エッチ体験談 12,000話 突破!!

幸せを祈った元カノと再会したら・・・

省三さんから投稿頂いた「幸せを祈った元カノと再会したら・・・」。

23歳から一年ちょっと、絹江という4歳年下の女性と付き合っていました。
生まれて初めて、処女をもらって感動した女性です。
拙いフェラは歯がカリに当たり、色々教えて上達していきました。

何をされても愛の行為と無抵抗で股を開き、初めてのクンニに顔を真っ赤にして、純情な膣口を潤ませていました。
ウブな淫裂をこじ開け、初めての陰茎で突貫すれば、破瓜の痛みが虚しく漏れました。
それでも回数を重ねると膣はほぐされ、やがて快楽に溺れる日がやってきました。
見た目は純情そうな絹江は、その見た目と裏腹に性の疼きを癒したくなり、私を求めるようになりました。
絹江の身体に次第に刻み込まれていく快楽に、私は羞恥のスパイスを加え、恥辱快楽に堕ちていきました。

一緒に居た時は、とても充実した日々を送っていました。
でも、従順で無抵抗な事をいいことに、次第に私が絹江の人権を無視するような恥辱行為に走り、てっきり絹江は喜んでいるとばかり思っていました。
絹江には、本当に辛い思いをさせてしまいました。
後になって、どれだけ絹江に支えられてたかを実感して、贖罪と後悔に苛まれていました。
私のことなど忘れて、幸せな日々を送ってることを願うことで、贖罪に変えていました。

でも、いつかは私の元に帰ってくるような気がして、いつまで待っていればいいかわからないけど待っていました。
でも、早くしないと絹江はどこかに行ってしまうような気もしていました。
だから、どうか幸せになって欲しいと願うことで、誤魔化していました。
またもう一度、最初から絹江とやり直せる日が来ればとも思っていました。

絹江と再会したのは4年前、私50歳、絹江46歳、別れて26年の歳月が流れていました。
再会したのは市役所の総合窓口で、一目見たときには、どこかでお会いしたような・・・という感じでした。
窓口で絹江の名前が呼ばれ、一気に時が遡りました。
「絹江・・・さんですか?」
「はい・・・」
「省三です、。お久しぶりです・・・」
「まあ・・・お懐かしゅうございます。」
美しく年を重ねた絹江は、とても上品で清楚なご婦人でした。
暫し歓談して、お互いバツイチになっていることを知りました。

私は、絹江を待ちつつ他の女性と交際、28歳で25歳のその女性と結婚し、一女を儲けました。
絹江が心の片隅に居続けて、時々、夜中に絹江の名を口にしたようで、元妻を悩ませました。
寂しかったのでしょう、結婚して10年で元妻が35歳の時、私ついに以外の男性に抱かれてしまいました。
不倫は2年続いていたようでしたが、私は全く気が付いておらず、元妻が37歳で妊娠して、事の次第を知ったのです。
元妻の不倫相手は高校の同級生、お互いの初体験お相手でした。
元妻は娘を置いて身重のまま離婚し、不倫相手の子を産みました。
私は40歳でバツイチになり、余した。
その後、元妻が再婚したかは知りませんが、産んだ子供の父子関係不存在には関わりました。

絹江は、私と別れた3年後、お見合いして24歳で結婚、一男を儲けましたが、嫁と姑の確執が続き、30歳の時に離縁されたそうです。
息子は取られ、会うこともままならず、実家にも疎まれてしまい、Aコープで働き、細々と独りで暮らしてきたそうです。
「再婚しなかったのか?綺麗なのに、もったいないな・・・」
「もう、結婚は懲りたから・・・」
「そうか・・・」

その後1年くらい、何となく会って食事したりする仲になっていました。
私は、いつしか消え去っていた絹江への思いが次第に募り、47歳の絹江を口説きました。
「私、離婚以来17年間、男性とは・・・だから・・・」
「ああ、初めての時のように、優しくするよ。もう、辱めたりしないさ・・・」
47歳の絹江は、程よく熟した艶やかな女体でした。
47歳でも性生活の期間が短いから、陰唇も小さくやや赤らんだ程度でした。
27年ぶりに抱いた絹江は、なぜ手放したんだろうと思うほどしっくりとして、私の陰茎はすっかり囚われました。
「まだ生理があるから・・・」
「ああ、わかってるよ・・・」
必死で快感と戦う健気な絹江から陰茎を抜き、絹江の中に射精しました。

私達は、2年前に再婚しました。
娘が、大学を卒業して、
「絹江さん、父をよろしくお願いします。」
と言って、家を出ました。
現在私54歳、絹江50歳、またもう一度、最初から絹江とやり直せる日が来たのです。
今度こそは、永遠の別れが来るまで、絹江と連れ添いたいと思います。

2 COMMENTS

匿名

こんなん好きです。
エロく切なくハッピーなお話ですね。

返信する

コメントを残す