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バブル時代の嫁の大学生活は想像に容易い

旦那さんから投稿頂いた「バブル時代の嫁の大学生活は想像に容易い」。

嫁と出会ったのは平成2年の7月、7対7で行われた合コンだった。
俺は大学出て三年目、嫁は大学出たばかり、バブル後半でまだまだイケイケの頃。
7人の女の中で、お色気美人の嫁と、もう一人、ハマトラ純情系の二人が人気を二分してた。

俺は、お色気の中にも清楚な佇まいを感じる嫁に一目惚れ、ライバルを蹴散らして手に入れた。
俺も嫁も東京にある、いわゆるマーチ出身で、地元大学出身者にはわからない東京での学生生活の話題で盛り上がって親しくなった。

この頃、東京で学生生活を送った俺と嫁は、学生気分が抜けきらなくて、軽い口説きでスポーツ感覚で初セックスに及んだ。
Eカップに括れた腰、ムッチリ太腿に生唾ゴクリ、バブル時代に東京でが癖営生活を送った上玉だけに、小ぶりだが、色的にそこそこの使用感があるビラ肉、何陰い吸われたか皮の剥けたクリ肉、俺の肉棒扱いも手馴れたもんで、おしゃぶりも上等。
性が開放的だった時代、コンドームは必須だったからゴムハメ、初めて抱かれるのにヨガるヨガる、Eカップをブルンブルンさせて、お色気ダダ洩れでヨガリまくってた。

平成4年3月、俺26歳、嫁24歳で結婚した。
お色気と清楚が同居した不思議な美人でグラマー、料理、特に和食が上手で、脱げばEカップの美乳が揉み放題で最高。
着るものと髪型によって、お色気美人になったり、清楚美人になったり、味わい深い嫁だが、何年過ぎても酒飲むとバブル地代の思い出話をする。

俺もバブル時代、東京で遊んだクチだから、当時の東京の女子大生がどんなものか想像はつく。
俺でさえ、4年間で二十数人の女とハメた。
当時、麻木久仁子のような女子大生ブームがあり、小金持ちオヤジたちと争奪戦だった。
だから、二十数人のうち、女子大生は半分、残りの半分のうち5人を覗いて人妻だった。
女子大生にうつつを浮かす小金持ちオヤジの奥さんがあぶれてて、男子大学生を漁ってた。
で、残りの5人のうち、3人がOL、そして残り2人が女子K生で処女だった。
二十数人とハメて、処女は女子K生2人だけ、時代だなあと思う。

嫁もきっと、遊び歩いて小金持ちオヤジにブランドもの買ってもらって、ホテルで股開いて、ビラ肉広げられて羞恥セックスしてたんだろうな。
そのくせモテるから、イケメン大学生とスポーツ感覚でセックスしてたんだろうな。
この頃の女子大生は、気が合えば即ホテルかお持ち帰り、まるで握手するくらいの感覚でセックスしてたもんなあ。
今でいうセフレに近いかな。
「今日ヒマ?」
「明日ならヒマ。」
「じゃあ明日ヤろうよ。」
「いいよ~」
こんな関係の女子大生が、常に5、6人いたなあ。
彼女にしたのは女子K生だけど、彼女たちは一晩を過ごせないからね。
昼に青い果実、夕方は熟女、夜はピチピチ女子大生な生活だったなあ。

嫁は、一体何人とセックスしたのかねえ・・・
小金持ちオヤジに犬のように四つん這いにさせられて、尻を突き上げ尻の穴なんか舐められて、イヤ~ンなんて言いつつ、オヤジ肉棒をズブリ、って感じかな。
そうかと思えばイケメン大学生に口説かれて、恥ずかしがりながらもばっくり割れたビラ肉めくられて、奥の肉口ホジホジされて、肉棒を突き立てられて若さ爆発の地獄突きだな。
目に浮かぶよ、細い腰を掴まれ執拗に突かれて、肉棒を咥えこんだ女子大生だった嫁のめくれ上がったビラ肉が・・・
聞こえてくるよ、愛液をあふれさせた女子大生の嫁の肉穴から響く、ジュボシュボという淫らに響く音が・・・
多分それが、嫁の東京での大学生活だったろうな。

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