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純情少年Y商事 まじめな高校生アルバイト顛末記

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ぼくさんから投稿頂いた「純情少年Y商事 まじめな高校生アルバイト顛末記」。

東京タワーができた、映画「3丁目の夕日」の頃、昭和30年代半ばの東京は、東京オリムピック(1964)を3年後に控えたころ、男色家の紳士に「少年」を売る組織にはまったまじめな高校生たちがいた。

もはや戦後で無いと言われた頃から数年たった昭和36年(1961)頃、未だ貧しい時代を抜けていない時代で、高校生も進学するのが今ほどいなかった。

『毎夕新聞』とか、タブロイド版の夕刊専門紙があった。このアルバイト三行広告を見て、騙されていいバイトだと応募して来た純真でまじめな少年を男色(少年愛)を好む紳士に紹介するものだ。

男色とは数え15歳元服前、今でいえば12,3の美童を寵愛すること。

『まじめな高校生アルバイト、2時間五百円、写真履歴書要、新宿区大久保・・』などという三行広告を見て生活費、学費または遊ぶための小ずかいを稼ぐため集まってくる。

五百円といっても、国鉄一駅20円だったころだ。その組織のアジトは、ごく普通のしもた家で『薩摩商事』の小さな表札、場所は温泉マーク街大久保に。・・

薩摩と言うと昔から、「男色」の盛んな土地柄、少し気になるが、そんな事は知る由も無い。
金ボタンに包まれたまじめな高校生は指定された日時に行く。

会社の面接と同じだ、面接では、『まあ、接待係とでも言うのかな、お客さんは一流会社の重役ばかりだが、仕事の疲れてどこかへ遊びに行きたいといってきますね。その時一緒に行って荷物を持ったり一緒に遊んだりして慰めてやる仕事です。』との説明に少年秘書約みたいな物、それで二時間五百円、月に一万五千円、一万五千円といえば、その頃の大卒の初任給である。

素晴らしいバイトだと採用になった少年は小躍りすると言う。しかし、いつの時代にもそんな言い話はない。

その夕刊紙の別のところには『純情少年Y商事』などという普通の人にはわからない別の三行広告があるのを知らない。
男色家の紳士に純情少年を売る組織の紳士へのメッセージだ。

素晴らしいバイトのはずが、初めてお供をした少年は青い顔をして帰ってくるという。すると会長は、『初めてでびっくりしただろうけど別に気にする事はないよ。そのうちこの仕事の楽しさがわかってくるから。こんないいアルバイトは無いんだし、もっと続けてやってごらんよ!』と千円札を握らせる。

僅か2時間足らずで千円、いわば思春期の男の子の肉体のすべてを捧げる性の接待―少年売春、呪わしい経験と大きなショックの代償なのだとは思っても、お金の魅力に引かれてズルズル足を引きずりこんでしまうという。

純情が売り物の彼らの制服は『学生服』、いつも学校にきて行くそのままの制服姿なのだ。

アルバムには60人ほどの応募してきた少年の写真と年齢と番号が書いてある。
相手の紳士はその一枚一枚を異様な目つきで見つめ少年を選ぶ。

別室に少年が待機し、何番君と呼ばれたら客のいる部屋に入って面接する。

当時は身長もいまより10センチくらい低く、今の中学生位と思えばいいでしょう。そのころ、男子中学生を使った「観光ガイド」組織があった。

まだ中学生みたいに未だ坊ちゃん・坊ちゃんしていて、こんな子を裸に剥いて愛撫に耐えられるのかと言うような子から、大学生のようにたくましい子まで、紳士の好みに応じて選べる。

面接では、会社の面接みたいにキチンと座って頭を下げる。多分、予め好みを伝えておいて、何人かを呼んでおくのだろう。

『この子ですよ、お好みにぴったりでしょう。ほら御覧なさい赤くなりましたよ、純情なんですよ。』しきりと少年を売り込む言葉に、何も知らずグッと息をつめて、顔を赤くする少年。

これらの少年の殆どは、まじめな少年で、まさか裸にされて弄ばれるなんて夢にも思っていない。自分の愛撫に悶える様子を思い描いて品定めしてるなどとは思い及ばない。

男色家の紳士にとっては、これから自由に愛撫することになる馨しい少年の薫り漂う少年がすぐ目の前に座ってるのだ。

でも緊張している少年には、自分のおだやかな顔つき、うなじ、まだすべすべしたほほや指、黒くもなってない鼻の下のあたり、すべすべした膚、まもなく脱がされる事になる学生ズボンの細い腰の辺りや前合わせのあたり、もうすぐ思う存分愛撫される事になる内股のあたりのかすかな膨らみまで食い入るように品定めされてる事に気ずかない。

「ではいってらっしゃいませ」と言われてついていく先は温泉マーク。
そこでは、口を奪われ押し倒されて、半ば暴力的に自由にされる事もあると言う。

わずか二時間たらずといったが、裸にされて自由に弄ばれる二時間である。

痛くなるほど愛撫され、体中に唇がはい、当然内股にも顔をうずめられるのだろう。それでもお金をもらうとなると抵抗はできない。

講談社『目録20世紀1961』に、丁度当時の学生服姿の高校生が街頭で何かのカンパをしてる写真がある、今の高校生に比べずっと小さく中学生みたい。

当時から、新大久保周辺には、「立花」など男同士の旅館があった。外観はどこかの民家か旅館か普通の寮のような作りで、学生服少年を連れ込んでも気にならないし少年にしても気付かない。

そこには風呂とともに、そのための部屋が用意されてる。テレビのある居間のような部屋に通される、そこは極あたり前の旅館のような感じ、だがフスマ一枚を開けるとカーテンが引かれ、薄暗い部屋で、フトンが敷かれている、枕は二つ、枕元にはチリ紙と屑籠が。

ほんとに純情で言われるままに逆らうスベも知らず初夜の花嫁のように床入りとなる少年があるのだろうか。
帰りますなんて逆らいつつも、無理やり唇を奪われ押し倒されてしまう少年もいた事だろう。

純情少年好みの紳士にとっては、初めての行為に耐えられず恥ずかしがれば恥ずかしがるほど、逃がれようとすればするほど、いや増すまだ穢れなき少年の性。

いずれにしても、すべてが終わって淫らか愛撫の結果、意思に反して噴き出たものをチリ紙で始末してもらうときはやさしく。

・・そして二時間の契約で、「ではいってらっしゃいませ」と言われて、ついていった先はそこから歩いて数分のところで、何か普通の家なのか旅館なのかそんな感じの家で庭には大きな木があった。

中に入ると、そこにはテレビとソファが置かれてる部屋にとおされた。その右手はフスマが引かれ別の部屋があるらしい。その部屋でまず据わって一休みし、置かれている茶菓子をごちそうになる。ここでなにをするのかなとちょっと不安にならなかったと言えばウソになる。

そのフスマの引かれてる部屋が気になりかけた。何か落ち着かないので「ちょっと小便してきていいですか?」とたずね、トイレに行く。

トイレから帰って5分くらいしたころ、『ジャいいかな!!』と紳士が言うと、手を引いてフスマを空けるとカーテンが引かれ、薄暗い部屋で何かヒミツめいている。

それより、フトンが敷かれ、枕は二つ、枕元にはチリ紙とくずかごが。・・・

あっ!、思わず声を出しそうになった。いかに純情でもそれが何を意味するか位は本能的に伝わってくる。

それをする所は、いつか映画で見た「温泉マーク」といって新大久保には沢山あり男と女が裸になっていちゃいちゃするところだ。

そこでは半ば暴力的に自由にされる事もあるだろう、口を奪われ押し倒されて。こんなところで、男なのに男と女がするようなこととても・・・手を引かれたとき、とてもそんな事を受け入れる気持ちになれなかった。

初夜の花嫁のように床入りとなるなんて!。服を脱いでといわれたときも、これからされるだろうことを想うと、さすがにそれはできなかった。すると、太い腕で後抱きにされ、その手は下に来て内股に伸びてきた。

逃れようと悶えたがしばらくそうされたあと揉まれた。そして意思に反し反応しだした頃口唇を奪われ押し倒されてしまった・・そして手がバンドにかかった。・・

二時間たらずだが、裸にされて自由に弄ばれる二時間である。痛いほど愛撫され、体中に唇がはい、当然内股にも顔をうずめられた。

今度は、腿から下の方に行った。そして下まで行くと再び上に這い昇ってきて、太腿を這い上がっていく、そしてきわどい辺りまで、ふたたび腰を折り・・すると今度はそのまま下のほうに来て、折り曲げた腿から足首を両手に持つと、足首を頭の方に押さえつけられ(屈曲位)、そのまま・・あっ!!・もう身動きできない・もうだめ・・ぴちゃぴちゃ、いやらしい音が・・。必死で別のことを考え身悶えた。・・そして、どうにもならず・・その時は、もう絶対しないぞと思った。学校にいくと、自分だけがと思うと「学生服」がやりきれなかった。

けっこうまじめな生徒で通ってる自分がこんな事をされてるとおもうと、でも今こうしてひとり慰めにあのときのことを思い出すと・・・

アメにされたように、からだ中に唇を這わされ変な気持ちと裏腹に硬くなってきたとき・・、下腹に舌が降りてきたとき・・ああそれだけはと悶えて思わず腰をくの字にまげてそのいやらしい行為から逃れようとしたこと。

最初、逆らったりしないことと言われたとき、ちょっとへんだなとは感じたが、さして気にも留めなかったのだが。

そしてああもうダメ・・そうおもったとき、折り曲げた太腿を伸ばされ、じらすように一転腿のほうに、そんなときのことを思い出してしまう。そしてそのときのことを思い出しながら自分で・・、でもそれは自分ではとてもできない淫らなことだった・・。

下は今度は、腿から下の方に行った。そして下まで行くと再び上に這い昇ってきて、太腿を這い上がっていく、そしてきわどい辺りまで、僕はふたたび腰を折り・・すると今度はそのまま下のほうに来て、折り曲げた腿から足首を両手に持つと、足首を頭の方に押さえつけられ(屈曲位)、そのまま・・

あっ!!・もう身動きできない・もうだめ・・ぴちゃぴちゃ、いやらしい音が・・。必死で別のことを考え身悶えた。・・そして、どうにもならず・・その時は、もう絶対しないぞと思った。
それでもお金をもらうとなるとそれ以上抵抗できない。

こんな事を、あの中学生みたいな子も今頃どこかでこんなことをさせられてるのだろうかと想った。

すべてが終わって意思に反して噴き出たものをチリ紙で始末してもらうのも一回だけではなかった。自慰は何回もしていたが、他人の手で弄くられたのは初めてでショックだった。

ことによると、純情少年好みの紳士にとっては、恥ずかしがれば、恥ずかしがるほど逃げようとすれば逃げようとするほど、それを自由にする快楽、愛撫する快楽を与えてしまったのか。

それはとてもショッキングであった。もう絶対しないぞと、そのとき思った。何かいけない悪いことをしてしまったという自虐の念でいっぱいだった。

ごみ箱いっぱいにたまったチリ紙が物語ってます。自慰の時も何度もしたが、誰かこれを見てなんと思うのだろうと思った。

しかし、いつものように溜まってくると、しばらくして、また生理的にいつもの一人孤独な欲望が目覚めてくるのだった。
そのときは、どうしてもそのとき無理やり直接教え込まれた秘密の快楽を体が思い出してしまい快楽を求めてしまうのです。
そしてそのときのことを思い出しながら自分で・・、でもそれは自分ではとてもできない淫らなことだった・・。

そして・・足は再び・・躊躇しながらもあのあぶない禁断の倒錯の快楽に引き寄せられる蛾のように、
学校から金ボタンの学生服のまま、面接のため玄関のドアに手をかけた・・今日の紳士はどんな人だろうか・、どんないやらしいことがまってるのだろうか?。・・・

逆らわないように、いわれていたし、お金をもらうのでされるようにされるしかなかった。

でも、勉強部屋に鍵をして、自分でこっそりするときは、出そうになると、指の刺激を緩めたり休んで長引かせ1時間も楽しむこともできた。

しかし、この場合、ああやめて!というときになっても、手を振り払うこともできない。

それがたとえ、口の中であっても、自由にできない恥ずかしい生理の赴くままその恥ずかしさと緊迫化の中の快楽というより今様に言えば虐待が・・

一人でやるときも、自分でいじくりながら、そんな場面を思い起こして、ああ!やめて!・・、そんなえっちなこと勘弁して・・と叫びながら、自分でいじめる・・終わると自分がいやになってしまう。

しかし、またしたくなると・・そして、躊躇しながらも、またベルをおしてしまったのだ。・・・

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