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女子大生を食いまくれてたバブルの記憶とその後

老いぼれオヤジさんから投稿頂いた「女子大生を食いまくれてたバブルの記憶とその後」。

俺が就職して数年後に、世の中ではバブルが始まっていた。
俺27歳、女房23歳で付き合い始めた頃で、仕事も恋も忙しくて充実してたのを覚えている。
週末、女房とデートして、女房を抱いてヨガらせてたが、平日は女房以外の女を抱いていた。

仕事は忙しかったが、給料もボーナスも凄かったから、当時の女子大生ブームに乗っかって、ブランド物の小物で釣って、平日は数人の女子大生セフレと戯れていた。
まだセックスを覚えたばかりの十九、二十歳の女の子が、彼氏とではできないえげつないプレイでヨガりまくってた。
オマンコにオロナミンC、尻穴にファイブミニのビン入れられて、ズコズコ交互に出し入れされて、その異常な行為に興奮して潮まで噴いてた。

尻穴快楽を知った女子大生を、同僚と二人で二穴ファックしたこともあった。
可愛い二十歳の女子大生が、鼻水まで垂れ流しながら、ヒイヒイと二穴にチンポ入れられてヨガリまくってたのを思い出すよ。
そんなふうに性に乱れてたバブルの頃だから、コンドームは必須アイテムだったな。
将来女房となる恋人に、変な病気うつせないからね。
もしあの頃、デジカメがあったらすごかっただろうなあ。

そんな時代を過ごしてきたから、女房が二度の出産をした際も、セフレ作ってたよ。
第一子出産の頃は、まだバブル末期だったから、相変わらずキャピキャピ女子大生を食ってた。
でも、第二子出産の頃はバブルは弾けてて、学費や生活費を稼ぐために抱かれる女子大生を抱いていた。
この頃、援助交際という単語が使われ始めたような気がする。
援助金を支払ってたから、女子大生にはやりたい事をし放題だった。
SMホテルに連れ込んで、うら若き女子大生を拘束椅子に大股開きで座らせて、シリンダーでクリを吸い上げ、その敏感になったクリにローターを張り付けて放置したことがある。
強烈な快感に見舞われた女子大生は身悶えするが、耐えきれずに痙攣しだし、連続クリイキ状態になるんだ。
もう、意識は飛んでて、ひたすら体がビクンビクンと痙攣、やがてヨダレを垂らしながら白目を剥いて気絶してしまう。
そのみっともない姿は、もう、お嫁にいけないくらいだったよ。

連続クリイキよりすごかったのは、電マにシリコンのアタッチメントをつけてオマンコに入れっぱなしにした。
アタッチメントは長さはないが、オマンコの天井を押し込むような縦長の形状で、オマンコに入れてスイッチを入れるとGスポットを直撃するんだ。
暫くは悶えていた女子大生も、腰が自然に前後に動き出して、そして仰け反って、
「死ぬ死ぬ死んじゃう~~頭がおかしくなっちゃう~~」
と絶叫、潮を噴きながら硬直して、ブルブル震えだす。
縛られているのに、尻を上下させて騎乗位で腰振る感じになって気絶した。

気絶した女子大生を拘束椅子から降ろして、ベッドで犯すと、犯されているのに抱きついて腰振りやがるんだよね。
クリ逝き女も、Gスポット逝き女も、イカされまくった後のセックスは自分から腰振ってた。
あれ、無意識なんだと思う。
その後、彼女たちは二時間くらい、イビキかいて爆睡するんだ。
よっぽど疲れたんだろうね。

翌朝、淫らなイメージは欠片も残さず、清純な顔して3万円を握りしめて帰っていった。
とても腰振って痙攣したり、潮を噴かされたりするようには見えなかったよ。
あの頃の女子大生は、学生生活だけでなく、就職も厳しかったみたいだから可哀相だったな。
今思えば、とんでもない時代だったと思うよ。
娘たちも独立して孫もいる身になって、俺も深く反省してる。
あの女子大生たちも今やアラフィフ、きっと、恥辱の過去は封印して、墓場まで持っていくんだろうさ。
老いぼれオヤジの若い頃の打ち明け話、書き込んでみたよ。

2 COMMENTS

ポチ君

女子大生と泊まりでやりまくって諭吉3枚か~ちょっと安くない?
もしも生中なら5~6枚かな?

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