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忘れ得ぬJK元カノのハメ撮りデータを処分した理由

先生さんから投稿頂いた「忘れ得ぬJK元カノのハメ撮りデータを処分した理由」。

20年くらい昔、この世にデジカメが普及し始めた頃のお話です。
当時大学3年生だった私は、高校受験の学習塾で数学と理科の講師のバイトをしていました。
その生徒の中の加奈子という女子中学生にバレンタインデーに告られて、「高校生になったら付き合おうね。」と言って、加奈子が高校生になってから交際しました。

その時、加奈子の処女喪失シーンを買ったばかりのデジカメで撮影しました。
まだ幼い顔をした加奈子が、恥ずかしそうにセーラー服を脱ぐシーンから始まります。
処女のワレメ、処女のオマンコ広げさせて処女膜撮影、そして、生のチンポで処女喪失、破瓜の赤に染まるマン穴とイチモツ、お腹に放たれた精液、今見ても凄い画像です。

加奈子が高校1年の時、私は大学4年、私が修士課程に進んだため可奈子との付き合いは3年に及び、加奈子が大学進学、私が大学院修士課程修了と同時にお別れしました。
加奈子と私は、毎日のようにセックスしていました。

加奈子は放課後、帰宅前に私のアパートを訪ねて来て、スカートだけ脱いでそそくさとセックスして帰っていました。
当時、土曜日は午前中授業がありましたので、土曜の午後はお風呂に入ってから素っ裸でクンニとフェラを楽しみ、ゆっくりとセックスしました。
日曜日は午前中に1回、昼ご飯を食べに出かけて午後も1回、だから、3年間、殆んど毎日セックスをしていましたので、私と加奈子は1,000回以上交わったことになります。

その加奈子とのハメ撮りは毎回ではなく2か月に1回くらい、3年間で撮りためた画像ファイルは1,000に及びました。
この頃のデジカメデータは、1ファイル500~600KB程度でしたから、全てのデータは1枚のCD-Rに収まりました。

加奈子と最後のセックスをした時のハメ撮りは、加奈子と私の3年間のセックスがいかに激しかったかを物語っていました。
セーラー服姿の加奈子を後ろから愛撫し、スカートをまくるとノーパン、ワレメからは、3年前には無かった黒いマンビラが少しはみだしていました。
オマンコをパックリ開くと、小ぶりではありますが、マンビラが真っ黒で、3年間の荒淫が窺えました。

それは、セーラー服の似合う清純そうな18歳の女子高生のオマンコではありませんでした。
黒いマンビラのヒダヒダもぷっくらしていて、愛液でいやらしく光っていて、まるで人妻のようでした。
フェラをして、スカートを脱いで、グイとチンポを掴んで自らオマンコに挿入し、騎乗位で腰を振ります。

髪が揺れ、セーラー服の襟がフワっとしている画像から、加奈子の激しい騎乗位ダンシングが窺えました。
ラストはセーラー服を脱いで全裸で正乗位、加奈子はグニャグニャ状態で、蕩けそうな表情でした。
大量のラスト精液を浴びて、うっとりする加奈子が浮かべた笑みは、少し悲しげな憂いに満ちたものでした。

この数時間後、私は彼の地を後にして故郷に帰ってきました。
「先生、さようなら・・・」
「さようなら、加奈子・・・」
私を見送りに来た加奈子の泣きそうな顔は、デジカメデータにはありませんが、忘れることはありません。
私に処女をくれた唯一の元カノ、処女から女の悦びを知っていく過程を撮影させてくれた加奈子は、決して忘れられない元カノです。
加奈子は今37歳、きっと、可愛いお母さんになっている事でしょう。

忘れ得ぬ加奈子の思い出が詰まったCD-Rは、昨日、シュレッダーにかけて粉砕しました。
なぜなら、私の娘が来年高校受験を迎えるにあたり、その親としてあの画像は直視できないからです。
加奈子を愛し、加奈子を抱いたのは事実ですが、一方で、加奈子の蒼い性を拓く楽しみに酔い痴れていたことは否めません。
だから、私は幼い加奈子との愛の交わりを思い出だけにしたのです。
別れの時の加奈子の顔を忘れないように、きっと加奈子との愛欲の日々も忘れることは無いと思います。
加奈子・・・幸せでいて欲しい元カノです。

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