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元妻と娘にサラバと告げて帰郷しよう

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元夫さんから投稿頂いた「元妻と娘にサラバと告げて帰郷しよう」。

俺には元妻と一緒に住んでいる娘がいる。
今年、娘は成人するから、養育費について相談するために、8年ぶりに元妻に会った。
8年前、離婚に至ったのはとても不思議な家族の事情だった。


俺と元妻、俺と娘、二人きりの時は仲の良い夫婦であり、父娘だったが、三人になると俺が除け者になった。
元妻と娘はまるで友達のように仲良く話をしてたけど、その会話の輪に俺が加わろうとすると、途端に会話が途切れ、俺のせいで楽しいひとときが終わったような目で見られた。
それは、娘が小学校高学年になっていくほど顕著になっていった。

だからと言って、夫婦仲が悪いわけじゃない。
元妻と二人きりの時は、恋人時代のように仲良くて、アラフォー夫婦になっても寄り添い、キスを交わし、休日、娘が部活に出かけると真っ昼間から交わった。


しかも、その夜はしっかり股間を洗って、69で舐め合った。
使い込まれたアラフォーのマンコだったが、そのドドメ色のビラビラを開いて舐めるのが、俺にとっては至福の時だった。
固く尖ったクリの皮を剥いて、舐めるのも好きだった。

元妻はやや小柄で幼児体形で、同い年とは思えない童顔で、新婚時代はセーラー服コスプレでハメ撮りもした。
とてもよく似合ってて、26歳の新妻とは思えないロリ度だった。
でも、既にオンナのヨロコビを知った身体、見た目は可愛くても、マンコはジュクジュク、ヨダレを流して快楽を貪り、セーラー服が似つかわしくないヨガリを見せた。


娘が生まれ、その娘は小学生になるまでは、仲の良い家族だった。
娘が小学生になった頃から、母娘の結託が強まり、俺が阻害され始めた。

そして、娘が小学5年の時、母娘の会話に割って入ってしまったら、
「パパきらーい。あっち行って。」
と言われ、これには元妻も娘を叱ったけど、これ以降、父娘二人になることを娘に避けられた。
娘を叱った元妻だったが、明らかに母娘で俺を邪険にしてて、俺は心を病んでいった。


そしてついに、職場のストレスチェックで高ストレスと判定され、カウンセリングを受けさせられた。
そして、俺のストレスは家庭環境にあることが判明、でも、カウンセラーにできることは無かった。

翌年は、高ストレスも極限状態と判定され、医科大学の精神科へ行かされた。
そこには、何度か通院させられ、ついに離婚を勧められた。
その判定を書かれたシートと離婚届を携えて帰宅し、元妻に見せた。


元妻は、何かを察していたようで、
「なぜこうなったかは、分かってる。でも、それをどうしようもないから、離婚に応じる。」
と言って、あっさりと別れが決まった。

娘が学校に行ってる間に、俺は家を出た。
玄関でずっと俺を見送る元妻は、ずっと泣いていた。
二人きりの時は愛しい夫婦なのに、どうして娘がいるとダメなんだろうと、その答えを探していた。
でも、その答えが見つからないから、俺は家を出た。


元妻に引っ越し先は教えてなかった。
荷物は既に到着してて、荷解きを始めた。
独りぼっちの部屋で、必要最低限の荷物だけ開けて、ボーっとしてたら涙が溢れた。

夜、元妻からラインが入って、娘が帰宅して、俺が出て行ったことを聞いても無表情だったと書いてあった。
まあ、そうだろうなとは思ったけど、俺は、二度と家族は持たないと決めて、生きた。
独り身になったら、おばちゃんたちにモテだした。


四十路になった俺は、五十路のパートのおばちゃんの人気者になって、休日はデートの約束でスケジュールが埋まっていった。
特に美熟女ではないそこら辺にいるおばちゃんだけど、休日、旦那は競馬やパチンコに明け暮れて、夫婦生活が破綻してる人ばかりで、見た目も気にすることがないからあからさまにおばちゃんだった。
でも、四十路になったばかりの俺が独り身になったことで、色気づいたようだ。

俺も、淋しさを紛らすために、おばちゃんとデートして、ランチの後はラブホにシケ込んだ。
離婚した頃の五十路熟女は、見た目は残念になっていたけど、若い頃はバブル期に青春を謳歌した世代だから、セックスもハードルが低く、大人の遊びを心得ていた。


だから、男の楽しませ方を知っていて、見た目の残念さを補って余りあった。
若い頃、色んな男に股を開いた後、結婚生活で旦那のチンポを扱ってきた熟練の技で、感じるツボもよく知っているので、五十路熟女とのセックスの虜になってしまった。

五十路パートさんはセックスレスの人が多いから、需要が多くて、ついに平日の夕方も相手するようになり、帰宅時におばちゃんをお持ち帰りして、アパートでそそくさと抱いた。


上がり込んだらすぐキス、既にマンコは期待でヌルヌル、下だけ脱いで座布団の上で生ハメ、閉経マンコにドバドバ射精して、おばちゃんが帰るまでの所要時間は20~30分だった。
ほんとうにヤルだけだった。
それでもおばちゃんは、スッキリした表情で帰っていった。

離婚後4年で俺は異動し、パートさんの中で特に親密になった二人とだけラインを交換して、付き合いを続けた。
異動先は店舗じゃないから、この二人のパートさんを大切にした。
二人ともセックスレスで閉経してるから、中出しし放題だった。


ラインで連絡を取り合って、二人の日程を調整、土日は日替わりで熟マンを味わった。
アパートにやってくる五十路熟女と一緒にお風呂、ベッドでドドメ色のグロマンを舐め、クリイキさせる。
長い子と旦那にも舐めてもらえないから、クンニに感激する様子が嬉しい。
長年蓄積したセックス経験から、絶品フェラをしてくれる。

身体のラインが崩れてきてて、緩み始めた女体だけど、それがかえって生活感を醸してて、ごく普通のおばちゃん人妻を犯してる寝取り感が味わえる。
ベテラン主婦との濃厚なセックスに、どっぷりハマっていた。
おばちゃんに恥じらいなどなく、セックスレスの欲求不満を解消し尽くした。


特に、騎乗位でヨガリまくる姿は、ロデオ状態だった。
おばちゃんがドン・キホーテなら、俺はロシナンテと言ったところか。

騎乗位はおばちゃんが腰を振り放題、欲求不満を自由に発散させてあげてる。
ものスゴイ声をあげて、ヨガリ狂う姿は圧巻だ。
思いっきり感じてる姿h、五十路おばちゃんでも十分にエロく、まるでAV男優になった気分だ。
そんな爛れた暮らしをしてるとき、元妻からラインが入った。


娘が成人するから会いたいと言われ、呼び出された場所に行った。
8年ぶりの再会だったが、いつも五十路おばちゃんを相手にしてるからか、元妻が美人に見えた。
娘は短大に通ってて、現在2年だから、卒業するまで養育費を入れて欲しいとのことだった。
娘に会いたいという気持ちは湧かなかったが、久しぶりに見た元妻を抱きたかった。

ランチした後、元妻を誘った。
「どうだ?久しぶりに…」
腰に腕を回したら、元妻が寄りかかってきたので、そのままラブホへ入った。
8年ぶりに見た元妻の48歳の裸は、五十路熟女ほど緩みは無く、クンニした時に見たマンコは、8年前より着色が進み、くすんで見えたから、男がいるような気がした。


フェラした後、俺のチンポを見た元妻が、
「あなた、いい人がいるみたいね。こんなに赤黒くなって…」
「お前も抱かれる男がいるようだな…」

二人ともお互いの質問には答えず、向かい合って対面座位で挿入、キスしながらクリを愛撫した。
対面座位はチンポが奥まで届くので、ボルチオしやすく、元妻はすぐにバッタリ倒れた。
そしてそのまま正常位で腰を振ると、元妻は仰け反ってイキまくった。


元夫婦が8年ぶりに交わって感じたのは、お互いに定期的な性生活を営む相手がいるであろうことだった。
生気の変色もさることながら、セックスの癖が変わっていた。
元妻のお腹に射精して、元夫婦のセックスを終えた。

ラブホを出て、駅前で別れた。
「お前、幸せになれよ。俺は、ここでお前を見送ったら、二度と振り返らないから、お前も見送る俺を振り返らず、歩いて行け。じゃあな。元気でな。」
「あなたも元気でね。」
元妻が駅構内へ消えていったのを見届け、俺も帰路に就いた。


もう、元妻と会うこともないだろう。
娘が嫁ぐとき、連絡くらいはあるかもしれないが、式に呼ばれることはあるまい。

俺は、まだ元妻を好きだったが、家族に戻る気は無かった。
だったら、二度と会うことは迷いを招くから、しないほうが良いと思って、元妻の幸せを祈って見送った。
五十路熟女との付き合いも、そう長くはないだろう。
二人とも、間もなく還暦を迎えるし、熟女が還暦を迎えたら、関係を清算するつもりだ。


「そろそろ俺も、残りの人生をどうするか考えないとだなあ…」
先日、法事があって帰郷した時、幼馴染が出戻っていて再会した。
2歳年上だけど、長に頃は一緒に風呂に入った中で、俺の嫁になるって言ってたから、俺がバツイチになったと知って、熱い視線を投げかけてきた。

幼馴染とこの後の人生を歩むために、故郷に仕事を探すのもいいかもなあと思い始めてる。
元妻と娘には黙って、この街から消えるのもいいかもしれない。


どうせ元妻は俺の住んでる場所を知らないし、ラインでは居場所を突き止められないのだから、この街を去るのもいいかもしれないと思い始めた。
俺は、捨てた家族と関わらないように、帰郷しようと思う。
サラバだ、元妻…

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コメント一覧 (6件)

  • 俺、そういう娘から大学の学費をせがまれたが、断ったよ。
    泣いてたけど、可哀想だと思わなかった。
    愛情が消えてた。

  • オレは娘が二十歳になったあと、勝手に養育費を止めた。
    ラインが何度も来たけど、無視した。
    多分、娘は退学しただろうな。
    養育費は高額だったからな。

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