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妻と私の30年の歴史をダラ書きいたします

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五十路夫婦さんから投稿頂いた「妻と私の30年の歴史をダラ書きいたします」。

結婚して28年が過ぎ、私54歳、妻51歳、すっかり五十路夫婦となりました。
子供達も社会に出て独立して、親の務めも終わりました。
思えば、妻と出会って惹かれ合い、初めてイタしてから30年過ぎましたが、飽きもせず今もイタしております。

もちろん、若い頃のようにひっきりなしにイタしてばかりではなく、週に2回程度の夫婦の営みであります。
ですが、昨夜は2日連続で妻の子宮に精液を注ぎました。
昨夜の営みで、妻をクンニリングスしておりましたところ、私が使い込んで黒ずんでしまった陰唇もさることながら、陰毛に混じる白髪に夫婦の歴史を感じました。

妻と出会った30年前は、世の中がバブルで沸いておりました。
妻は、私が毎朝立ち寄るコンビニエンスストアの店員でした。
当時私は大学を卒業したばかりで、卒業で帰郷して別れてしまった元彼女への思い出に浸っておりまして、妻のことはあまり気にしていませんでした。
でも、ちょっと天然入ってて、面白い子だなと思って良く見ると、垢抜けない可愛さが素朴で好感が持てました。
小柄で、前歯が可愛い小動物系の顔をしてて、オコジョみたいで微笑ましい愛玩系の女の子でした。
コンビニエンスストアのレジに立つ妻が、後ろにある商品を取るときに揺れるポニーテールに非常に萌えを感じました。
自分の中で、少しずつ元彼女から妻へ心がシフトしていくのを感じました。

コンビニエンスストアに通う事1年、その頃には元彼女より妻の方が気になる女の子になっていました。
可愛いな、ちょっと声をかけてみようかな、と思っていたら、何と、妻の方から告白してきたのです。
それまでの人生で、告白しても告白されることはありませんでしたから、感激しました。

ところが、私は土日が休みなのに対して、妻は休みが不定期でなかなかデートできませんでした。
初デートはゴールデンウィーク、コンビニの制服以外の私服を見たのが初めてでした。
特におしゃれをしてくるでもなく、しまむらの広告から飛び出たような素朴な服装で、それが垢抜けない可愛さに純情そうなイメージを与えてますます好感度がアップしました。
その後も毎朝顔を合わせる中でしたが、デートは月に2回程度で、次第にフラストレーションがたまってきました。
私も健全な若い男でしたので、可愛い妻を抱きたい気持ちが抑えられませんでした。

そこで思いついたのが、妻の早朝勤務のシフトに合わせて、土日の夕方デートでした。
妻は、朝6時半から夕方3時半勤務でしたから、土日は4時に待ち合わせてデートして、夕食を共にしてさようならと言うプランでした。
そして、いよいよ私は妻を私のアパートに呼び寄せることに成功、男の部屋にオンあの子が上がり込むということは、即ち・・・その日、私と妻は初めて結ばれました。
私24歳、妻21歳、若い二人は恥じらいながらお互いの股間に触れ合いました。
「あなたみたいな人に出会えるって分かってたら・・・元彼に処女あげなかったのに・・・」
それは、予め処女ではありませんと宣言して、私の失望を段階的にしようという作戦だったのでしょうが、私は、舌を絡めた情熱的なキスをした時点で非処女を確信していました。
第一、バブル真っ只中の時代、10代で初体験をするのが普通でしたし、私も学生時代、処女をもらった女性は10代だけで、20代の処女は皆無でありました。

21歳の妻の裸は、小柄ながらも華奢ではなく、スポーツ少女のような引き締まった身体で、出るところと引っ込むところがハッキリしているメリハリある身体でした。
私の勝手なイメージでしたが、妻は、垢抜けない素朴な可愛さと引き締まった身体の組み合わせが、牧場で働く女の子とセックスしているような、ほのぼの感を感じていました。
非処女と言っても21歳の女の子ですから、陰唇も純情そうで処女と言っても疑わない見た目でした。
でも、クンニリングスには素直な反応を示し、トロトロに濡らして吐息を漏らし、フェラチオも中々の舌使いなだけでなく、とても愛情を感じる丁寧なフェラチオでした。
コンドームをしようとしたら、
「私、あなたの子供を産みたい。」
「いや、でも今日初めてするのに中に出すのは・・・」
「そうね・・・でも、あなたとは直接触れ合いたいから・・・」
「じゃあ、外に出すよ。」

妻の桃色の膣口にゆっくりと陰茎を挿し込みました。
ちょっと目を細めて私の陰茎の挿入を感じていた妻は、私の腰に手を添えて少しずつ抱き寄せ、キスを求めました。
キスの後、耳元で、
「嬉しい・・・ずっと好きだった人と一つになれた・・・」
オコジョ顔の可愛い妻が、初めて見せた女の表情でした。
初めての交合でしたから、自分の快楽などどうでも良くて、陰茎で妻の膣壁を撫でながら、妻の反応を見ていました。
非処女でそこそこの経験があれば、中で感じるはず・・・その最も感じる場所を探し出して、妻を満足させなければ・・・もう、男としての使命感しかありませんでした。
次第に狭まる快感ゾーン、ここだと分かった場所をカリで擦り上げると、妻は仰け反ってシーツを握りしめて大喘ぎを始めました。
それは、可愛い小動物なんかじゃなく、大人の女の嬌態でした。
しかしながら、妻の快感ゾーンを探り当てるために膣壁の摩擦を繰り返していた私の陰茎が先に限界を迎え、止むを得ず抜いて妻の身体に射精しました。

ティッシュで精液を拭こうとしたら、妻が自分お身体に浴びた精液を手で拭い、
「いつか、私の中に下さいね・・・」
と言ったのです。
その仕草が可愛くて、その時、この人と結婚しようと決めたのです。
この日以降、週末は夕方に妻が私のアパートを訪ねてくるようになりました。
もちろん、私に抱かれに来ていたのです。
二人の休みが重なる月に2日はデートしましたが、妻は、私に抱かれたい一心だと言っていました。
「だって、前の彼は自分が気持ち良くなることが優先だったから・・・あなたは、私が気持ち良くなることを優先するでしょ。愛されてるって思えるの・・・」
それは、素朴な垢抜けなさが可愛い女の子を、裸にして大股を開かせる恥辱の恰好にさせて、陰茎で恥ずかしい穴を貫いて淫らな快楽を与えて、はしたなく喘ぐ姿を堪能したいと思うからであって、そう言う意味では私は妻の前の彼氏よりもスケベなのかもしれないと思いました。

妻を自在に逝かせることができるようになった私は、逝かせるギリギリで焦らして困惑する妻を見るという意地悪な事もするようになりました。
そうすることによって、最後の引き金を引けば妻が逝く状態を保ったまま、私の射精のタイミング似合わせて、妻を逝かせつつ私も射精することができるのです。
妻は、私とのセックスに夢中になり、私は、普段は素朴で可愛い妻の嬌態に夢中になっていきました。
それは、身体の相性もありましょうが、性の嗜好が合うのかもしれません。
妻は、焦らされて逝きたくて、絶頂を求めるはしたない姿を私に見られる恥辱がまた快感の刺激になっていて、私は、普段の垢抜けなさが可愛い妻からは想像できない痴態を独占していることが嬉しかったのです。
コンビニエンスストアのレジに立つ妻は、ポニーテールが似合う実にイタイケな田舎のお嬢ちゃんで、大股開いて愛液を垂れ流して生の陰茎に喘ぐようには見えませんでした。

限られた逢瀬の時間を大切にしながら愛し合い続け、私26歳、妻23歳で結婚しました。
おままごとみたいな新婚生活で、毎日イチャイチャして過ごし、暇さえあればセックスしていました。
夫婦水入らずを楽しもうと、暫くは安全日以外は中出ししていませんでしたが、結婚して半年の頃、私に跨り、腰をクイクイさせて、
「赤ちゃん欲しい・・・このまま精液もらっちゃうね。」
と騎乗位のまま、妻は強引に膣内射精させました。
安全日以外で一度中出しをしたことで踏ん切りがついて、連日朝晩中出しをして長女を授かりましたが、その長女も今年嫁いで、長女の3年後に生まれた次女も、東京の大学へ行ったまま埼玉に就職して、戻ってきません。
でも、おかげで、夫婦水入らずが戻ってきました。

51歳になっても可愛い妻は、相変わらずポニーテールが似合うオコジョ顔で、黒ずんだ陰唇を拡げて私の陰茎を求めます。
昨夜も、
「ねえ、仲良しエッチしようよ。」
と私の股間を弄ります。
「昨夜もしたのに、今日もするのか?」
と意地悪を言えば、
「だって、いつ生理が来るかわからないじゃない。」
と言って、有無を言わさず勃起させられました。
妻はまだ閉経しておらず、そして生理前の安全日は、生理が来るまで毎日中出しをイタすのが夫婦の伝統なのです。
54歳の陰茎を奮い立たせて、昨夜は2日連続の営みに臨みました。
今日もまだ生理が来てなければ、3日連続の営みがあるはずです。
いい年して・・・と思いますが、これが夫婦愛なんだと思うと、可愛い妻を抱かずに入られないのです。
今日は、夫婦の歴史をしみじみ感じたので、何となくダラダラと書き込みをした次第です。
超文、失礼しました。

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