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母が大好きまさに

ダメな奴さんから投稿頂いた「母が大好きまさに」。

何十年も前の事になります。
其の前に誤字脱字、文才一切ありません思いのまま書き込みます。
5年生が終わると同時に田舎から都会の横浜に越して来ましたが俺はてっきり横浜と聞き都会に引っ越すとばかり思ってましたが新幹線に初めて乗り楽しみに着くと新横浜の案内で降りましたが「えっ?」「何もない」周りは山駅前にビルが2棟あるだけその先を見ると畑ばかりでした。

来たばかりですが田舎と余り変わりばいしない風景で違いと言えば新幹線ぐらいです。
其処から歩く事確か15分程度だったと思います。
一応は母からは家は一軒家ではなくアパートはと聞いてはいましたがモルタルで出来たボロアパートで目の前が大家さんでしかも小さな部屋が2つ小さな台所がありトイレも部屋の中には無い通路の奥で男女共同しかも仕切りの何もない個室と男用のトイレが横に並んでる個室は一段高く成っていて仕切りの壁も薄い板張りで床と仕切りの壁の下には隙間が戸の下にも隙間でした。
お風呂は一応は同じように外にありトイレの更に奥にあり共同風呂ですきま風(ヒューひゅー)冬は寒そうです。

入り口に札があり使用中は札をしてして無い時は札をしない(その前に一応は声を掛けてからでしたが)若い人や女の人は嫌な様で近い所に銭湯があるので其処に行ってる方の方が多かったです。
家は貧乏です父は一生懸命仕事はしてましたが給料は少なかった様です。
姉と妹がいましたが姉はバイトをして多少でもと母に渡してました、自分も近くの家だけですが新聞配達をしてました。
1000円にも満たなかったような気がします。

其れでも母は「助かるありがとう」と言って受け取ってくれてはいましたが。
母も近所の会社の手内職を家でやってました、当時は小さなトランジスターラジオラジオが流行っていて其の基盤に部品を数個取り付ける仕事をしてました。
俺も手伝いをしてました、お陰で其処の会社で扱っているラジオ等商品にならない物はもららってました。
何故か貧乏なのにお陰でテレビや洗濯機掃除機が家にはありました。
部屋は狭いですから寝るのもテレビを見るのも同じ部屋です、姉の勉強がはかどるようにと更に小さな部屋は姉の部屋に成ってました。

家はお風呂はアパートにある当然の事で入ってました、ガスで沸かすのですが湯船の横に湯沸かし器の様な物があり下のパイプから未だ湧いてない水が入り上から湧いたお湯が出て循環する仕組みでお湯が沸くのですが当時は多分効率が悪く中々沸かないので大変でした。
お湯を沢山使うと直ぐにぬるくなるので体や頭を洗うのが大変でした何時も妹と一緒に入ってました1人1人入ると時間が掛かると言う事です。

今思えば小学校といえど妹も高学年で胸も膨らみ女の子になってましたから良くお互いに触ったり撫でて見たりして遊びながら入っていると母や姉に早く出てと怒られたものです。
寝る時間になると姉は1人で後は川の字に布団を敷いて寝てました。
母が何時もテレビに一番近い所にそして父、俺で妹でしたが暗くするとトイレに行きずらいので何時も台所の明かりは点けた儘でした、慣れると可なり明るく部屋全体が分かる程です。
自分は幼い頃から偏頭痛持ちで医者から2種類の鎮痛剤を処方して貰ってましたが剤と言っても当時は粉薬でパラフィン紙がたたんであり広げて飲むそんな感じです。

夕方寝るとどうしても今度は眠くないので良く1人でテレビを見てました、母や父には「夕方寝るから寝れなくなるんだよ」「偏頭痛で仕方がないとは思うけどね」とは言われてましたが。
其れでも怒られる事は無かったです。
テレビの音は出来るだけは小さくして何時も母の足元でテレビを見てました。
此の日もやはり同じ様に母の足元でテレビを見てました、母も父も見てましたが寝てます姉も明かりが消えたので寝た様です。
夏も終わりましたがまだ昼は暑く夜は涼しくはなりましたが未だ暑かったです。

父と言えば寒がりで夏でも布団を掛けて寝れる人です、夏でも暑い飲み物で冷たい物を飲んでいる所は見た事ありません。
逆には母暑がり俺もそうですが母は特に暑がりで昼間買い物から帰って来るとお風呂に入る位に暑がりですがキレイ好きでもあります。
しいて言えば父は背は低いですがカッコいい父です、母は普通ですが何時もニコニコで優しい母ですスタイルは中々です肌もスベスベでした其の上両親共に寝ると声を掛けても触っても中々起きない両親です。
話は元に戻します。

1人で見ているので音は小さくして見てました、カラーテレビもありましたが俺の家のテレビはもらったもので未だ白黒テレビです、見てると母が暑い様で掛けているタオルケットを退けて更に足を広げて片足が俺の太腿の上のってきました。
父はパジャマで母は部屋着の様な薄い綿の生地前ボタンの服で寝てます其の服が捲れあがりパンティーが見えてました。(ただ母はパンティーと言うよりもショーツ綿生地のゆったりとしたもの最近のお姉ちゃんが履いてる様なパンツは御へそは出るし小さくってゴムがキックってダメという事です)
母の片足だけが俺の座ってる太腿の上にのってます目の前に大胆にも母が足を開き寝てます。(俺が横でテレビを見ているのは分っ入るはずです)

俺はテレビを見る所ではありませんでした。(大好きな母其れも無防備に足を開きショーツが丸見えです)其の上ショーツが食い込んでますマ〇コの所に。
俺はドキドキです手は震えて心臓が今にも口から出てきそうな程ドキドキ焦ってました。(当時俺は女の子に興味というよりも女其れもアソコが見たい)
但しオナニーと言う行為はまだして無かったです、其の行為の名前ももっと後で知りました。
そうこうしているうちに母が(まさか?)「起きてる?」ショーツの腰の所から両手をいれて自分のマ〇コを触り始めました。

片方の指がマ〇コの穴に入れている様でクチュクチュと音がしてました。
俺は見たいどうしても見たいは母のマ〇コの前にある白いやつが邪魔をして見えない見たいと思っていると辞めましたがお陰で母のショーツが腰から下へさがりアンダーヘアーが見えてました。
後もう少しです丸見えになるまでもう少し「下げて」と願っても無理です。
イチかバチか俺が腰の所に指を掛けておろしてみると下ろせました。
母のプックリと膨らんだ恥骨にそれ程は濃くないアンダーヘアーその下にはマ〇コが見えてます。

若くは無いのでビラビラも見えてますがグロイ大きめで広がってました。
そっと触りもう少しビラビラを広げるとグチュいって糸を引きながら更広がりました。
我慢が出来なくなり指を入れるとクチュクチュと音がしてました。
母のマ〇コをどうしても舐めて見たくなり舐めました、石鹸の香りの中に一寸オシッコの臭いと汗臭い様な言葉では言い表せない感触でした。

忘れることが出来なくなりコソコソと触るようになり、其の時にトイレの個室に入りチンチンを出して父のチンチンが硬く大きくなり母のマ〇コにチンチンが入り父が腰を動かすとこんな感じかなと思い両手でチンチンを前後にしごいて見ると何とも言えない良い気持ちになり良くやってましたが、だいぶ後にオナニーと言う言葉は覚えました。
今思えば良く母や父にバレないで母に悪戯で来たものだと思います。
菜が文失礼します。

1 COMMENT

弘樹

所々に誤字がありますが面白く読みました。
自分の母親もそうでほしかったです、自分も母が大好きです。

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