストラされてしまいました。
元カノの勤め先は、景気に大きく左右されないので、私は、このまま元カノと付き合っていると、元カノに依存してしまうかもしれないと思い、別れを切り出しました。
最初は嫌がっていた元カノでしたが、考えさせてほしいと言ったから、返事はメールで構わないと言いました。
元カノは、友達にも相談したのでしょう、数日後、お別れのメールが来ました。
「会うと別れられなくなりそうだから、このメールが最後で、お別れしよう。元気でな。さよなら。」
「あなたも元気でね。さよなら。」
古いガラケーには、おそらくこのやり取りが残ってると思います。
その後ハロワに通いましたが、リーマンショックの煽りでなかなか仕事が見つからず、落ち込んでいた春先、私の住む町がもの凄い揺れに襲われました。
東日本大震災・・・私の住む町は内陸部でしたから、津波はありませんでしたが、しかしその後、震災復興で超人手不足になり、建設系の求人があったので、少し畑違いでしたが就職しました。
それからは、沿岸部の町に何日も泊まり込んで書類整理したり、内陸部と沿岸部を行ったり来たりの通信係をしたり、多忙な日々を過ごし、元カノのことも忘れていました。
震災復興は何年も続き、首都圏から応援部隊もたくさん来て、目の回る毎日を送ってました。
少し落ち着き、先が見え始めた頃、応援部隊は国立競技場建設などの東京五輪の準備で次々と戻っていき、地元企業だけで頑張りました。
そんな中で知り合ってた女性とアラサー婚しました。
そしてその時、妻は元カノと同い年なんだなあと、元カノもアラサーになってて、と結婚してるだろうなと思いました。
それまで忙しすぎて忘れていた元カノでしたが、自分が落ち着いてくると、元カノは幸せでいてくれているかな?と思うようになっていました。
今の仕事になってから、車通勤になったし、結婚して実家を出たので、電車に乗ることもあまりなくなり、元カノと顔を合わせることもありませんでした。
子供も生まれ、その子供も小学生、四十路になった私は、先日、仕事帰りにショッピングモールのAYMに酔ったら、そこで元カノと再会しました。
メールでお別れをして十数年、たまたまお互い一人だったので、少しだけ同じ時間を過ごせました。
再会して、お互い年を重ねましたが、一目でわかりました。
そして、やっぱりまだ元カノが好きだと確認できました。
お互いの左薬指にはシルバーのリングが光っていましたが、違うデザインの指輪が、それぞれ違う幸せの中に生きているということを物語っていました。
元カノは、少し照れたように、
「私の初めての彼氏があなたで良かった。初めての彼氏があなただったから、大切な事を学べたと思ってる。あの時、友達に、私に別れを告げたあなたの気持ちを分かってあげて欲しいと追われて、気付いたんだ。ありがとう。」
私たちは、今どこに住んでるかも知らせず訊かず、ラインを交換することもなく、偶然以外には会わないようにして、お別れしました。
そうしたのは、会おうと思えば会える環境だと、自分を抑えられなくなるのが分かっているからでした。
多分元カノも同じだと思いますが、相手が幸せなら、自分も幸せ、そう思っているのだと思います。
だから、元カノの幸せを祈ります。
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コメント一覧 (2件)
連絡は取れない方がいいですよ。
不倫の元です。
>会おうと思えば会える環境だと、自分を抑えられなくなる
分かる