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ベビーフェイスでプニプニな身体だった元カノ有美

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元彼さんから投稿頂いた「ベビーフェイスでプニプニな身体だった元カノ有美」。

結婚して9年、37歳の二児の父親です。
八重歯が愛くるしい妻を愛していますが、妻の前に付き合っていた元カノの有美のことが、今も忘れられません。
東北の田舎町出身で次男坊の私は、大学進学で仙台に出て、そのまま仙台に就職しました。

大学を出て1年目の新入社員の夏、職場にバイトに来た女子大生の中の一人が有美でした。
大人っぽい美形の女子大生たちの中で、小柄でムッチリ体形の有美は当時大学2年生でしたが、丸顔にショートヘアがまるで女子中学生みたいに可愛くて、
「可愛いね~。中学生みたい。」
って言ったら、
「よく言われるんですぅ。」
って、めっちゃ明るく返してきました。

そういうキャラの可愛い有美は、ほかの女子大生バイトから「カマトト」呼ばわりされていましたが、有美の「カマトト」は、わざとらしくないんです。
言い方が「カマトト」なだけで、男に媚びた行動などはしませんでした。
そんな自然な「カマトト」とべビ-フェイスが可愛くて、有美を構っていたら懐かれて、夏のバイトが終わるときに、有美からメルアドを尋ねられて教えました。
バイトが終わって会わなくなってからも、有美からはメールが届き、他愛もない会話を楽しんでいましたが、一度週末に食事に誘ったら、毎週末会うようになったのが有美との始まりでした。

有美は大学1年の時に初体験していましたが、あまり経験してないようで、痛いからセックスはしたくないと言っていました。
それでも許してくれて、初めてしたときはクンニをとても恥ずかしがっていたから、初体験のお相手はクンニをしなかったのでしょうね。
小柄でムッチリ系の有美の身体は、プニプニしてて、おっぱいは大きいのに子供っぽい裸でした。
コンドーム被せて挿入すると、辛そうでしたが、十分濡れていたから痛くはなさそうでした。
十分クンニして、ただ濡らすだけじゃなくクリを撫でて思い切り喘がせてから挿入すると、中でも感じるようになっていきました。

その後、経験を重ねるごとに性の快感が開花し、快楽に目覚めてゆく姿は最高でした。
女子中学生みたいなベビーフェイスに、ムッチリな身体は抱き心地も柔らかく、激しく突けばプニプニの身体をプルプル揺らして、アンアン喘ぐようになっていきました。
快楽を知ってゆくと、快楽を与えてくれるペニスが大好きになり、フェラチオ大好きな女の子になりました。
ジュルジュル唾をまぶして、亀頭を舐る舌遣いはベビーフェイスとのギャップがありました。
特に、生理が来てしまった時は、フェラで射精まで導いて、手コキで噴き出す精液をじっと見つめていました。

やがてコンドームを使わず、生入れ外出しになり、有美は胸のあたりにドピュドピュ射精されるのを恥ずかしそうに見ていました。
有美が大学3年の秋に行った温泉旅館では、何発もやりまくりました。
食事の時とお風呂のとき以外、ロクに観光もしないで、裸で乳繰り合っていました。
射精後にペニスとオマンコを洗って、乳繰り合っているといつしかムクムク再勃起、またおっぱじまるという旅行でした。
やり過ぎで、お互いヒリヒリしてきて、仕方なく寝ました。

有美は多賀城に就職を決め、お互い、有美の卒業後も付き合うつもりでいました。
有美は、4年生が終わって卒業した後、一時地元に帰省していました。
そして運命の3月11日、強烈な揺れに襲われました。
私の住んでたアパートは軽量鉄骨造で無事でしたが、古い建物は被害が出ていました。
仙台も、沿岸部の常磐自動車道で津波を食い止めた形で、それ以東は津波に?まれました。
有美の就職先は多賀城の水産加工会社、沿岸部にあったから、高波に?まれてしまいました。
有美の内定は取り消され、失意の中、一人故郷へ帰りました。

「私の就職先、無くなっちゃった・・・」
寂しそうに微笑んだ有美の表情が、とても哀しかったのを覚えています。
「実家に戻って来いって・・・残念だけど、お別れ・・・」
「有美、元気でな。幸せになるんだぞ。ずっと、応援してるからな。困ったことがあったら、連絡しろよ。さよなら・・・」
「さよなら・・・」
別れ際の有美の、あの泣きそうな笑顔、今も忘れることができなません。
有美を見送ったのは、私だけでなく、地元仙台の有美の大学の友人もまた、去り行く有美を見送った一人でした。
その有美の大学の友人が、現在の妻です。

妻とは、有美のアパートでたまに顔を会わせていました。
何度か会話もしたし、有美の部屋で飲んだこともありましたから、妻は、好きなまま有美と別れて落ち込む私を励ましてくれました。
とても気立てのいい娘さんで、次第に心惹かれていきました。
遠く離れてしまった有美とは、一度もメールすることもありませんでした。
でも、私と妻が披露宴を挙げる2か月前、有美から別れてから初めてのメールが来ました。
「私、明日結婚します。」
「おめでとう。幸せになりなよ。」
と返しましたが、それに返事はありませんでした。
だから、私が有美の学友だった妻と結婚することは、知らせませんでした。

そして、有美がまだ心の片隅にいる状態で、9年前に妻と結婚しました。
妻も、私の心の片隅に有美がいることを承知しています。

有美と付き合ってた頃に流行った曲が流れると、あの頃を思い出して、胸が締め付けられます。
そして、有美が就職するはずだった水産加工会社は、震災後、小規模ながら再建され、細々と営業を再開しましたが、震災から10年の時、見事復活しました。
その水産加工会社の商品を見るたび、あの時の有美を思い、心が痛みます。
もう、有美のことは風の便りすら届きませんが、元気でいて欲しいです。
そして、有美の夫婦生活が幸せでありますようにと、願うばかりです。
先日、有美が住んでたアパートの前を通りかかって、暫し思い出に浸ったので投下してみました。

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コメント一覧 (3件)

  • 「私の就職先、無くなっちゃった・・・」

    このセリフ、キツすぎるわ。
    寂しそうに微笑んだ有美さんの心は察するに余りあるわ。

  • マジですか年齢を偽ってやったんなら犯罪だね
    でも相手が納得して居るならそうなのかな。
    逆ナンされた事無いからわからないなぁ〜

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