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純朴女子K生だった嫁さんと俺のハメ撮り動画に残る思い出

サトシさんから投稿頂いた「純朴女子K生だった嫁さんと俺のハメ撮り動画に残る思い出」。

大学を出たばかりの俺は、海辺の町の営業所へ配属になった。
借りたアパートの住人は、俺以外は50代以上の単身者とパッとしなかった。

大学を出たばかりの俺は、大家さんに、
「時々でいいから、うちの娘が勉強で分からないところを教えてやってくれないかしら。」
と言われて、K校受験の娘さんの勉強を時々見てやってた。
田舎の女子C学生はションベン臭いガキだったが、彼女こそ後の嫁さんになる静子だった。

静子はまじめに勉強して、無事にK校受験を終えた。
K校の制服はこれまた田舎臭いセーラー服だったが、C学のセーラー服とは違ってションベン臭いガキには見えず、ドキッとさせられた。
K校のセーラー服を着た静子には、女の色香を感じた。
静子は、K校になっても俺の部屋をたびたび訪れ、勉強で分からないところを尋ねてきた。
俺は、このままだと静子を襲いそうで怖かった。

夏休みになると、静子は私服で俺の部屋にやってきた。
海辺の町の女の子らしく、タンクトップにショートパンツの静子が前屈みになると、乳首が見えそうだったし、無造作に胡坐をかくからパンツ丸見えだった。
俺は、ズボンの前の膨らみをごまかすのに必死だった。
しかし、夏休み中に登校日があったらしく、白いセーラー服姿でやってきた静子は、俺の前で、
「暑いなあ・・・」
と言いながら、手ぬぐいで汗を拭き始めた。
首周りはまだしも、セーラー服の下から亜手を入れて、脇の下を拭き始めたからさあ大変、お腹からブラまで丸見えで、思わず、
「コラコラ、若い男の前で下着を見せるんじゃないよ。」
と言ったら、静子は、
「え?私に女を感じるの?去年なんかガキ扱いしてたのに・・・」
と言った静子は、セーラー服の上を脱いでスカートも落として、ブラとパンツ姿になって、
「サトシさんが好きです・・・」
と告ってきた。
社会人と女子K生、マズい、淫行だ・・・でも、目の前には下着姿の○5歳の女の子・・・理性が崩壊してしまった。

狭いアパートのお風呂、二人で入るには酷だったがそれがかえって密着してて、勃起が静子に触れていた。
「こんなに大きくなるんですね。入るかしら・・・」
時は昭和末期、バブルが始まる直前だった。
俺は、○5歳のK校1年生の少女の身体を愛撫し、可愛い乳房を揉み、ピンクの乳首を舐め、美麗な秘唇を広げ、秘穴と秘クリを舐めまわした。
田舎の純朴少女が、甘い吐息を漏らした。

静子は、俺の脈打つ一物を摘まんだかと思ったら、パクっと咥えて舐めた。
拙かったが、一通り男女の交わりについては理論上知っていたおマセな子だった。
「直接、触れ合いたいんだ。中には出さないから・・・」
○5歳の秘穴に生で入れた。
メキッと弾け、メリメリと根元まで埋め、静子が女になった。
田舎の純朴少女んい愛の言葉を囁きながら、心と身体を絡めて一つになると、痛みさえ愛と信じて抱きついてくるから、未成熟女体を貪り味わった。
俺は、この時の感動を今も忘れない・・・

俺は、本物の女子K生の痴態を記録すべく、当時登場したばかりの8ミリビデオカメラを購入し、部屋の本棚の広辞苑の中に隠して撮影した。
まだ幼さを残す静子の女体、または夏のセーラー服を着せたままのリアル女子K生の痴態、結合部、それらが映るように体位を工夫した。
俺しか知らない静子だから成り立つが、男性経験がある程度ある女だったら不自然さに気が付いただろう。

俺は、純真な少女が無垢な身体を喘がすようになるまでを記録した。
無垢な秘穴を味わいながら、快楽を仕込む。
未成熟な少女の身体は、次第に無垢を壊していった。
延々と続く恥辱行為にはいちいち「愛」を絡めるから、少女は快楽に逃避していった。
いつしか、無垢だった身体が覚えたての快感に喘ぐようになっていった。
純潔と引き換えに、女の悦びを知っていった。
清純であるべきセーラー服を着たまま、秘クリを摘ままれこねられて、未成熟な身体に駆け巡る快感に仰け反った。
揺れるセーラー服のスカーフ、羽ばたくセーラー服の襟、田舎の純朴少女が壊れていった。

海辺の町には4年間いた。
中3だった静子妹紅3になっていた。
また、田舎の純朴少女の静子は、一皮剥けば淫乱少女になっていた。
透き通るような白い肌を上気させ、まるで天使のような笑顔を虚ろにした。
恥辱と快感の区別さえつかなくなり、セーラー服を着たまま俺に跨り腰を振り、純真な少女の面影さえ捨てて逝き地獄で放心状態になっていた。
それらの記録は、8ミリビデオテープに残されていた。

俺の転勤が決まったとき、K校を卒業マジかだった静子は、
「私、サトシさんと一緒に行く。お嫁さんいなる。」
と宣言してビビらせたが、海辺の町は姓に寛大なようで、
「なんだ、静子はもうサトシ君に抱かれたのか?そうか、じゃあ仕方がないな。サトシ君、静子をよろしく頼むよ。」
と言われた。
そういえば、当時○8歳の静子の父親は43歳、母親は40歳だったから、海辺の町は結婚も早かったようだ。

しかし、K校を出たばかりの小娘を連れていった俺は、両親に説教された。
「他所様のまだ幼いお嬢さんを、あんたって子は・・・」
まあ、こっちの反応の方が普通だろう。
しかし、26歳の俺と○8歳の静子は親の承諾を得て婚姻届けを出した。
そして俺は、転勤先ではロリコン呼ばわりされた。

今年、結婚して30年を迎える。
俺は56歳、静子は48歳になる。
子供たちは独立し、孫も生まれ、今は夫婦二人の生活だ。
俺は、15年前にDVDレコーダーを買ったとき、静子の少女姦動画をDVDに編集した。それは35枚にも及び、それが転勤の引越しの時に静子に見つかってしまった。
俺は、よせばいいのにDVDにプリンターで「静子との愛の記録そのOO」と記していた。
しかし静子は、少しも怒らなかった。
「私、途中から気付いてたんだ。エッチが終わった後、お風呂から見えたんだ。カメラの電源を落とすサトシさん・・・」

時々、30年以上昔の静子と俺の交わりを見ることがある。
今の4Kから比べたら非常に粗い画面だが、本物の女子K生の痴態は興奮できる。
その時々でカメラの位置を変えたりもしたから、窓の外の風景が映り込んでいることもある。
静子は、そういう動画が好きだった。
なぜなら、俺と静子が若い性愛を交わしたあのアパートも、静子の両親の家も、今は無くなっているから、あの動画は猥褻なだけでなく、思い出なのだ。
あの震災で、静子の実家もアパートもみんな流されてしまった。
そして静子の両親も・・・

夏の夕方、学校帰りの静子がそそくさとスカートだけ脱いで、上は夏のセーラー服を着たまま俺に跨る動画・・・
白いセーラー服、半そでの袖口、紺色に白い線、セーラー服の襟も同じく紺色に白い線、おどけない女子K生が、スカーフを揺らし、襟を羽ばたかせて一心不乱に腰を振っていた。
快楽を貪る若い二人、でもそこには間違いなく愛があった。
そして、二人を俯瞰する画面の向こう側には、窓の外に静子の実家が、その向こうには海が見えている。
今はもうなくなってしまった風景が、女子K生の淫行の姿の向こう側に残っていた。
32年前の俺と静子の痴態を見ながら、32年過ぎても愛し合う俺と静子だった。
まだ、56歳の一物は静子を求めている。
48歳でも可愛い静子もまた、俺に跨り32年前に思いを馳せている・・・

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