元夫さんから投稿頂いた「遠い昔に夫婦だった元妻との暮らしと別れ」。
最初の結婚は25歳の時、元妻は22歳だった。
早すぎる結婚だと言われなくても分かっていたが、離れているのが苦しくて、反対を押し切って、式も挙げずに一緒になった。
毎晩セックス、元妻のオマンコにむしゃぶりつき、夫婦ならではの生セックスに励んだ。
休日は、俺は裸に丈の長いバスケのレプリカユニフォームを、元妻は裸にワンピースを着て過ごし、もよおせばすぐセックスする1日を過ごした。
時々ワンピースをめくりあげたりして、目の前にオマンコが見えて、それで勃起して元妻を押し倒したりした。
元妻に生理が来ると、元妻は大好きなチンポ弄りした。
元t魔に弄られてフル勃起のチンポを、元妻は至極でもなく摩ったり、握ったり、タマ揉んだり、カリ弄りしたり、30分くらい弄ってた。
「おちんちんを自由に弄らせてもらえるなんて、やっぱり夫婦よね。」
と言いながら、アヘアヘ状態の俺のチンポを弄ってた。
「可愛いおちんちん。でも、そろそろ出してあげるね。」
と言って扱かれ、射精してたが、元妻はその射精を観察するのも大好きだった。
俺だけ裸で元妻は服着てたから、射精を見られるのは結構恥ずかしいかった。
就職氷河期世代の俺たちは、世帯年収が400万円に届かなかった。
慎ましい生活を心掛けたけど、子供が生まれることを前提に借りたアパートは結構家賃が高く、エンゲル係数も高く、月給で貯金する余裕はなく、ボーナス時しかなかった。
出産費用や、出産後に俺だけの収入で生活する期間を乗り切るための蓄えを計算すると、20代で親になるのは厳しいことが分かった。
そこへやって来たリーマンショック、元妻失業、俺はボーナスカット、俺たちは出産どころか、結婚生活も維持できない有様になった。
話し合い、自分たちの未来のために離婚を決意した。
「たった3年だったけど、お前と夫婦でいられたことは、俺の宝物だよ。」
「私も、あなたの妻で居られたことは、大切な思い出。」
「こうなった以上、俺たちは二度と寄り添うことはないし、子供もいないし、きっぱり別れて前を向くために、連絡先を消して絶縁しようや。」
「そうね。アドレス眺めていつまでも思ってたら、前に進めないものね。」
そう言って、俺たちは夫婦から、赤の他人という最も遠い存在にお互いを置いて別れた。
「じゃあな。さよなら。幸せになれよ。」
「あなたもね。さよなら。元気でね。」
俺28歳、元妻25歳、十分やり直しがきく年齢で別れた。
この離婚で、結婚して共に人生を歩んでいくということは、恋愛感情だけでなく、経済的な基盤があることが前提になくてはならないことをひしひしと感じた。
俺は、この離婚をバネにして頑張って、資格を取ってスキルアップのために転職を考えていた。
そのタイミングで、東日本大震災が起きた。
俺の地元は南東北、沿岸部ではなく、新幹線の駅がある内陸部だったが、甚大な被害が出ていて、地震発生から1年後、実家から、復興に向けて深刻な人手不足だから戻って来いと言われ、それを理由に仕事を辞めて、地元に戻った。
俺は、あの街を去る前に、別れて3年になる元妻の実家に行ってみた。
キッパリ別れたから訪ねることはしなかったが、元妻の実家の前にあるスーパーの立体駐車場から元妻の実家を眺めてた。
休日の午後、元妻の実家には、もう元妻はいないのかなあと思ったら、見かけないミニバンが走ってきて、元妻の実家のカーポートに止まった。
そのミニバンから、元義父母と元妻、そして運転席から見知らぬ男が下りてきて、元妻の実家に入っていった。
チラッと見えたけど、男の左薬指には指輪がひ光ってた、
俺は心臓がバクバクしたあと、不思議な感覚に陥った。
一瞬、その男と自分を重ねていたのだ。
元妻の隣には、3年前まで俺がいて、ああやって休日の昼食を義父母とファミレスで食べて、ゴチになってたっけな、と…
切なさとか、哀しさではなく、それは郷愁のような感覚で、素直に元妻の再婚を祝えた。
時の流れを理屈ではなく、その瞬間、初めて体感し、実感として受け入れたんだと思う。
思い出は思い出、元妻との楽しかった記憶にしようと改めて思った。
今後ほかの人を好きになっても、元妻との思い出はずっと心の中にあると思った。
「再婚おめでとう。今度こそ幸せになれよ。俺は、故郷の復興のためにこの地を離れる。おそらく、二度と来ることはないと思う。さよなら…」
そう粒いて、スーパーの立体駐車場を後にした。
こうして、俺は31歳で故郷に戻り、資格を持って同業に就いた。
震災復興には多忙を極め、超過勤務が当たり前の毎日で、すぐに経済的にも軌道に乗れた。
そして、仕事で知り合った7歳年下の女性と、34歳で再婚した。
新しい妻は、恋人と両親と兄と祖父母と実家を津波で失い、親戚を頼って、一人俺の故郷で働いていた。
妻は、榮倉奈々に似た別嬪さんで、俺と知り合って、俺の離婚劇とその後の話を聞き、失くした恋人に対する向き合い方を決めたと言った。
忘れたい過去じゃなく、忘れることなく受けれて、思い出にすることで、恋人への思いが昇華したと言い、俺にお礼を言ってきた。
その日、俺と妻は初めて結ばれた。
スラッとした妻の女体だったが、胸とお尻はそこそこ大きく、エロスの溢れる身体だった。
無くなった恋人以来、久しぶりのチンポの味に、虚ろな表情で喘いだ。
初めて抱いたとは思えないくらい、息の合ったセックスで、二人は蕩けた。
今年、再婚して8年が過ぎ、現在俺は42歳、妻は35歳、小学1年の娘が一人いる。
妻とは、結婚してからの方が、愛が育まれたような気がする。
だから、娘が寝た後、父母から夫婦に戻り、お互いの股間を愛で、一つに繋がって愛情を確かめ合う営みは、毎晩欠かさない。
先週の日曜の午後、テレビを見ていたら、路線バスで小旅行をする番組をやってて、その出発の地が、俺と元妻が暮らしたあの街だった。
懐かしい駅前が映り、恋人時代、俺と元妻が待ち合わせた場所も映った。
遠い昔、俺はまだ養っていけるだけの経済基盤がないにも関わらず、愛と情熱だけで一緒になって、結果不幸にしてしまった元妻を思い出した。
元妻とは、結局別々の人生を歩むことになったが、人生は一度きり、元妻への想いはあれど、二度と戻ることはできない。
そんな、綺麗な思い出が、心の片隅から蘇った。
久しぶりに、しまってあった思い出の宝物を宝箱から出してみたから、ここに、その宝物の思い出を綴り、元妻の幸せを祈る。

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コメント一覧 (8件)
いやあ、良いお話でした。
素敵なお話をありがとうございました。
哀しいね
エエのやね
時間レンジの長いいいエピソードでした
素敵なお話でした
時間軸の長いエピソードでした。
エエ話やね