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交換日記は性交記録

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としおさんから投稿頂いた「交換日記は性交記録」。

妻の不倫を嗅ぎつけたのは、交換日記からでした。
二階のタンスの一カ所の引き出しに鍵が掛かっていました。変だなと直感いたしました。鍵を探すことにしました。一階の居間の針箱に見つけました。まるでテレビ番組の開かずの金庫をこじ開けるシーンを見るような緊張感がありました。

中から一冊の大学ノートが出てきました。
ノートの表紙には、何も書いてありません。ノートは分厚く感じました。写真が沢山挟まっているではありませんか。その写真は全部、若い男のものばかりでした。
よく家に遊びに来ている、妻の後輩教師の野沢君です。
一瞬、何のことか分かりませんでした。なぜ野沢君の写真がこんなにも多くあるのか。彼は小学校の美術の教師です。きたついでに、デッサンの手ほどきをしてもらったりしていました。
ノートを読む前から胸騒ぎがしてきました。まさか、というよりやっぱりそうだったのか、という思いが強かった。
そういえば、約一年前のこと、妻が朝帰りしたことが一度だけあった。朝三時でした、しつっこいほど問い詰めたのを未だに鮮明に記憶しています。その時は、妻は、何を聞いても、知らぬ存ぜぬ。呑んでよっぱらちゃったから居酒屋で休ませてもらっただけ、と言うばかりでした。ボクは、この時を逃せば取り返しがつかないとばかり、「だれとやったんだ」
しまいには、
「おまんこしてきただろう」
汚い言葉を浴びせかけて聞きただそうとしました。
妻は、
「そんなこと言わないで、したくなかったからしない、しない」
と言うばかりでした。
「ぜったい怒ったりしないから」と優しく優しく囁きました。
「私のこと信用できないようなら、これからのことを見ていてちょうだい、お願いですから」
その時のことは、それきりで、何事もなく過ぎていきました。夫婦生活は、今まで通り週一くらいで行われてきました。ただ、何となく、妻の部分が緩く感じました。その時は、そんなことがあったので、気のせいだと思っていました。それに、妻の陰内は性能がいいです。行為中に、
「どこで覚えた!」とよく冷やかしたものです。
妻がその気になれば、男のは進入出来ないようになります。ホントにどこで覚えたんだろうか。
妻は、ある日、掛かり付けの産婦人科を訪ねたそうです。少し月のものが遅れたから行ってくるね、といって出掛けて行ったのを、今でもよく思い出します。印象深いことがあったからです。
妻は、帰宅してから、
「何でもなかったわよ」
妊娠はしていなかったのだ。
そして、妻は、先生に冷やかされちゃった、と言って、
「奥さん、お盛んじゃないんですか」っていわれちゃたのよ。
「それでなんて言ったの」
「先生に見透かされたみたいだから、夕べあったの主人と遅くまでって答えたの、ホントでしょ、そうしたら、先生ったら失礼しちゃうわね、このごろ、ご主人でない人とするケースが多くてね、だって、何か分かるらしいのよ、さすが専門家ね」
妻は、それだけ言っただけでした。
ただ、今は、あるご夫婦のことでこのことは聞き知っていました。
妻に新しい男性ができると、その男性のペニスが巨根の場合は、膣が巨根によって広がる。また、夫と同じサイズの陰茎の場合でも、性交回数が多くなるから、膣は広くなると言うのです。その時、先生は、奥さんに、締める事を教えたそうです。
妻にも先生は教え諭したかもしれませんが、そこまでは言いませんでした。

妻は、40歳、小学校の音楽教師です。
小柄ですが足が自慢でほっそりまるで小鹿のようです。目が大きく、いつも笑みを絶やさないで、愛嬌いっぱいで、いわゆる人を逸らさない、男好きのする女です。
男性にモテるタイプなのが結婚するときの心配の種でした。声楽が専攻ですから、声もいいです。

妻は、若い教師の野沢君と性交していました。産婦人科の先生が診察したように、巨根も巨根、超が付きます。

交換日記には、二人の馴れ初めから書かれていますが、はしょります。極、簡単に記します。
忘年会の二次会でダンスをしたときに、告白もしないでキスをしたのが付き合いの始まり、とあります。それ以来、デートの度に海岸に行き、そこで潮騒を聞きながら、キスしあって、彼は、キレイに生きようと言って、そのまま、約2ヶ月が経過した二月十日の夜。

あなたが、今夜は、いくら呑んでもいいよ、というので、すっかり酔っちゃって、タクシーに、酔いを冷ましたいから、休めるところへやってちょうだい、それだけ言ったら、あと、わかんなくなっちゃって………。
暮れの京都旅行でこうなってもいいと思っていたから、私、焦がれていたの。
お酒の力だったとは言わないでね。ホントに愛し求めていたのだと。この記念すべき夜を永遠に忘れないにしようね。二月十日から十一日。

これが妻たちの入れ染めです。衝撃を受けました。二人が性交していたのだ。妻は、その日、朝三時に帰宅した。若い彼が、妻を何回求めただろう。回数を詮索するのはムダなことだ。
それから8日後。

あなたの腕の中で、幸せを噛みしめる度に、私の心は、深く深くあなたの中へ沈んでいきます。2月19日。

ボクは、妻が書く、幸せを噛みしめる度、というのを、性交の喜びわを味わう度にと解して、股関を熱くしていました。
この頃は、土日はラブホで性交していたとあります。

オレは淡白ってどういうこと?言葉だけで、私を欲しいと言われるだけで力が抜けてしまいます。だからそのあとはどうなるかを察して。「おまえはスゴイ」という言い方はしないでね。そうしないと、もう………。2月26日

実際、妻は凄いでしょう。妻は、若い彼に、喫茶店で女性自身の図解を書いて、ここをこうすると感じるとかを教えたと記しています。
妻の最高に感ずるところは、膣の縁です。二番目がクリトリスです。多分、大陰唇を舌でなめあげることも教えたはずだ。妻が喜ぶ部位の一つですから。

今夜は、早く帰ろうね、と言ったけど、また、お部屋へいっちゃいました。ホントは私、そうして欲しかったの。
3月18日(卒業式)
(そうして欲しかったの)か、性交してもらいたいのは、妻の方じゃないか!

交換日記(彼の記述は馴れ初めの頃だけで、あとは妻の日記になっている)
3月の性交日を拾ってみる。
3月1日、3日、10日、12日、15日、18日、19日、20日、31日。

1カ月に9日間となっている。20日から31日の間が11日間あるのが不自然だが、記録がないだけで、もう少しあるはずだ。別に、妻の男との性交日を増やしたいわけでは、決してありません。

卒業式18日

最後の夜でもないのに、乱れて恥ずかしかったです。でも、激情は心とは関係なしに波のように押し寄せてきて止めようがなかったです。

最後のセックスもないのにか。妻は心とは関係なしにやりまくったんだ………。

そして、自分でも気になる時期になってきました。
この数ヶ月前から、マイホームを建てていて、4月に移転してくることになっていました。先に書いてしまいますが、妻たちは、移転してからは、わが家の居間で性交するようになったのです。
次は、引っ越しした日のことです。もちろん、ボクは、まだ妻たちのことは知らない時のことです。
この日の様子は、まだ覚えています。
引っ越しが終わって、三人で小宴を開きました。
若い野沢君に対して、
「きょうは、お忙しいのに、お手伝いをありがとう、お疲れさん」
妻もそれに合わせて、ビールを注いで乾杯をしました。
先ほども書きましたように、ボクは、二人のことを全然知りませんでした。二月の
朝帰りのことも誰と呑んだのかさえ分かりませんでした。

小一時間たった頃、ボクは、新築下ばかりの部屋を一通り見回って、
「ごゆっくりしていってください、あとを頼むよ」と彼と妻に挨拶して、二階の寝室へ上がってしまいました。
その日の妻の交換日記(もうただの日記ですが)

おビールが効いてきちゃって、二階(夫)がとても気になったけど、あなたに引き寄せられて、寄りかかっちゃって、やばくないのかだって、私、コックリしちゃた?あなたに、溶け込んじゃいました。次のおねだりどっちがした?私じゃないよね。

ショックを通り越しています。あの日ボクより先にやっていたのか、と。
引っ越し以来、妻たちは、わが家の居間がまるで、スィートホームになるのです。

もう一つ引用して終わりにします。それは、引っ越す前まで住んでいた借家の掃除にいった昼間のことです。
4月3日になっています。

借家のお掃除ありがとう、それはいいけどさ、真っ昼間なのに、二人とも生まれたままでさ、ガランとした借家での行為は強烈でした。

愛撫は省略しなかったでしょう。フェラもクンニもこのガランとした家でやったに違いない。シックスナインも妻が教えたはずだ。少し前の記述に、少しずつ覚えようねと妻が言ったとありますから。
妻が強烈と言うんだから相当なもののはずだ。
こうして、無事に? 家移りができたわけです。
彼は、このあと、毎日のようにわが家へ遊びに見えるようになります。
日記は、段々エスカレートしていくのですが、叉の機会にゆずります。

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