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過去の女たちと嫁のオマンコを語る

達哉さんから投稿頂いた「過去の女たちと嫁のオマンコを語る」。

初めての彼女はもう24年前の高校2年の時で同級生、お互い初めて同士で物珍しさから、お互いの性器観察をした。
裸で、横になった69状態で、弄り合って観察した。

高校2年の女子高生のオマンコ、縦筋一本で、広げると陰唇がほとんどなくて、陰核も皮が被ってた。
初めて同士で、なかなか入らなくて苦労したのを覚えてる。
高校卒業まで付き合ったけど、セックスは、彼女の実家の元祖父母が住んでた離れの2階、当時は納屋になってて、そこに忍び込んで毎日のようにやってた。
卒業で別れたけど、その頃の彼女のオマンコは、陰唇が向かって右が少し伸びて、濃い茶色になってた。
俺の腰の振り方に偏りがあったのかな?

二人目の彼女は大学1年の夏休み、自動車学校で出会った専門学校生。
アニメ系のマニアックな専門学校に通ってる眼鏡っ娘のオタクで、妄想が凄い耳年増の処女だった。
二人続けての処女だったけど、今度は俺は経験者だからそれほど苦労しなかった。
ただ、同じ処女でもオマンコは縦筋一本じゃなく、肌色の陰唇が少しはみ出てた。
入れ具合も、高校時代の彼女よりも柔らかくて、コリコリ感が無かった。
お互いアパート暮らしだったし、彼女も覚えたての快感に貪るようにセックスにのめり込んで、毎日最低2回、休日は1日5~6回、生理日もあったからひと月に60回くらいセックスしてた。

生理が来ると、オナホールで射精観察されたし、そのうち射精のタイミングを察知されて焦らされたり、最後は自分で扱いて射精する恥ずかしい場面を見られたりした。
それが発端で、お互い向かい合ってオナニー見せ合いしたこともあった。
彼女は、元カノ史上最も荒淫だった女の子で、彼女が専門学校を卒業して就職先へ旅立って別れる頃には、彼女の陰唇は薄紫に変色してた。
おそらく、彼女とは1,000回以上はセックスしたと思う。

大学3年になって、ちょっと彼女なしの期間が3か月ほどあって、悶々としてるとき、行きつけの定食屋、というかよく酒飲みにも行ってた店で、顔見知りのおばさんに、
「最近、彼女と一緒じゃないのね。」
と言われて、彼女が卒業してしまって別れた話をしたら、飲まされて、俺のアパートで二次会だ~というノリでおばさんとアパートで盛り上がってるうち、下ネタになって関係してしまった。
俺、当時21歳、おばさん44歳23歳差のカップル成立。
おばさん、旦那さんが海外赴任になって、四十路の熟れた身体を持て余してて、20代のやりたい盛りの俺と丁度いい組み合わせだった。

44歳のおばさんは、フィギアスケートの渡部絵美に似てて、小柄でムッチリ、色白でムチムチの太腿をひっくり返ったカエルみたいに開くと、めっちゃエロかった。
オマンコはドドメ色で陰唇は内側に巻くようにめくれて、その使い古され感がグロくていかにも猥褻って感じがして、若い処女のオマンコよりも興奮した。
生理日以外は毎日セックスしてたけど、旦那さんは留守でもお子さんがいたから、おばさんとはやっても1日2回が限度だった。

大学の授業がフルである火曜と木曜は、帰りが午後5時くらいだったから、おばさんは下だけ脱いでそそくさとセックスして帰って行った。
授業が3コマしかない月水金は、3時過ぎには帰れるから、おばさんとお風呂に入ってクンニとフェラして、たっぷり2回戦を楽しんでた。
若い女の子のハリのある肌と、贅肉のないからだと、ピンクのオマンコよりも、ハリを失いつつある肌と、贅肉が付き始めてやや緩んだ身体と、ドドメ色の使い込まれたオマンコの方が、なぜか興奮した。
若い彼女の時は、普段はゴムセックスで安全日だけ生で外出しだったけど、おばさんは常に生で外出し、安全日は中に出させてくれた。

セックスも恥じらいなく喘いで、能動的に快感を楽しむ感じで、彼女とは正常位と騎乗位以外NGだったけど、おばさんは対面時で結合部観察とか、後背位でアナル丸出しとか、何でもさせてくれた。
既婚者だからセックスが日常の生活をずっとしてたので、セックスのテクがあって、俺もいろいろ勉強になって、セックスのテクが上がった。
俺が大学3年の時にお子さんが高校2年で、丁度俺が学際の頃にお子さんが修学旅行で、俺とおばさんも二人で不倫旅行に出かけた。
3泊4日の不倫旅行で、30発はハメたと思う。

観光もそこそこに朝っぱらからハメ狂って、布団畳みに来た仲居さんに見られちゃった。
「ごめんなさい。てっきり母子だと思ってて・・・」
と言われたら、おばさんは、
「ええ、息子です。私たちは、母子で愛し合ってるんですよ。」
と言ったもんだから、仲居さん驚いちゃって、根掘り葉掘り聞かれて、俺とおばさん、対面座位で繋がったままの結合部を仲居さんに見られながら、おばさんは母子相姦を自慢してた。
その後、他の仲居さんたちからも好奇の目で見られてた。

大学を卒業するとき、お子さんが大学生になって関西へ行ったので、おばさん、家を離れて旦那さんの元へ行って、俺は帰郷して、お互いに東京を離れた。
お子さんも旅立って、俺も荷物を故郷へ送って部屋を引き払い、俺とおばさんは最後の夜をホテルの一室で過ごした。
夜通しセックスして朝方眠り、8時頃おきて最後のセックスをして、東京駅で別れた。
不倫なのに、性欲だけの付き合いだったのに、俺もおばさんも目が潤んでた。
最初の彼女も、前の彼女も、別れるときは「じゃあね」と明るく別れたのに、おばさんとは切なく別れた。
俺とおばさんは、年の差があった不倫だったけど、お互いをとても思いやる付き合いで、愛があった。
それを口にはしなかったけど、前の処女の二人と明らかにキスが違ってて、ねっとりと舌を絡めてた。
愛って、美人とかかわいいとか若いとか年齢差関係なく、芽生えてしまうものだと知った。

俺は、帰郷してから結婚まで、二人の女性と付き合ったけど、愛が育たずに破局した。
二人とも美人で、スタイルも良かったしセックスも良かったけど、ダメだった。
その後1年間kの女無しの期間があって、俺が28歳の時、バイトにきた20歳の短大生と仲良くなった。
見た目が三戸なつめっぽいおどけた感じで、8歳も年下だから、恋愛感情は無くて友達として付き合ってた。
面白い娘で、一緒に居て楽しかったけど、これじゃ男受けはしないだろうなという女の子だった。
短大2年で、就職に悩んでて、故郷に戻るか、短大のある県庁所在地にとどまるか、だいぶ悩んでたけど、帰郷せずにこの街に残ると言った。

「ご両親、がっかりするんじゃないかい?」
「兄がいるから、それは大丈夫。それに、この街には達哉さんがいるし。」
「え?」
「ずっと好きだったんですよ。」
と言って、身体を寄せられて、女の子のいい匂いに思わず抱きしめて、キスしてしまった。
そのまま誘われるまま、kの女のアパートに行って、目の前で脱がれて覚悟を決めた。
彼女、オマンコが縦筋一本、もしかして、と思ったら処女膜があった。
この日、いつかお嫁さんになって欲しいと言った。

俺30歳、嫁22歳で結婚、今年結婚して11年、相変わらず三戸なつめっぽい顔したおどけた二児のママだ。
夫婦二人きりになると、甘えっ子でベタベタとスキンシップしてくる。
33歳の嫁のオマンコはというと、クンニ大好きな嫁は陰核を吸われるのが好きで、かなり育った。
大きく育った陰核は、半分皮が剥けて、陰唇の上を押すように引っ張ると、ピョコンと飛び出すくらい育ったから、それを舐めてあげると、クリイキしてしまう。
クリイキすると、更に大きく硬くなって、摘まめるくらいになるから摘まんでやるとイキまくる。
それだけイカせてからセックスすると、中でもイキまくる。

11年間やりまくったけど、嫁のオマンコは閉じてるときはほぼ縦筋一本で、僅かに青紫の陰唇が覗く程度にはみ出てるが、陰核は羽切分かるほど飛び出てる。
やりたいときは、パンツの上から陰核を撫でてやればすぐ濡れて、俺の陰茎を弄ってくる。
子供らがまだ起きてるときなどは、寝室で下半身だけ脱いで、立ったまま繋がります。
愛液が陰嚢を伝って床に落ちます。
嫁は俺にギュッと抱きついて、腰を振ります。
そんな嫁を見てると、可愛くて仕方ありません。

かつて、嫁のオマンコにたどり着くまでに、5人のオマンコを見て、舐めて、陰茎を出し入れしてきた。
処女に始まり、処女に終わってとても嬉しいが、処女だからと言って陰唇が小さいとは限らないし、使い込まれたオマンコの方が、卑猥で興奮することも知った。
そして、オマンコが気持ちいと感じるのは、その女に対する愛があるかどうかだと思う。
嫁には愛があるからオマンコが気持ちいいし、嫁も俺に愛があるからオマンコが反応する。
それは、大学3~4年の時の23歳年上のおばさんの時と同じで、年の差のある不倫だったけど、俺はおばさんを愛してたし、おばさんも俺を愛してたから、オマンコが使い古しでも気持ち良かったんだと思う。

あの経験があったから、俺は嫁と幸せな家庭を築けたんだと思う。
だから、俺はあのおばさんに感謝してる。
2年近くも俺と付き合ってくれて、ありがとう。
今、64歳のおばさんは、元気でいてくれてるだろうか。
遠い空より、おばさんの幸せを祈る。

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