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ローティーンで性処理人形だった過去

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静子さんから投稿頂いた「ローティーンで性処理人形だった過去」。

私がペニスを初めてアソコに受け入れたのは、S学5年になってすぐ、まだI0歳の時でした。
S4の秋に父が亡くなり、母が夜も仕事に出るようになったので、私はある偉い先生に預けられました。
母から、先生には逆らってはならぬと言われました。

先生は、私を裸にすると、乳首を舐め、くすぐったがるとタオルで縛り、脚を閉じなくさせてアソコを弄り始めました。
先生は執拗に私のクリトリスを弄びました。
愛撫が続けられると、私の太腿は勝手にヒクつきました。
「ああぁ…せ、先生、だ、だめ…」
きっと私は、放心したような表情で、ひたすら訳の分からない快感を耐え忍んでいたのだと思います。

そして、S学生とは思えない淫らな声を出して、先生の指にお汁を垂れ流していたのでしょう。
完全に勃起したクリトリスを扱くように弄られて、
「静子…お前が可愛くて仕方ないから、こうやって可愛がってるのだよ。」
私の体は素直に反応していましたが、クリトリスを弄られるだけで、何が起こっているのか全く理解できていませんでした。

「ひゃん、ああん…せ、先生、なんか変です…」
「静子ばかり気持ち良くなってないで、先生も気持ち良くしておくれ。」
先生は勃起したペニスを私にしゃぶらせ、私の口の中に射精したのです。」
ゲホゲホと咳き込み、精液を吐き出す私…ドロっとしたおしっこだと思いました。
おしっこではなく、好きな女の子に与える男の精液だと言われましたが、その時は何のことかわかりませんでした。

こうして私は、S学5年生になるまでの数か月、タオルで縛られて、クリトリスを弄られて悶えて、先生のペニスをおしゃぶりして精液を飲まされていました。

S学5年生になると、アソコに何か塗られて、痺れるような痒いような感覚にされました。
媚薬の入ったローションだったのでしょう。
痺れたようなアソコを徹底的に刺激され、その快感に痺れて麻酔をかけられたようになりました。
「さあ、今日は、先生のチンポを静子のマンコに入れるからな。」
言っている意味が分かりませんでした。

初めて先生のペニスを受け入れた時は、体を裂かれるくらい痛くて、泣いたと思います。
私は11月生まれで、その時はまだI0歳でした。
先生は、まだ胸も膨らんでいない、陰毛も生えそろっていないI0歳の女の子のアソコに、精液を注ぎ込んだのです。

先生は、私のクリトリスに何かチューブのついた筒を付けて、ポンプみたいなもので空気を抜いてクリトリスを皮から剥いていきました。
暫くそうやっていると、筒を外してもクリトリスは剥けっ放しで尖がり、物凄く敏感になって、先生に舐められると脳天までつき抜ける快感でのた打ち回りました。
そうしているうち、先生のペニスをアソコに捻じ込まれ、痛さを我慢しながら、クリトリスの快感とのコラボレーションに戸惑ってました。

S学5年の1学期が終わる頃、私は先生のペニスを入れられても痛くなくなり、逆に、クリトリスとはまた違う感覚を感じるようになりました。
夏休みも相変わらずクリトリスの吸出しは続き、超敏感にされて舐められて、気絶するほどのた打ち回っていました。
そして気が付けば、
「ああん、ああん、先生、なんだか変な気持ち、ああん、おちんちん入れられると、変な気持ちになる…あっ…ああん…」
私は、S5の夏休みに、ペニスによる快感を覚えたのです。

S学5年生の二学期、赤いランドセルを背負って登校する私のアソコの中には、前日に出された先生の精液が残っていることもありました。
当時先生は40歳くらい、私とは父娘だとご近所では思っていたようです。

II歳の誕生日、相変わらずクリトリスを吸い出されて喘ぎ乱れた後、先生のペニスで再び狂わされた私は、アソコの中ではなく、久しぶりにお口の中に精液を出されました。
「静子、お前、毛が生え出したし、胸も膨らんできた。初潮が近いかもしれないから、中に出すのはもう止めよう。」
先生は避妊を始めましたが、あくまでも生で入れての膣外射精でした。
私は、精液にまみれた体で学校に行っていたのです。

S学6年生になったら、クリトリスは吸われなくても頭が出るようになりましたが、それでも先生は筒で吸い出すことを止めませんでした。
散々クリトリスを苛められて、ヘロヘロになった私は先生にペニスでガンガン突かれて、
「ああん、あああん、ああん、あん、あん、あ、あ、あ、あ、あああ~~~~」
夏休み、初めて逝くことを知りました。

一度逝くことを知ると、先生はランドセルを背負ったままの私をテーブルに突っ伏すようにして、スカートをまくり、パンツを下げ、ランドセルを押さえつけるようにしながら後ろから挿入して、激しく腰を振られました。
S6少女が、父親くらいの男性に犯され、赤いランドセルをカチャカチャさせて喘ぎ悶えたのすから、今考えると恐ろしいことです。

S6の夏休み、先生に騎乗位で突き上げられていたとき、愛液とは違う液体が流れていることに気付きました。
初潮でした。
先生は、
「静子、おめでとう。ご褒美だよ。」
そう言うと、騎乗位のまま突き上げを続け、そのまま中に射精しました。

先生は、赤飯を買ってきてくれて、尾頭付きの鯛で初潮のお祝いをしてくれました。
そして、初潮を契機に、私はお尻の穴でペニスを受け入れられるように訓練されていったのです。

初潮の後は、クリトリスの吸出しをしている間、お尻の穴を開発されました。
お尻の穴には、初めは小さなアナルビーズというものを入れられました。
慣れてくるとアナルパールというもので、これは少しボコボコして、出し入れされると気持ちいいような感覚が味わえました。
更に慣れてくると、アナルボールというものを入れられました。
これは、かなり大きいので、入れられるときに声が出てしまいましたが、引き抜くときは、硬いウンチが出るようで気持ち良くて、
「あっ…ああん…」
と喘いでしまい、先生に、
「アナルで感じられるようになったな、立派なS学生だ。」
と言われて、入れられたアナルボールを自力で排泄するという恥ずかしい行為を強いられました。
そして、S6の冬、私は先生のペニスをお尻の穴で受け入れ、大腸に精液を注がれたのです。

吸い出されて飛び出し始めたクリトリスを割目から覗かせて、お尻の穴に精液を出されたまま学校で勉強するS学生は、きっと私だけだと思いました。
その頃は、女の子は性教育も受けて、自分がされていることがセックスだと知っていましたし、恥ずかしいことをされているのは確信していましたから、誰にもそのことを言えませんでした。

そして私は、S学校を卒業してC学生になりました。
セーラー服を着た私を見て、先生は、
「どこからどう見ても、清純な生娘だなぁ・・・」
と言って、ニヤニヤしました。
そして、セーラー服を着たままの私を犯しました。
もう、セックスは気持ちいいものだと体に染み込んでいて、勝手に淫らな反応をする私でした。
C学2年生になった私は、数人の男子から告白されました。
その中には、私が心密かに憧れていた男の子もいましたが、セックス歴3年のC2少女では、とても気持ちに応えることはできませんでした。

私は、セーラー服を肌蹴た半裸状態で縄をかけられ、淫らな道具で凌辱され、最後は先生のペニスで犯され、射精はお尻の穴で受けるC学生活を続けていました。

C学を卒業してK校生になった私は、先生から解放されて母と二人暮らしいなりました。
10代前半の5年間にわたるセックス漬けで、私は普通の女子K生とはいえませんでした。
生活費は、何故か母の口座に毎月振り込まれていて、普通の生活が出来ていました。
普通にK校生活を終え、短大にも進学できる余裕もありました。
セックス慣れしている私は、短大でも彼氏を作ることはしませんでした。
きっと、激しく淫らに反応して、どんなK校生活を送ってきたのかいらぬ想像をさせてしまうからです。

ある日、短大の友人に、彼氏が持っていたビデオの話をされました。
「彼ったら、エッチなビデオダビングしてきたらしくて、VHSにマル秘って書いてあったから気になるじゃない。でも、それが凄いのよ。どう見てもS学生の女の子が、父親みたいな人とセックスしてるの。しかも、中に出しちゃうのよ~。」
その内容を聞くと、私と先生のセックスでした。
私達の行為は隠し撮りされて、流出していたようです。

「何が凄いって、120分テープ2本分あって、S学生っぽいのと、セーラー服着てるC学生っぽいのと2本立てなの。それも、同じ女の子なのよ。子供の頃からあんなにエッチされたら、変態になっちゃうわよね~。あれ、S-VHSだったら、女の子の顔がもっとはっきり分かって、教育委員会で大騒ぎよね~」
もしかしたら、私の淫らなSC学時代の映像を売りさばいて、母の口座に入金していたのではと思いました。
私は、短大でも合コンなどで何人もの男性に言い寄られていましたが、暫くは絶対に彼氏を作れないなと感じました。

短大の友人達には、
「静子はどうして彼氏作らないの?可愛いし、モテるのに。もしかして、結婚するまで処女とか?エッチ、気持ちいいわよ。もったいないなぁ・・・」
セックスがどれだけ気持ちいいか、私の方が知っていると思いました。
何しろ、お尻の穴の快感も知っているのですから・・・

卒業後、スーパーマーケットに就職して、商品管理の仕事に就きました。
仕事に就いて2年、夫に出会いました。
誠心誠意、私への気持ちを打ち明けてくれて、その誠実で優しい夫に私の心は揺らぎました。
交際の申し込みに応じて数か月後、身体を求められました。

「私、初めてではないんです。その、つまり・・・」
「こんなに綺麗な22歳の女の子が処女だなんて思っていないよ。モテないはずないから、彼氏の一人や二人、そりゃあいたでしょう。」
そう言ってくれた夫でしたが、荒淫なローティーンを過ごした私のアソコを夫に魅せるときはドキドキしました。
そして、7年ぶりのセックスにも、緊張しました。
夫は、幼い頃に恥辱凌辱を受けて歪んだアソコを丁寧に舐めてくれました。

クリトリスを舐められたとき、堪え切れず喘いでしまい、
「クリトリス、大きくて敏感だね。」
と言われてしまいました。
夫のペニスを受け入れ、物理的な快感だけじゃない、心身ともに満たされるセックスに酔い痴れました。

私は、24歳で結婚しました。
それと同時に、母が、あの先生と再婚しました。
そして、先生の正体を知りました。
先生は、官能小説の作家で、代表作が、幼い女の子を淫乱な少女に仕込んでいく鬼畜な男の物語は少女がS学生時代とC学生時代の2巻構成で、ロリータ調教物の傑作と言われていました。
過激な性描写の官能小説としては、かなり売れたそうです。
そして、そのリアルな描写をされている美少女は、間違いなく私でした。

今年、私は40歳になります。
昨年、先生が71歳で亡くなり、遺産を母が相続しました。
母は先生の遺言通り、家屋敷をすべて売却し、先生の痕跡を消し去りました。
そして、私達の家を増築して、今年から母と同居しています。
知られざる先生の秘密は、母がこのまま墓場まで持っていくのだと思います。

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