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美形の伯母に中出ししていた3年間にさようならを

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オサムさんから投稿頂いた「美形の伯母に中出ししていた3年間にさようならを」。

私が就職して最初に配属されたのは、人口12万人の地方都市でした。
でも、そこは伯父夫婦が住んでいるから、何度も訪れたことがありました。
早速、伯父の家を訪ねると、「下の息子も東京に出ちまって、寂しいと思ったらオサムが来たんで寂しくないよ。」と歓迎してくれました。

そして、伯父の奥さん、伯母の手料理をご馳走になりました。
伯母は相変わらず美しく、風吹ジュンさんに似て、可愛くもありました。
私は、その美しい伯母にオンナを感じ始めたのです。

当時の私の勤務は週替わりで変化し、7時30分出勤で16時あがりの早番と、12時30分出勤で21時あがりの遅番がありました。
早番のある夕方、帰宅するとアパートの前で伯母が待っていました。
伯母は、タッパーに肉じゃがを作ってきてくれたのです。
伯母はアパートに上がり込んで、肉じゃがを器に移してタッパーを洗っていたので、私は豆を挽いてコーヒーを淹れ、伯母をもてなしました。
伯母がコーヒーを飲んでいる間、スーツから部屋着に着替えていましたが、伯母が近づいてきて、スーツやズボンをハンガーにかけたりしてくれました。
「オサムちゃん、立派になったね・・・彼女、いるの?」
「大学の時にいたけど、卒業で別れちゃった。」
「あら、それはさみしいわね・・・不自由してるのね・・・」
と言いつつ、私のトランクスを見るや、触ってきました。
風吹ジュンさん似の美熟女に触られては、あっという間にギンギンでした。
「伯母さん・・・」
「伯母さんでよかったら、させたげるよ・・・伯父さんはね、もう年に数回しか起たないし、伯母さんも生理無くなったしね・・・」
私は、唾をゴクリと飲み込みました。

憧れの伯母はシャワーを浴びてくると、身体を拭きながら、
「オサムちゃんも洗ってらっしゃい。」
シャワーを浴びてくると、ベッドで伯母はセックスレスで欲求不満が溜まってそうに、オマンコを開いて誘惑していました。
あの美人の伯母のオマンコは、学生時代の元カノのピンクのオマンコと違って黒ずんでいて、グロくて臭いそうでした。
その黒いビラビラを開くと、中身はピンクでしたが、クリは剥れてひしゃげていて、経年劣化を感じました。

恐る恐るクンニしました。
飛び出たクリが固くコリコリで、舌で弾くようにすると伯母はヒンヒンと喘ぎました。
ヌルヌルに濡れた黒いオマンコはグロいですが、学生時代の元カノのピンクのオマンコと比べると、卑猥さでは上でした。
怖いもの見たさに似た感覚で興奮しながら、生のまま挿入しました。
黒いビラビラが、ペニスの出し入れにベロンベロンとめくれて、いやらしかったです。
「あああ~~オサムちゃんのチンチン硬い硬い~~」
私の腰に手をまわして、グイグイ引き寄せると、セックス狂いのようにイキまくっていました。
久々のセックスだったのか、最後は騎乗位でエロエロなグラインドで、伯母のオマンコの中にたっぷりと搾り取られてしまいました。
私は3年間、スケベな美熟女の伯母をセフレにして、中出し三昧を楽しんでいました。

私の実家のある県庁所在地に転勤が決まり、伯母ともお別れになる日が来ました。
引っ越し荷物に囲まれながら、私26歳、伯母54歳、最後の精液を伯母のオマンコに注いだ後、
「オサムちゃん・・・私、54歳でこんな若い男の子といっぱいセックスできたこと、幸せに思うわよ。伯母と言っても血は繋がってないから、オサムちゃんは私の元彼ね・・・」
「伯母さん・・・さようなら・・・お元気で・・・」
「さよなら。今度会うときは伯母と甥だね。オサムちゃんも元気でね。」

私は実家のある地元に戻って3年後に結婚して実家を出て、伯母とはお盆くらいにしか顔を合わせなくなりました。
そして今年、伯母が70歳で亡くなりました。
昨年、伯父を亡くして落ち込んでいた伯母ですが、伯父の後を追うように亡くなりました。
16年前まで3年間、週3~4回、4年間で500回近く伯母のオマンコに精液を注ぎ込んでいたので、伯母を元カノとして送りました。
「伯母さん・・・さようなら・・・」
この時のお別れに「お元気で」はありませんでした・・・

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