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魅力あふれた部下との不倫愛

やまださんから投稿頂いた「魅力あふれた部下との不倫愛」。

部下の女性と不倫関係になった時の様子です。
私が37才課長の時に課の女性が結婚退職したので、隣の課の女性K子23才が配属替えで移籍してきました。

一か月過ぎた頃に元の課の女性二人が「配属替えでも送別会をするから・・」とK子と付き添いとして私を入れて四人で会食した後に、その頃流行っていたクラブに入りました。ダンスでは女性二人が組んで踊るので私はK子と踊る様になりました。
K子はダンスの経験が少ないようで、混雑したホールで動きがどうしても小さくなり、私の大きい歩幅は彼女の陰部を擦る様になり、続けて踊る内にスローなブルースでは私にしがみ付いて、ますます下半身を擦られる状態になりました。

さらに一区切りになるスローワルツでは、股の間に入れた腿でユックリと刺激すると「アーっ・ダメーッ」と呟くまでになりました。
彼女の身長163cmに対して、私の175cmはとても踊り易く、二人共無言のまま抱き合う事を楽しんで居ました。
K子の仕事は主に庶務で、私の隣りの席なので自然とプライベートな話をするようになり、次の給料日に「貴女のダンスは上手だから、もう一度ダンスに行きたい」との誘いに0Kが出ました。簡単な食事の後に歓楽地のダンスホールで、月末で混雑する隅の方で踊っていると、周囲のカップルではチークダンスやキスをしているカップルが多くなり、刺激された私は右足を彼女の股に入れたまま強く抱きしめると「アーっ・ダメーッ」と漏らす声に、キスを頬から口に移していったのです。 下半身を押し付けたまま・・。

踊り始めてから、そんなに時間は経って居ないけど二人の興奮が高まり、私から「疲れたから終わりにしようか‥」と言って繁華街に出てから、ラブホの前で「まだ時間が早いから少し休んで行こうよ」と手をつないだまま入室しました。

彼女はセックスの経験が少ないと聞き、入浴を別々にした後ベッドで全身を舐めまわして「アーっ・ダメーッ」と言いつつも興奮状態になりオマンコがヌレヌレになったのを確認した上で、コンドームを見える様にして装着した頃は「優しくして下さいネ」とOKの言葉にユックリと挿入した。
経験の少ない人なので、キスしてから全身を愛撫し、クリ舐めすると「エッ・はずかしい・アッ気持ちイイ」、ユックリと正常位でオマンコに入れたままで様子を見ると、不安そうな様子もなく安心感から「気持ちイイ・嬉しいです」の言葉が返って来たのです。
抱き合ったまま、キスしながらのピストンは、K子の興奮とキツキツのオマンコの悦びを感じて、なんと三分ほどで私は射精してしまいました。

妻帯者の丁寧な愛撫にセックスの快感を覚えたK子と月に一度のデートを重ね、時には食事の後にコンサート・映画・展覧会だけのデートの場合と、あちこちのラブホでセックスを楽しむのを織り交ぜる事で、すっかり大人の楽しみの世界を楽しみました。
仕事中は、私の隣の席でも極力私語を慎み、社内不倫の疑いを持たれないように気を付けていました。
一年経った頃に一泊観光旅行を提案したら大喜びで、温泉旅館に着いてからは夫婦気取りで私に浴衣を着せたり、貸切温泉風呂では背中を洗った上に浴槽の中で座位で抱き合ってハメたりを楽しんだのです。性欲が顔に出ていました。
夕食後はブラジャーをしない浴衣姿でチークダンスで雰囲気を作り、部屋に戻ってからはサッサと布団の中に入って「まだこんな時間なのね、寝るには早いけど‥」と言いつつ私を呼び込んでいました。

キスしたまま私の右足を彼女の股の間に入れると、既にタップリと濡れていて、69になると上手に私の一物を口に入れ、時々「アッ・ダメ・イッチャウ!」と声を上げながらも上手にフェラを続けているのです。
「二、三日前に生理が終わったから今日は生で入れてよ」まるで新婚夫婦気取りです。

性格的にも素直で、体つきも素敵な彼女が、上司と言うより性格も体の相性も良い男と「まるで夫婦」ように楽しみ、翌日の会社では他人のように振舞い会社の宴会などでは、ワザと離れた席で課長と部下の女として他人のように振舞いました。
月に一度のデートはお互いに秘密を守りながら三年目になると、ラブホのビデオを参考にセックスの多彩なテクを覚え、時には休日のドライブではカーセックスや森の中で服を着たまま立位でハメたり、まるで新婚夫婦がセックスにハマっている様です。楽しさ・快感のあるセックスは二人の体の相性だけでなく、性格や信頼感と愛情も深まりましたが、どちらも結婚を求める言葉は一度も有りませんでした。

ある日「下宿してる叔母からの紹介で何回か付き合った人と結婚する事にしました。この前ラブホでイカサレタ時に、彼のチンポでイカサレタの、彼が喜んでプロポーズされたの」との事。
彼女自身も26才になり「そろそろ結婚したい年頃と思っていたので・・」と言われて私も納得し、三か月後に退職しました。 その後連絡は取っていませんが、忘れられない三年間でした。

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