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最後の青春を共に過ごしたあなたの思い出

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元彼さんから投稿頂いた「最後の青春を共に過ごしたあなたの思い出」。

伊●つかささんに似たあどけない顔をしたあなたに出会ったのは、昭和63年のことでした。
私は大卒1年目の団体職員、あなたは短大卒1年目のOLで、あの頃は後にバブルと言われた頃、バブルの恩恵をあまり受けない団体職員の私より、あなたの方が高収入でした。

あの時代、私もあなたも学生時代は弾けていて、出会った頃もmだ学生気分を引きずってました。

まだ、週休二日制じゃなくて、土曜も午前湯は仕事があった時代、それでも金曜の夜は朝まで遊んでましたね。
それで、不眠のまま土曜は午前中頑張って、午後、私のアパートで二人で寝て、夕方目覚めのセックスしてました。

昭和末期から平成初期の大学生や若者は、それまでの堅苦しい貞操観念から脱却してて、セックスのハードルが低かったのを覚えています。
私も、大学時代は彼女がいましたが、例えば帰省した時などは、中学や高校の同級生の女の子と飲みに行って、流れでワンナイトのセックスとか普通にありました。
バイト先のOLのお姉さんと遊びに行ってセックスしたり、パートの人妻さんと火遊びしたり、彼女の友達の女子大生と隣町のラブホで浮気セックスしたり、凄い時代でした。
あの頃、成人しても処女童貞って少数派で、ナンパで女子高生も釣れました。
大学4年間で、30から40人とセックスしたんじゃないかと思います。

私は上京して大学進学、その頃はまだバブルじゃなく、セックスもそんなに気軽にできる風潮じゃなく、私はまだ童貞でした。
ところが、入ったサークルの4年生の女子大生に誘惑されて、童貞を卒業、先輩に1年間下半身を囚われ、呪縛され、翻弄され、ときには恥辱的なこういもされました。
でも、大学では4年生は神様ですから、されるがまま、ペニスを弄ばれました。
でも、そのおかげで女体を知り、夏休みに帰省して自動車学校で免許取得合宿に行ったとき、そこで知り合った女子大生と夏だけの恋をして、背クスを楽しむことが出来ました。
そうやって4年間w淫らに過ごし、故里の地方都市に帰って団体職員となりました。

そんな時代ですから、あなたと知り合ってから初セックスまで、1週間くらいでしたね。
「やっちゃう?」
「やっちゃおうか。」
見たいなノリでラブホ入って、いきなりスカートを脱がせて、どんなパンティ履いてるか確かめて、さりげなくめくって、オマンコの色合い見て使用頻度をチェックしました。
一緒にシャワー浴びながらオッパイ揉み揉み、ベッドでオマンコを詳細にチェック、短大卒だから、女子大生より奇麗でしたね。
でも、クンニの反応見てたら、5~6本は加えてそうな感じでした。

フェラの舌使いで、やっぱり5~6本咥えてそうだなと確信、コンドーム着けて初セックス、あなたは自分から腰を揺さぶって、私のペニスを味わってました。
伊●つかささんに似たあどけない顔のあなたでしたが、どんなに清純そうな女の子でも、21歳だとそこそこ性体験があるのは不思議じゃありませんでした。
「あ、あ、あ、そこそこ、そこが気持ちいいの・・・」
と自ら腰を動かし、私を誘導しました。
こうして、お互いが不動の恋人だと認識する半年間は、コンドームセックスしました。

お互いの信頼関係が構築されたら、私たちは生セックスを愉しむようになりました。
学生時代も、あなたとは生セックスを愉しんで、それ以外はコンドーム装着が絶対条件でした。
気軽にセックスした分、そこはしっかりとしていましたね。
連休とかがあると、朝っぱらから食料を抱えてやって来たあなたとセックスした後、私はパンツ一丁、あなたもパンティ一枚で過ごし、勃起が復活したらすぐにセックスしてました。
ヤリ終えるとシャワー浴びて、パンイチで飯食ったりテレビ見たり、でも、目の前にパンイチの伊●つかさちゃんがいたら、すぐ勃起しますから、ほんとうにヤリっ放しでした。

あなたとは、社会人になって初めての彼女でしたが、やってることは学生時代の彼女と何ら変わりませんでした。
時にはあなたの方が先に疼いて、パンツの上からペニスを握ってくることもありました。
高校時代のセーラー服着てコスプレエッチしたり、公園のトイレで青姦したり、本当にg句性時代の延長のようなお付き合いでした。
若かったですねえ・・・
そんなあなたと2年付き合った頃、ほのかに夢見たあなたとの結婚生活、休日、歯だkにエプロンして昼飯作ってる後ろ姿見て、一緒に暮らしたいなあと思いました。

あなたと結婚話をし始めたとき、突然の別れがやってきました。
あなたの実家、結構なお家柄で、凄い名士ではありませんでしたが、その地区では有名な土地持ちで、あなたは親の決めた男性とお見合い、泣きながら別れを切り出してきました。
聞けば、お相手の男性は証券マン、年収は私の倍以上ありました。
あなたの幸せを考えれば、別れが正解でした。
私25歳、あなた23歳、最後のデートをして、最後のセックスをして、そして最後のキスをして、お別れしました。
口を開いたら号泣しそうなので無言で見つめ合い、すれ違うように背を向けてお別れしました。

私が故郷でアパート暮らしだったのは、実家は兄貴が継ぐことになってたし、勤務先が実家からだとと通勤が不便だったからです。
だから、親兄弟に心配かけることなく、部屋で思い切り号泣しました。
「ちくしょー!ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーー!・・・」
うずくまって床を叩き、涙枯れるまで泣いて、疲れて寝てしまうまで泣きました。
泣くだけ泣いたら前を向く、そう決めて泣いた夜でした・・・
あんなに泣いた夜は、その後ありませんでした。
青春の終わりの失恋・・・感情が高ぶっていたのでしょうね・・・

その後、私に元気がないことに気付いた職場にいた女の子が、私を気遣ってくれました。
彼女は、バブルの世でも家があんまり裕福ではなくて、県立高校の新学校を出ていましたが、それ以上進学することなく高卒で就職していました。
伊●つかささん似のあなたと違い、清潔感がありましたが質素で地味、ちょっとネクラな感じだけどそこそこ可愛い顔をしてたから、着飾れば可愛いのにな、と思って見ていました。
何かと私を気遣ってくれる彼女を見て、もしかして好かれてる?と気づいたのは、あなたと別れて半年後でした。
前を向くため、私は彼女を土曜のランチに誘うと、とても嬉しそうな笑みを見せました。

何度か彼女とランチデートしていましたが、プライベートの彼女はとても気立ての良い娘さんで、職場で感じたネクラな感じはなく、明るいお嬢さんでした。
どちらからも好きだという意思表示がないまま、ランチだけでなくディナーにも行くようになり、そのうち、私を見つめる彼女の目が切なげに潤んでいるのに気づきました。
ずっと田舎育ちで、高校を出て、可もなく不可もない団体職員の事務補助として就職して3年目、21歳の彼女は、恋を知りませんでした。
それに気づいた私は、土曜日のディナーデートの時、翌日曜日のドライブに誘いました。
彼女は、今まで見たことない笑顔で喜んでいました。

日曜日、好かれていることを確信した私は、愛車の中古で買ったセリカ(ST165)で彼女を迎えに行き、峠を駆け抜け、海辺の町まで走りました。
帰り道、これから付き合おうというと、彼女は涙を流しながら、
「こんな日が来るとは、思いませんでした・・・」
と泣きじゃくられ、そこまで好かれてたのかと感動しました。
そして、その翌週のデートで彼女を口説き、ホテルで抱いたら、彼女には処女膜がありました。
この時、私25歳、彼女21歳、私は彼女と結婚しようと思いました。

私たちが本格的に付き合いだした頃、少しずつバブルが陰りを見せ始めていましたが、誰もそれが何を意味するか知りませんでした。
私が彼女と婚約し、夜景が臨める公園の駐車場に車を停めて車内でキスして、そろそろ帰ろうとしたら、目の前をソアラがゆっくりと横切り、その助手席には、あなたが座っていましたね。
胸がズキッとしましたが、痛くはありませんでした。
心で、お幸せに・・・と言いました。
そして、私27歳、彼女23歳で結婚しました。
二人の子宝にも恵まれ、幸せに暮らしてきました。

今、彼女と結婚して30年以上過ぎ、定年も見えてきました。
彼女と結婚した頃、完全にバブルは崩壊し、世の中が不景気に陥りましたが、バブルの恩恵をさほど受けない団体職員の私は、バブルの影響はほとんど受けマせんでした。
子供たちも巣立ち、長女は嫁ぎ、初孫が生まれました。
長男は家を出て独立、今は彼女と二人、五十路夫婦を楽しんでいます。
この年になっても、週に2回くらいは彼女を抱きます。
三十数年前、私の生ペニスで女になった彼女は、以来、私のペニスを独占してその快楽を享受してきました。

五十路の彼女はたおやかで、夫婦の営みに激しさはなく、慈しむようなクンニとフェラの後、一つに繋がる歓びを感じながら、閉経した彼女のオマンコに精液を注いでいます。
そんな穏やかな幸せの中、先日、仕事で少し郊外の造成現場に連れていかれました。
その時、遠い昔、この辺りに来たことがあったなと、頭の片隅の記憶が呼び起されてきました。
そこは、あなたのご実家があった場所でした。
確かに三十数年前、そこには木製の門構えの古民家のような大きなお屋敷がありました。
「昔、この辺りに大きなお屋敷があったような・・・」
私はつい、口走ってしまいました。

現場にいた方が、詳細をご存じでした。
「ここには、昔の土地持ちのお屋敷が確かにあったんだけど、もう、10年以上前に取り壊されたよ。あの方たち、気の毒だったなあ・・・」
その時初めて、あなたがあの後、過酷な運命をたどっていいたことを知りました。
あなたが結婚して5年後、ご主人の勤め先がバブル崩壊の影響で営業継続不可になり、あなたは離婚、お子さんを連れて実家に帰ったそうですね。
その後、リーマンショックでご実家が破綻、あなた方は土地建物をほとんど失ったそうですね。
私と別れてから、幸せな人生を歩んでいるものと思ってました・・・

あなた方は、唯一残った数件の小さな戸建ての貸家の一軒に身を寄せ合って、貸家の賃料で細々と暮らしたと聞き及びました。
今、あなたはどこで、どんな暮らしをしていますか?
今でも、伊●つかささん似の可愛いお母さんですか?
もう、お会いすることもなさそうですが、どうか、元気でいてください。
あなたと別れて30年以上過ぎましたが、あなたと共に過ごした2年間は、私の最後の青春でした。
私と過ごしてくれて、ありがとうございました。
ここに、あなたの思い出を書き残します・・・

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コメント一覧 (2件)

  • 年齢的にも、私や「彼女」とほぼ同じですね(実際には、「彼女」は貴方の1学年下・私は2学年下=貴方が大学に現役合格し、尚且つ4年でストレートに卒業できたと仮定して)。私の学年は、文中にある「バブル絶頂期」に新卒でしたから、面談だけで仮内定とか、複数の企業から内定をもらったという話を聞いています(私は高卒ですので実体験はありませんが)。

    さて、私、デビュー当時から「彼女」のファンなんですけれど、最初を除いて、以下は下の名前だけ(苗字は省略)でいいかと思います。
    その彼女も、先日56歳を迎えました。

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