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あの人の元を遠く離れて淫らに生きた私

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元妻さんから投稿頂いた「あの人の元を遠く離れて淫らに生きた私」。

あの人と離婚したのはもう21年前です。
娘が生まれてあの人の実家に入ったけど、元義父母、特に元義母との折り合いが悪く、嫁イビリがエスカレート、私は次第に心を病んでいきました。
あの人と話し合って、私はまだ小1の娘を連れてあの家を出て、暫くはアパートで娘と二人で潜むように暮らしました。


義父母の目を盗んで、逃げるようにあの家を出て、離婚しました。
あの人は私を逃がすという表現を使ってて、暫くは月に何回か、あの人と外で会ってラブホで抱かれていました。

あの人を嫌いになって別れたわけではなかったから、暫くはそういう形の愛を貫いていましたが、やがて私の居所を元義父が突き止め、元義母に嫌がらせをされるようになりました。
ありもしない噂を流され、私はパート先を追われ、娘も学校に居られなくなり、あの人には内緒であの街を離れました。
実家に戻ると、おそらく元義母は実家に嫌がらせするだろうから、両親や兄夫婦に迷惑がかからないように、実家にも内緒で都会に身を隠しました。
娘を抱えて女が生きていくには、パートだけでは無理で、当時、小3になってた娘は一人でお風呂に入って寝ることもできたから、夜の商売も兼務しました。

30代半ばの頃の私は、スナックで働きながら、中小企業の社長さんとのアフターに応じ、淫らな遊戯に恥辱の雫を流していました。
不倫の性行為は、恋愛の性行為より、いやらしい性行為です。
あの人より相当熟練の技で弄ばれて、不本意にも濡れて感じてしまいました。
身体中丁寧に愛撫された後、M字開脚にされて、じっくりアソコを観察されました。
「このマンコには、元旦那以外に何本のチンポが入ったのかな?三十路にしてドドメ色になりかけて、よっぽどスキモンなんだろうな。」
などと、アソコを観察しながらの言葉責めに、濡らしてしまいました。

四つん這いにされて、お尻の穴を広げられて、異物を入れられたこともありました。
社長さんの多くは50代で、奥様とは出来ない淫らな性行為で、いらやしいどころか変態的でした。アソコを丸晒しにする恥ずかしい格好に縛られて、アソコとお尻の穴の両方にバイブを入れられて、交互に出し入れされて、一体どっちで感じているのかわからないほどイカされました。
最後は、おちんちんを入れられて、入り口で焦らされて、
「奥までおチンポ入れてイカせて下さい・・・」
などと言わされました。
でも、生きていくためには、仕方がありませんでした。

社長さんとのアフターには、社長さんの取引先の社長さん数人との複数プレイをさせられたこともありました。
たくさんの手が体中を這いずり回り、乳房、乳首、アソコ、お尻の穴、同時に責められて潮を噴かされてしまいました。
そして、一人ひとりに犯されて、サンドイッチにされて、アソコとお尻の穴同に挿入されて発狂させられました。

スナックには41歳までいました。
娘が高校生になり、一人でも十分生活できる家事スキルを身に着けた頃、AV事務所にスカウトされ、AVではなく、人妻熟女が大学教授にマゾ調教される雑誌のモデルになりました。
本物の人妻熟女という設定上、目にもアイクがかけられるというので、引き受けました。
撮影は東京、その都度上京して数日間宿泊しを約1年間続け、雑誌が発刊されました。
和風の部屋で緊縛され、片足を鴨居につるされご開帳させられ、アソコを虐げられたり、半裸の浴衣姿でM字開脚で緊縛されて転がされ、アソコとお尻の穴に生け花をされる恥辱を味わいました。
ピルを飲まされ、大学教授薬の男優に中出しされ、精液を垂れ流すこともありました。

野外緊縛では森の中の木に縛られて犯されたり、寺に連れ込まれて僧侶に犯されたり、大学の研究室で若い大学生に輪姦されたり、様々な恥辱のシリーズを撮影しました。
田舎の分校のような建物で、四十女が古臭いセーラー服着せられて犯されたり、おそらく、あの大学教授の手記本一冊の撮影で十数人に犯されたと思います。
毎回ピル服用で中出しでした。
あの本、教授の手記に私の痴態が載ってて、アソコにかけられたモザイクも極薄で、薄らとアソコが見えるし、中出し精液も見えました。
動画を収めたDVDが付録してて、1冊3,500円もしましたが、2度も再版されたから、結構売れたようでした。

その後、再び水商売の世界に戻り、常連客のアフターに応じて抱かれていました。
7年前、娘が短大を出て社会に出たと同時に、娘にお金がかからなくなったので水商売から足を洗い、パートに出るようになりました。
そして昨年、娘が嫁いでアパートを出たので、娘の花嫁姿の写真を携え、20年ぶりにあの人を尋ねました。
20年前のメルアドにその旨メールを送信すると、ちゃんと届いて、ある場所で「待ってる」と返事がきました。

20年ぶりにあの人の故郷を訪ね、そのある場所へ行ってみました。
ある場所とは、あの人と出会た場所で、その後、恋人時代の待ち合わせ場所となった場所で、あの人、あの頃のようにそこで待っていました。
「ご無沙汰しております。20年も留守にしててごめんなさい。また、私たちが出会った場所で会えるなんて、懐かしさで一杯です。」
「久しぶりだな。元気だったか。」
「ええ。あの子も無事、嫁ぎました。これ・・・」
あの人、娘の花嫁姿を眩しそうに見ていました。

しばらく眺めて、
「あのチビが、大きくなって・・・」
そう言って娘の花嫁姿の写真を私に返して、
「俺には新しい嫁さんがいて、子供もいるんだ。それ、持ち帰れねえ。記憶に刻み込んだよ。今日は、ありがとうな。それじゃあ、達者でな。」
あの人は私に背を向けると、背中で手を振り、足早に去っていきました。
「さよなら、あなた・・・」
それに応えるように、お別れを言いながら、あの人の背中を見送りました。

駅までの帰り道、あの人と暮らしたアパートの前を通り、幸せだった、3人で暮らしたあの頃の思い出に浸りました。
駅に着いて、特急に乗り、午前中来た路線を戻りました。
あの人に娘の花嫁姿を見せに来て、私は何を期待したのだろうと、自分に問いかけました。
もしあの人が一人だったら、復縁したかったのでしょうか。
でも、私はあの人に抱いてもらえるような、奇麗な身体ではありません。

一人、アパートに帰り、一人分の夕食をこさえて、一人で食べました。
女54歳、一人で生きていくにはパートで十分でした。
短大を出た娘がこのアパートで暮らした6年の間に、月々5万円も入れてくれました。
私はそれに手を付けることなく貯金して、結納返しに使い、残りはいざというときの貯えにと手を付けてません。
この頃やっと、一人暮らしにも慣れてきました。
再会して蘇ったあの人の思い出も遠く色褪せ、今は、一人の時間を楽しんでいます。

パートはなるべく休日の出番を多くすると、収入も高くなりますから、平日にお休みが来るシフトで働いてます。
今年になってすぐの頃、本部の統括部長さんからお誘いがあり、食事に行きました。
部長さんは58歳、10年前に奥さんに先立たれ、息子さんは結婚して独立、一人暮らしで淋しいもの同士、時々食事しようと言われました。
そして先週末、パートの帰り道、部長さんが待ってて、口説かれました。
8年ぶりの性行為、もう、男性に抱かれることはないと思っていた私は一昨年閉経、部長さんの精液を子宮に注がれました。

部長さんと再婚するつもりはありません。
部長さんは、いずれは亡き奥様と同じ場所で眠る方だから、それまでの間、奥様から暫し部長さんをお借りするだけです。
今度のお休みの日、平日なので部長さんは有休を取って、前日の仕事明けに地元の奥座敷の温泉宿に行く予定です。
五十路カップルがしっぽりと・・・今から楽しみです。
あの人の幸せを祈りながら、大人のひと時を楽しんで来ようと思います。

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コメント一覧 (1件)

  • >あの人に娘の花嫁姿を見せに来て、私は何を期待したのだろうと、自分に問いかけました。
    >もしあの人が一人だったら、復縁したかったのでしょうか。

    最後に一目、元の旦那さんに会って、勝手に消えたこと、謝りたかったのかと思ったら、そうでもないようで…
    娘さんの花嫁衣裳の写真は、ダシなのかなと思いました。

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