歪んだ性欲…性処理道具だった私の体験談

聞いてください端的に言えば私はある男の性処理道具でした。「それでもその男がいなければ誰も私を必要とはしない」

そんな風に感じていました。別に悲劇のヒロインを気どっていたわけでもなく単純に鬱状態でした。私は中学時代までは親の期待に応えるような優等生でした。

高校になって初めて恋愛をしました。あの頃の想いはあの当時なりに本気だったとは思うのですが、両親、特に父は私が異性と付き合う事に対して大反対していました。相手は部活の先輩でした。

自分勝手で我儘で、その上強引な人でしたが当時の私は先輩の事を「男らしい」と思っていました。自分にないものを持っていると思っていました。真面目に親の言うを聞いている自分の方がおかしいと思うようになっていました。

先輩と付き合うようになってから、私は自分の家に対して不満を持つようになりました。細かい門限等のルールやと私での対応の違い。狭い家どれもが気に入りませんでした。

また先輩との交際を否定する父が大嫌いでした。私はその頃反抗期の真っただ中だったのでしょうね。私の初めては私の家ででした。

避妊もせずに先輩と初体験をしました。その姿を早く帰ってきた父に見られました。父に殴られ、先輩に対して罵倒する父に私は喰ってかかりました。

その事が決定的なものになったのだと思います。私は高校卒業と同時に家を出て先輩と同棲するようになりました。先輩の家には先輩のお母さんだけが住んでいましたが、私の事は何も言わず、先輩に対しても何も言わず、まるで怯えたような姿が印象的でした。

当初私は先輩の家から大学に通っていましたが、やがて先輩がやきもちを妬くようになりました。携帯のアドレスは全部消されました。「お前は俺だけ見てればいいんだ」

そう言われました。それでもそれも愛してくれてるからだと思っていました。「他の男に色目使ってただろ」そう言われて家から出るなと言われました。

家でする事はセックスばかりでした。乱暴で支配的なセックスでした。家に先輩のお母さんが居るのも構いなくセックスしていました。

当たり前のように先輩はお母さんにご飯を作らせ、文句をいうその家での暴君のような存在でした。大学にも通えず、ただ毎日セックスばかり。何か口答えしたり、外に出ようとすると暴力を振るわれました。

今思えばその頃の先輩は病気だったのでしょうね。人間不信というよりも何もかもに対して疑心暗鬼になって自分の思い通りにならないと周囲に当たり散らす。そういう人でした。

ある日先輩のお母さんが私に家から出るように言いました。このままじゃいけないからあの子の事は私に任せてって。私は怯えながら先輩の家を出て実家に戻り、すぐに祖父の家に移りました。

そこから大学に通っていましたが、正直なところ先輩が待ち伏せしているんじゃないかと毎日びくびくしながら通っていました。ある日、携帯に着信がありました。先輩の家からの電話で取ると先輩のお母さんからでした。

そして先輩が自殺したと聞かされました。それでも最初は先輩が自殺したんだとお母さんに言わせてるんじゃって不安で仕方がありませんでした。「本当ですか?」

そう聞き返してお母さんは私の疑心を感じ取ったのか涙声で「本当にごめんなさい」と謝られました。本当は私に先輩が死んだ事を伏せておこうとも思ったそうです。でも、先輩の事を知っている人が誰も来ないままでのお葬式は寂しいと思ったのでしょう。

何度も何度も謝られました。確かに先輩は亡くなっていました。私が逃げた後、先輩はショックを受けていたそうです。

先輩のお母さんは直接的には言いませんでしたが先輩は私が逃げたショックで自殺したんだ……そう思うと私は自分を責めていました。私が逃げなかったら先輩は死ななかったのにって。それでも、私は表面上は何事もなかったかのように振る舞っていました。

先輩の家に監禁されていた時期も「体調が悪くって」そんな風に周囲には話していました。大学を卒業して私は就職して祖父の家を出ました。ですが、就職した給与だけでは生活が厳しく私は夜に働けて時間に融通の利く仕事はないかと探しました。

同じように考えていた同僚と一緒にネットを検索するとSM系のお店が目に留まりました。面接を受けたそこはスタッフは同年代女の子ばかりで基本的にお客さんから触られたりもしない…そういう条件でした。友達は少し勤めましたが合わないとすぐに辞めてしまいましたが、私はなんとなくその仕事と相性が良かったのだと思います。

お給料もそこの仕事の方が昼の仕事よりも良かったのもその理由です。1年程して私は昼の仕事を辞めていました。SMのお店で働く方が実入りがいい事と、昼と夜両方働くのはやはり体力的にも辛かったのもあります。

SMのお店のオーナーにお店に近く安い物件を紹介してもらいそちらに移り住む事になりました。日当たりの悪い場所でしたが夜の仕事だったので日中寝るにはちょうど良い暗さでした。お店で働くと……私はその世界が楽しく思えました。

SMという世界もそうなのですが、色々な人と出会い、色々な人と話をする。そこで努力した分評価される。それが心地よく感じていました。ですが、お店なのでお客さんと付き合うのはご法度でした。

SMの世界に足を踏み入れる人は大なり小なり歪んでいるとは思います。普通に生きていればまず足を踏み入れる事のない世界だと思います。普通のセックスじゃ満足できない。興奮できない。

そんな歪んだ人の中にあっても、やはりSMは一人ですのでなく誰かとするものなのだと自覚させられるのですがその度にふと、自殺した先輩の事を思い出していました。なんとなく誰かと付き合う事がはばかられる。お店のお客さんに好意を寄せてもらうけど、それは恋愛対象ではありませんでした。

その頃は恋愛に対して奥手になっていました。私なんか……そう思っていました。誰かに打ち明けたいと思っていましたが、誰に話せるのか、話しても誰も理解してくれないようなそんな気がしていました。

その頃私の世話というよりも、私が勝手に懐いていた人たちがいました。二人とも女王様で二人ともタイプの違う女王様なのですがとても優しくてこんな私に親身になってくれていました。黒の女王様は群れるのを好まず、自分の身体を鍛えたりする事が好きな人でした。

その外見とは裏腹にとても乙女な部分を持ち合わせた人ですが反面とても真面目でドライな部分もある人でした。赤の女王様は一人でいるのが寂しいと感じる人でとても破天荒で自由気まま、勝手な人と言えばそう言う印象ですが凄い美人でいつも周囲に取り巻きが居るような人でした。私はその赤の女王様に誘われて、女王様のサークルのようなそういう集まりに顔を出すようになっていました。

赤の女王様の集まりにはお店で見かける顔も数人いました。赤の女王様の友達という感じの集まりで、集まって飲みに行ったりキャンプしたりとか、クリスマスを一緒に楽しむとかそういう健全気味な集まりでした。お店以外の場所でそういう人と会うことに最初は抵抗がありましたが、それでもそういう楽しい集まりに数回顔を出すうちに私はその集まりに慣れていました。

その当時赤の女王様と付き合っていた男性がいました。年上の男性でサラリーマンの方でした。もっともSMのお店に来る男性の殆どが自分たちよりも年上で30代は稀で、40代以降の方の方が多かったと思います。

その男性はその珍しい30代の方で、その友達の方がある日その集まりに参加しました。その男性は既婚者の方で赤の女王様の彼氏に誘われてその場に来ていました。他の参加者とは違い、既婚者でよく私に話しかけてきていました。

何かと親しげに話しかけてきたのですが、私はその当時はそういう男性に対して少し距離を置いていました。ですがその人はそんな私に踏み込んできました。「何かあったの?」

そんな風に聞かれて、私はその人に過去にあった出来事を語って聞かせました。別に悲劇的に語ったわけでもなく、ただなんとなく男女の付き合いが怖いとそう伝えました。ですがその男性は「恋愛ってもっと自由なものだと思うよ:そんな事を言いました。「君と一緒に居ると楽しいと思う。じゃぁ、それは浮気になるかな?違うでしょ」

そんな言い方だったと思いますその男性は「奥さんが居るけど僕は君を彼女にしたい。君と仲良くなりたい」そんな風にストレートに言われました。SMに対して興味をもっているけど、家族があるから打ち明けられない。

これは我慢しなければいけないのかとか…「奥さんには性癖は打ち明けられない、君には打ち明けられる」そんな都合のいい話でも当時の私は大切にされている。私だけがこの人の苦悩を受け止められる。

そんなバカみたいな考えだったと思います。実際、その関係が始まって見ると、なんのことはありません。ただの性欲処理道具でしかありませんでした。

それでも、私はそれを愛情なんだと思おうとしていました。奥さんに出来ない行為を受け止められる自分。その事にしか自分の価値はないような気がしていました。昼休みに呼び出されて、トイレの中で口の中で受け止めてさようなら。

そんなことも何度もありました。次第に心は病んで行きました。愛情を感じるよりも、単なる性欲処理したいだけなんだと感じる。

夜の仕事でにこやかな自分を演じる自分。乱暴なセックス。自分勝手なセックス。そんな事をされてもまだその人にしがみつく自分。

全てが嫌いでした。その当時、体重は30キロ代にまでなっていました。SMのお店では元気に振る舞えましたが、家に帰って寝るだけ。

その人に呼び出されて無視することもできずに会いに行き、遊ばれて帰る。ただそれの繰り返しは少しずつ心も体も蝕んでいきました。そんな私を心配そうに黒の女王様や、赤の女王様は気を使ってくれましたが私は二人に相談しようとは思いませんでした。

私は赤の女王様の集まりに次第に参加しなくなっていましたそこであの人に会うのが嫌だったから。親しげにその場ではしなければいけないのが嫌だったから。あの人は赤の女王様の彼氏の友達で、何をされてるかをそこでいうこともなんだか憚られていました。

赤の女王様を嫌いになったわけじゃない、それでもその集まりには行きたくありませんでした。その当時、とあるお客さんが黒の女王様と親しくなっていました。普通の若い男性で、いえ、20代でSMのお店に来ている時点で普通じゃないと言えばそうなのですが、黒の女王様と他愛のない話で盛り上がっていました。

家が近所だという事、それに面白い、そう黒の女王様は評していました。私もその若い男性の印象は最初の頃は変な人だと思っていましたが一度みんなでご飯を食べに行く機会があり、その席で隣になり話をしてみると、案外普通…いい意味で普通の真面目な人だという印象を受けていました。そのお客さんはSMに興味があってしてみたいと最初言っていました。

そして来るたびに違う女の子を連れてきていました。「興味があるっていうから連れてきちゃった」そういう言い方をしていました。

遊んだりするわけでもなく、ただお店に連れてくる。ただそれだけでした。他の常連さんからすると、「女をとっかえひっかえしている男」

そう思っていた人もいたそうです。その男性ははっきり言えばさわやかな顔をしながら興味があれば何でもする人でした。鞭で打たれ、縛られ、背中を切られ「相手にする前に自分が体験してみないとね」

そんなことをにこやかに言う姿はとても面白くもありまた、冗談のようにいうことは本当なのだと知ると私は驚きを隠せませんでした。そのお客さんはバイセクシャルでした。目の前でその人がフェラチオをしている姿を見たとき、なんだか腹が立ちました。

あんなに怒ったのはいつ以来だろうと思うくらいでした。それでも、その人はただ「ごめんね」そう笑っていうのでした。悪い点は改め、それでもお店に通い続けてくる。

変な人ではあるけどいい人だと思いました女をとっかえひっかえしているように見える割には誠実な部分も見えました。パートナーを大事にしている。そう感じました。「SM以外の日常の関係が大事なんだけど、難しいね」

そんな風に言う人でした。その人は黒の女王様と仲が良いように見えました。SMの会話をあまりせずに世間話をするような間柄だからそうなのだと思っていました。

黒の女王様がそのお客さんとの連絡が繋がらないそう聞いていたので私はお客さんに話しかけていました。そして気が付くと流れでアドレスを交換していました。特に私からメールを送ったりはしていないのですが、そのお客さんからは他愛のないメールが時折流れてきていました。

ご飯美味しかったとか、今度一緒に食べに行かない?そんな本気とも取れないようなメールばかりでしたある雨の日でしたお客さんが「こんな寒い日は鍋がいいよね」そんなメールを送ってきました。「鍋いいよね、食べたいな」

布団の中でなんとなくそんなメールを返していました。「よかったら一緒に食べない?」お客さんからのそのメールに私は「食べる♪」

そんなメールを返していました。何故か帰ってきたメールは「どこかお店の希望ある?」そういうものでした「君の家でいいんじゃないの?」

そういうメールを送り、待ち合わせ場所を決めました。雨の中、お客さんに迎えに来てもらって一緒に買い物をしお客さんの家に足を踏み入れました。そのお客さんに好意を持たれているのはなんとなくわかりました。

でも、本気なのか遊びなのかわかりませんでした。パートナーさんでも合わなければすぐに別れるのは潔くて良いともいました。「無理しても続かないでしょ」

そのパートナーを切った理由が「対等じゃないから」そんな理由でした。SMをするような男性は女を下に見て道具扱いしたがるような人ばかりそんな風に思っていた私にはそのお客さんの価値観が口先だけなのか、それとも本音なのか計れずにいました。

一緒に鍋をつつき、時間だけが過ぎて言ってもお客さんは私に手を触れようともしてきませんでした。女遊びなんか慣れていそうな風貌なのに何もしてこない。何かされると思っていた。

ただ、優しい時間だけが流れて行くだけ。今までの私が感じた事のないような穏やかな時間でした。私にはそれが不安で仕方ありませんでした。

だから私はお客さんを試しました。「私の事が好きなんじゃないですか?」そう言ってもお客さんは何もしてきませんでした。

あんなに傍若無人にSMを楽しんでいた人と同一人物のようには思えませんでした。気持ちいい事が大好きで、なんでもしてみなければ気が済まないようなそんなお客さんとは思えないように小さくなって震えていました。その姿を私は可愛いと感じました。

愉悦という感覚なのか母性なのかはわかりません。この人は震えるほど、そんなに私の事が好きなんだと思うと、同時に本当の私を知って幻滅する姿を思い浮かべていました。夢を壊してみたい、幻滅させてやりたい期待するから裏切られる。幻滅されるなら最初から幻滅された方がいい。

そんな風に自虐的なのか、それとも防衛本能なのかはわかりません。その事を隠しておく事をその時は何故か考えていませんでした。お店での自分は本当の自分じゃない。

そんな私に憧れたり、幻想を持っているのなら早い段階で壊してしまいたい。そんな風に思っていました。普通の男性ならそんな話に興味はなく、ただ身体だけが目当てだと思ってた。

でも綺麗事を並べても目的はそうでしょ?セフレか彼女の違いなんてそれくらいのものでしょ?そんな風にどこか思っていました。だから私は過去の自分の話をしました。昔の彼氏に監禁されていた事、その彼氏が私のせいで自殺した事。

現在進行形でとある男性の性処理道具であること。淡々とゆっくりお客さんにそんな話をしました。「そんな私の事が本当に好きなんですか?」

そう聞くと、お客さんが「うん、別に昔の事は気にしないし、昔の事を言うなら……」お客さんの昔話はそれこそ壮絶なものでした。詳しくは語れませんが、その過去は普通に聞けば信じられないようなものばかりでしたが、この人ならあり得る……そう思わざるを得ませんでした。

SMに興味を持つのは大なり小なり歪みを持っているから、その意味では私よりも重症のようにも思えました。男性でありながらレイプされたり、回されたり……こんな風に書くと物語の世界にしかないような話にしか思えないのもありますが目の前でお客さんが男性のものをフェラチオしている姿を目の当たりにした私からすると、そういう経緯があったのかと……どこか納得できるような気がしました。その上で「俺って実は女性恐怖症なんだ」そんな風にお客さんに告白されまsた。

過去に女性にも性的に乱暴された過去がある、そう聞いていましたがその影響なのか触られるのが苦手、そう言っていました。その上で、「初めて女の子でいいなと思った」そう言われました。小学生の頃と、高校の頃の淡い恋心を除けば……だそうですが。

「そんな俺だけど逆にいいのかな?」そう言われるとなんとなくですが、深刻な過去の話をした自分だけが悲劇ぶっていたことがなんとなくおかしくなりました。もう、どうなってもいいや…そんな風に感じていました。

触られるのが苦手というお客さんの身体に恐る恐る触れると確かにびくっと震えていました「大丈夫?」そんな風に確認しながらゆっくり指を這わせるといまだに緊張しているようでした。「怖がらなくて大丈夫だから」

そういってゆっくりとお客さんの唇を塞ぎました。ゆっくり、ゆっくり、唇だけでなく舌を絡ませお客さんの身体に腕をまわし、身体を密着させていきました。「大丈夫、壊れたりしないから」

そういってお客さんの腕を私の身体に導きました。とてもぎこちなく、でも、そのぎこちなさがとてもいとおしく感じていました別に騙されていてもいいやそんな風にキスを楽しんでいました。私が責めるように、もっとお客さんを興奮させて見たい。

そんな風に思っていました。指でお客さんのおちんちんをズボン越しに触れるとそこは既に硬くなっていました。その事を私は素直に喜んでいました。

自分からそれを取り出し、口に含み、舌を絡めながらお客さんの反応を眺めていました。切ないような、それで気持ちいいのか、恥ずかしいのか何かを我慢するようなその仕草はとても可愛らしいと感じていました。丁寧に舐めあげると、お客さんがうめき声を漏らしていました。

その声に私は喜びと興奮を感じていました。私の行為で感じている、気持ちよくなっているんだと思うとそれが欲しいと思っていました。もっと気持ちよくなって欲しい、出してほしいそんな風に感じていました。

居間での行為でなく、寝室に連れて行って欲しいと思いました。「入れて欲しい」そう素直に呟くとお客さんは私をお姫様抱っこして寝室に運んでくれました。

そんな初めての経験に私の心拍数は限界に達していました。お客さんはそんな私の状況を知ってか知らずか、執拗に愛撫をしてきましたが、私はお客さんに入れて欲しくて仕方がありませんでした。私が感じる事よりも、お客さんに気持ち良くなって欲しいと思っていました。

「もう入れて欲しい……」そう強請るとお客さんはゴムを着けて私の中にゆっくりと入ってきました。その大きさは正直あり得ないと思うような圧迫感を感じるほどでした。

「ごめん、ゆっくり」そうお願いしないと裂けるかと思うほどでした。「大丈夫?」

何度もお客さんにそう聞かれるくらいに私は痛みをこらえるのに必死でした。私自身そんなに濡れやすい方でなく、やや乾きやすい方ではあると思うのですがそれでもコンドームを着けたお客さんのそれが動くたびに身体の中に熱い鉄の杭でも打ち込まれるような、その上中が強く擦りあげられて思わず力が入ってしまいました。「大丈夫だから」

そう言ってもお客さんは私に遠慮したように動き、自分が気持ちよくなろうとせず、何度かおちんちんを軟くしてしまっていました。それを何度も舐めて、私は何とかしてお客さんに射精して欲しいと思っていました。「気持ちよかったから」

「ごめんね、射精できなくって」そんな風にお客さんに謝られて申し訳ない気分に私はなっていました。「ごめんなさい」

私はお客さんに素直に謝っていました。でもお客さんは「気にしないの、元々射精出来ないんだから」「そんなこと言ってましたね」お客さんは女性でも男性でもセックスで射精というものをした事がないと私は確かに聞いていました。

だから、余計に私はその時お客さんの射精に拘っていたのかもしれません。彼は「ちゃんと責任は取るつもりだから……付き合って欲しい」そんな風に私に告白してきました。

「私でいいの?」そう聞くと彼は「私がいい」そんな風に言いました。キスをして彼は「俺が彼氏でいいんだよね?」

そんな風に確認してきたので私は「うん、ちゃんと今の相手とも縁を切るから」そう約束してまたキスをしました。その日は私は彼が仕事に行く間ずっと彼の部屋で寝ていました。

その日の内に合鍵を渡すとかどんなに私を信用しているんだろう。どんなに私の事が好きなんだろう。それがたまらなく不安でした。

でも、私はすぐに既婚者のあの人に電話をしていました。電話に出ないのでメールで電話くださいと送ると、30分後には電話がかかってきました。「何?」

「あの、彼氏ができたので別れてください」「あ、そっか、お幸せに」別れはそんな風にそっけないものでした。

こんな簡単に縁が切れるものなんだ。どうしてこんな簡単な事が今まで出来なかったんだろう。結局のところ私は依存体質で、誰かが居ないと次に進めない。

そんな臆病で卑怯な人間でした。私は彼に捨てられるのが怖いと思っていました。私にもったいないくらいのいい人でした。

夜の仕事も辞める約束をしました。すぐに辞めるとお店に怪しまれるから、時期を見てやめるといい、就職活動も同時期に始めました。幸い就職は思っていた以上にすんなりと決める事ができました。

そんな時期に、あの既婚者から「ちょっと会わない?」そんな風に誘われたのですが「もう会いませんし、しつこいなら奥さんに言いますよ?」そう言って通話を切り、着信拒否の設定にしましたその頃、私は週に6日は彼の家に泊まっていました。

そして毎日のようにセックスをしていました。「無理しなくていいんだよ」そんな風に言われると、私じゃ駄目なのかって不安になっていました。

彼を射精させたい、気持ちよくなって欲しい…そんな風に少し強迫観念を持っていたような部分もあると思います。「ごめん……射精できなくって」彼がそう謝るとこちらも申し訳なくなり、「気にしないで。したいようにしたらいいから」

そう彼に言うと彼はやはり申し訳なさそうな顔をするのでした」「縛ってもいいかな?」彼がそんな風に言ってきたのは付き合って1カ月くらいたった時でした。

「いいよ?」私は彼に縛られるのは初めての体験でした。縄が身体に食い込む感じ、胸や身体に縄が這う感じは仕事柄何度も体験してはいましたが、男性の力強い手で少し苦しいくらいに縛りあげられるのは初めてでした。

両手、両足が不自由な芋虫のような状況になると私は不安と同時に何とも言えない興奮を感じていました。そんな状態で私は彼に何度も行かされていました。セックスでなくゆっくりと緩急をつけた愛撫で身体を弄られるだけでなく途中水分補給して貰うときでさえ、心の中が震えるようなそんな喜びを感じていましたその状態で人形のように彼に犯されてる感覚は本当に今までに感じた事のないような昂揚感にあふれたものでした。

やはり射精出来なかった彼のおちんちんを丁寧に舐めることもまるで大切なもののようにいつもよりも丹念に舐め、そのまま彼がおしっこを漏らすくらいまで舐め続け口の中におしっこを出して貰い、それを飲みほした時の恍惚とした感情は忘れる事ができませんでした。おしっこを止められない彼の声、それを受け止めている自分自身。色々なものに酔いしれていたのか、彼にそう扱って貰える事でどこか幸せを感じていました。

私自身、縛られながらお漏らしした時も、何故か恍惚としていました。彼に心配され、彼に可愛がられる。面倒を見てもらってる、愛玩動物のように扱われる。

それはとても嬉しい側面でもあるけど、逆にそれは私を不安にさせていました。彼は料理も洗濯も掃除も…家事全般ができる人でした。私もできると言えば出来るのですが、それでも彼の方が上手でマメで……「いいから座ってて」

そう言われるとやはり不安になることも多く情緒もまだ不安定気味だったと思います。彼は私の事を好きすぎて、可愛がりすぎているような気がしました。物を貰える、でもそれも不安でした。

彼は私に喜んで欲しい気持ちでプレゼントしてくれている。いいものはいいもの。それはとても嬉しい。でも、彼が私を大事にすればするほど、私は彼を失う事がとても怖くて仕方ありませんでした。

私には彼が思うほどの価値はない。でも、その価値は彼が決める事。それはわかっていました。

でも、過大評価される事の心苦しさは消える事がありませんでした。私は彼にそれだけのものを返せてるのかって。だから、初めて彼が私で射精してくれた時はとても嬉しかったしその時の事をよく覚えています。

「レイプしていいかな?」彼が唐突にそう言ったのは夏の事でした。「どういうこと?」

聞き返した私に彼は焦った様子で言葉をつづけました。「あ、いや、実際にそうするっていうんじゃないけど、でもそれっぽいというか」私は彼が何を言っているのかわかりませんでした。

「どうしたらいいの?」「抵抗して欲しいんだけど、駄目かな?」「別にいいけど……」

そう言って彼とのレイププレイをする事にしました。「じゃぁ、襲うけどいい?抵抗してね」彼はそう言って私に襲いかかってきました。

私は最初抵抗するふりをしていました。「駄目だって、ちゃんと抵抗して。俺を嫌いな奴だと思って」本気じゃないってわかっちゃうんだ。そんな風に少し感心しながら私はあの男を思い浮かべていました。

そして本気で抵抗していましたが、彼の力には叶わず両手首を縛りあげられ目隠しをされていました。「ほら、どうしたの?抵抗もうしないの?」彼にそう言われて私はムキになっていました。

本当にレイプされたときに自分がどういう対応をするのか彼に見て欲しかったから。ちゃんと抵抗できる、拒絶できると彼に見てもらいたかったから。必死に抵抗しました。

全身の筋肉を使い、触らせまいと、入れさせまいと。でも、そうしていても少しずつ拘束が完成していくと動ける幅は少なくなっていました。「どうしたの?もう抵抗しないの?」

そう言われながら彼に正面から挿入されました。犯されながら彼に言葉で嬲られていました。「噛みつかないの?」

「声漏れてるよ?」「感じちゃってるんだ」そんな言葉に抵抗しなければいけないという想いうと彼が興奮して入れているというその事実が綯い交ぜになって何とも言えないような、悲しいような、うれしいようなでも、抵抗しなくちゃという思いから彼に噛みついていました。

必死に噛みつく私をあざ笑うかのように彼は「もっと抵抗しないと中に出しちゃうよ」そんな風に言われて私はさらに噛む力を強くしました。彼の肩に私の歯が喰いこむ感触。

ステーキと言うよりもゴムでも噛んでいるようなでも確かに少しずつ私の歯は彼の肉を切り裂いていました。口の中に唾液が溢れ、呼吸が苦しくなる。そんな中下半身からは容赦なく彼が腰を動かす事による刺激が絶え間なく襲ってきていました。

鼻だけでの呼吸では追いつかないと身体が勝手に口から息を排出していきます。それが声になって漏れる、呼吸の為に彼の肩から口を離す。「どうしたの?感じちゃってるの?」

息苦しさと気持ちよさがごちゃ混ぜになった感覚の中私は苦しさの中に気持ちよさを確かに感じていました。でも、これがレイププレイだということを思い出し「感じてなんかないもん」そう強がっていました。

涎をこぼしたままのだらしない口で。彼の興奮した息遣いは聞こえていました。だけども身体は素直に気持ちよさを感じていました。

既に拘束された四肢をさらに彼に押さえつけられて嬲られ「どうしたの?もう抵抗しないんだ」そんな風に言われると何故か涙が溢れていました。「違う、違うもん」

そう必死に否定していました。感じてなんかいないと。でも、身体は私の意思とは無関係に快楽を貪り強く意識しないと抵抗らしい動きも出来ず、その間隔も次第に遠くなっていました。

「ごめんなさい、ごめんなさい」私はいつの間にか彼に謝っていましたレイプされて抵抗できない弱い自分を。レイプしているのが彼自身であってもちゃんと抗えない自分に。

拘束され、目隠しされ、押さえつけられていたとしても最後には抵抗の色を見せる事が出来ずに、ただ彼に謝るしかできない自分を私は恥じて泣いていました。彼に射精して貰えた喜びと、同時に快楽におぼれていた自分に対して嫌悪感を強く感じていました。気が付くと拘束を解かれ、私は彼に心配されていました。

「大丈夫?」それぐらい私は取り乱していたようです。彼の望む事をしていたのだけれどそれでも私が思う彼の望む姿を見せられなかった事を悔やんでいました。

彼に嫌われる。そう思いました。でも、彼は「凄く興奮したけど、泣かせちゃってごめん」

そんな優しい言葉を掛けてくれました。「ごめん、多分俺、レイプシチュエーションじゃないといけないみたい」「実際にしようとは思わないけど、やっぱり引いた?」

そんな風に自虐的に笑う彼に泣きながら首を振っていました。私自身、彼の歪んだ形でしか射精できないことについてはそんなに苦慮していませんでした。別に彼は私を誰かに抱かせようとしたりするわけでもなく、寧ろ私は彼が私に対して躊躇なく、欲望を吐き出してくれる方が安心できました。

それほどに彼は私にとってはもったいないほどの人物で私が隣に立って本当にいいのか、釣り合わないのではないかと不安で不安で仕方ありませんでした。そんな精神状態ですから私は彼に強く身体を求められる事に対して喜びすら感じていました。私はその当時彼に精神的に強く依存していたのですが彼は私に対等である事を強く望んでいました。

対等である事。それは自分のしたい事を隠さない事。彼は私が我儘を言う事を喜びました。

私自身物欲がないのもあるのですが、彼は私に対して何かをしたがっていました。それはプレゼントであったり食事で会ったり彼はとにかく私を喜ばせようとしてくれました。「笑って欲しいから」

彼はそう言うのですが、「あなたが一緒に居るだけで他に何もいらない。」必要最低限度生活できれば別に何も気にしない。そんな私に彼はいつも困った顔をしていました。

私の性格に自分のものは自分で手に入れないと納得できない。そんな困った性分がありました。誰かに貰うのは確かに嬉しいのですが、それだと自分のもの…という気がしないのです。

彼からのプレゼントはそういうブランド品に至るのですが、「一緒に居てくれるだけでいいのに」そう言うたびに「ごめん、ごめん」そんな風に彼は言うのでした。彼の性格は少し日本人のそれとは異なり、誕生日にはバラの花束や、豪華な料理を私にくれました。

でも、そう言う事を繰り返されるたびに私の心には不安が積み重なってきました。今は付き合って日が浅いから彼は浮かれているだけなのでは?そんな不安がどこかに付きまとっていました。そんな頃に私は歪んだ願望を持つようになりました。

「不完全であるが故に彼に面倒を見てもらってもおかしくない状況」そういう状況に憧れるようになりました。夢想するだけ、想うだけ、その頃私は彼のご両親に会う機会がありました。

私が会いたいと言ったわけでなく、彼が会わせたいと言ったのです。その結果は予想通りと言えば予想通りでした。交際そのものを彼のご両親に反対されたのでした。

「どこの馬の骨かもわからない…」そんな言葉にもあまり動揺しませんでした。彼の言う「大丈夫だから」という楽観的な考えの方が間違っている。

そう考えていたからでした。彼はやんごとなき社会的な地位もありお見合い相手もそれなりの相手だと聞きます。そう言う相手を差し置いて、私が隣に立つ事をご両親が認めるはずもありませんでした。

結婚は家同士の結びつきの問題で、それなりの立場に居るものはそれなりの相手と結婚するのがふさわしい。でも、私はあまりその事にショックを受けていませんでした。当然の帰結過ぎて驚くに値しなかったからです。

寧ろ、彼との付き合いが「ここで終わるのかそれとも愛人として囲ってもらえるのか、ペットとして飼って貰えるのか、結婚するまでの遊びの付き合いででも彼のそばに居られるのかそんな風に思いました。「親と縁を切ってもいい」彼は私の意に反してそんな事を言いました。

そんな彼に私は気持ちは嬉しいけど、無理しないで欲しい。そういうと彼は怒りを露わにして無理はしてない。そう言っていました。

私としては私が原因で彼がご両親と不仲になる事を望んでおらず、相応しい相手がいるなら潔く身を引くよ?そう言うと彼は不安そうに「嫌いになった?」そう私に尋ねるのでした。「ううん、嫌いになんかなってないよ」そう言うと、彼はご両親を説得するから待っていて欲しい。

そう私に約束しました。「期待しないで待ってるから」私は彼にそう応えるのが精一杯でした。

彼はその日から全てのお見合いを断っていたいました。既に日程を決められたものに関しては「断わりに言ってくる」そう言っていました。

「会うだけでも会ってみたらいいんじゃない?」そう言うと彼は意固地になって「結婚の意思がないのに会うのは失礼だよ」そういうのでした。

彼がそんな風に私に優しくするたびに私は彼に縛ってほしいと願いようになりました。彼に欲望を吐き出して欲しいと思うようになっていました。その頃が一番、性的に色々倒錯的にしていた時期だと思うのですが、私がされるばかりでなく、時には彼を拘束し彼の可愛い姿を楽しんでいました。

彼のお尻の穴を舐め、指を入れ、彼を犯し、私も同じように舐められ、入れられ、犯され、首輪をつけられ、鞭で打ち、打たれ……日によって、その時々の気分で私たちは性的な楽しみを変えていました。私自身、彼を苛めるのはとても楽しいと思うようになっていました。彼に見せても嫌われない、そういう安心感からしたいこと、させたいことそういうものを吐き出していました。

排泄物をお互いに飲ませあうことも、拘束されたまま犯すのも、犯されるのも。野外でセックスを楽しむ事もその時の気分ひとつでした。彼が「こんな姿見合い相手には見せられないよ」そんな風に言うたびに私の心の中は暗い喜びで溢れていました。

彼の特別になりたかった。彼の欲望を全て受け止めたかった。もっとその先に、もっとその先にとお互いに求めあっていました。

幸運な事に私と彼はセックスのよかったのでしょうね。飽きると言う事がありませんでした。寧ろ彼が「最近早漏気味かも」そう言ってくれることが私にとって誇らしいことでもありました。

そんな付き合いが一年ほど続いた頃、私は彼のご両親と再び会う機会を得ました。彼がご両親を説得したのでした。そんな兆候を聞いていた私は、妹を通じて私の両親と関係修復を図ろうとしていました。

まずは妹、そして母親からでした。父も昔に比べるとだいぶ丸くはなっていたようでした。そして両親に彼を紹介すると「本当にこの子でいいんでしょうか」

私が結婚したいと連れてくる相手だから、さぞや酷い相手だと思っていたそうです。父は満面の笑みを浮かべて、うんうんとずっと頷いてばかり。母は「あの、本当に宜しいんですか?」そんな風に彼に問いかけるばかりでした。

そして両家の顔合わせもつつがなく終わり、結婚まで滞りなく進んでいきました。妹には「あのと結婚できるってどんな聖人?」そんな風に言われましたが結婚式は極親しい人だけを集めて行いました。黒の女王様を含め、友達にはとても羨ましがられました。

確かに私はその時幸せでした。幸せでしたが、それでも不安は残っていました。新婚旅行はハワイでした。

時に何をするでもなくのんびり過ごさせてもらいました。それから私は働きながら、家の事も行いましたがそれは彼の家に半同棲していたころとそれほど代わり映えのない日常でした。変わったことと言えば避妊をしなかった事くらいでした。

回数を求めすぎてるのじゃないかという不安はあったものの、それでも私は旦那様に愛されていたい、ずっとずっと…そんな風に思っていました。結婚して一年、その頃は週5くらいでセックスしていました。生理の時でもセックスしていました。

そんなにセックスしていてもなかなか子供はできませんでした。「出来るときにできるよ」旦那様はそう言うのですが、私は少し自分の身体に不安を持っていました。

もしかしたら子供が産めない身体なのでは?そう思うと旦那様に「離婚して子供の埋める奥さんを探したら」そう言った時は、激しくお仕置きをされました。「子供の為に結婚したんじゃない」

そう言われると私は反省しながらも喜びを感じていました。結果、2年経っても事もが出来なかったら赴任外来に行こう。そう旦那様と話をしていたのですが、診察時に彼自身にもそういう素因があるので……と検査をする事になりました。

検査の結果旦那様は無精子症だという診断が下されました。「今までのゴム代がもったいなかったね」そう涙ながらに笑う旦那様に対して、私は慰めるしかありませんでした。

子供は欲しいと思いながらも、旦那様と二人の生活でも構わない。それに私自身の子宮にも多嚢胞性卵巣という症状があり出来にくい素因があったことも後に知ることができました。クリニックではTESE(精巣精子採取法)による方法が残っているとの説明がありました。

簡単に説明すれば精巣(睾丸)から精子のもとを採取する術式です。それを用いて顕微授精を行うというものでした。費用は約50万円程掛ること。

旦那様がその手術を行う事で採取できる可能性は5%未満だと言われました。その上、さらにそれを用いて顕微授精を行って出産まで至る可能性はおおよそ半分だと聞かされていました。しかし旦那様は「じゃぁ、それでお願いします」その場でそう即断されました。

手術室の空きの問題もあるらしく、早めに動いた方がいい……とはお医者さんも仰ってましたが、それでも旦那様はその場で「うん、じゃぁお願いします」そう答えていました。「いや、これで無理ならあきらめつくでしょ」

旦那様は笑ってそう言っていました。色々な検査を経て、旦那様は手術の日を迎えました。私はなくて当然あったらどんなに幸運だろう…そう思いながらもどこかで採取されなければずっと二人きりかも、そんな思いがなかったと言えば嘘になります。

手術の結果、幸運にも精子を採取することができました。「金玉が痛いやないかーい」旦那様は何故だか髭男爵の真似をしながら手術室から出てこられました。

そしてそこから私の卵子を採取しての顕微授精が始まりました。顕微授精も安いものでなく、一回当たりおおよそ50万円かかりました。高額医療の補助が出るとはいえ、その金額は私にとっては途方もなく大きな金額でした。

旦那様があれだけ苦労したのだから……そう思うのですが最初の時は上手くいきませんでした。その妊娠判定に至るまでの間、私は不安と闘いっぱなしでした。子宮のコンディションを整えても授精しない。

私が悪いんだ……そんな風に思い悩む私を旦那様は優しく支えてくれましたが私は申し訳ない気分で一杯でした。着床しない、着床しても流れる。先生は、自然淘汰(育つ可能性がないと流れる)だからというのですが、それでも私の身体に問題があるのではと不安は日々募るばかりでした。

失敗が2度重なると3度目は怖くなってきました。性生活も私の身体を気遣って貰って、口で奉仕するだけなのですが旦那様はそれではやはり射精してはくれませんでした。「していいほしいな」

そう言うのですが、「今は大事な時期なんだから」そう言われて抱いてもらえない音で私自身だいぶ煮詰まっていたように思います。そんな私の様子に見かねたのか「次で無理だったらしばらくはのんびりしよっか」

旦那様はそう仰ってくれました。金銭的な出費は3回で120万を超えていました。貯金も兼ねてのんびりしよう。焦る事ない。

そんな風に言ってもらえたからなのか、3回目の時、無事妊娠判定が出ました。妊娠したと言っても途中で流れる可能性。不育の問題。そんな不安も色々とあったので安定期に至るまで私は旦那様に妊娠のことは言わないで欲しいとお願いしました。

その間、旦那様に口でしかご奉仕出来ないことは私にとって不安でした。「浮気されちゃうんじゃないかな」そんな風にどこか思っていました。

「安定期になったらいっぱいエッチしようね」そうお願いしていたのですが、旦那様は私に気遣ってセックスしようとしてくれませんでした。「お腹の赤ちゃんに当たりそうで…」

そう仰る旦那様の気持ちはわかるのですが、妊娠しているときは本当にセックスしたくて仕方がありませんでした。寝ている旦那様のおちんちんを舐めて、硬くして貰い跨ろうとしたとき、「ごめん、やっぱ無理」そう言われて仕方ないと思いながらも、大きくなる自分のお腹を見ると性的に見られないのかなと不安でした。

その事を素直に旦那様に言えば、「したいのはしたいんだけど」精神的にどうしても萎えてしまうそうなのです。お腹がどうというのでなく、赤ちゃんに何かあったら…そう思うとできないと仰っていました。

その頃から、旦那様の自慰をお手伝いするようになりました。エッチなDVDを見る旦那様のを口や手でお手伝いする。旦那様はそういうのを見られながら、少し責められると喜ぶようで最後は手で擦られて射精される姿に、私は少しやきもちを焼いていました。

「オナニーとセックスは別だから」そういわれても、そういう映像媒体を見て興奮して射精されるのは私にとって少し屈辱的でした。「こんなの見て興奮してるんですね」

そんな風に旦那様をいじめたりしながら、大きくなった胸で挟んだり舐めたりしながら、絶対にそんな映像になんか負けないと思うようになっていました。丁度10月10日で第一子、長男を出産。旦那様によく似た男の子でした。

最初の3カ月は慣れない育児に大変でした。旦那様が協力的だったこともあり、こんな私でも何とか3か月を乗り切る事が出来ました。その頃は3時間おきに授乳があり睡眠不足なのもありました。

睡眠時間が4時間を超える頃には私も少し精神的に余裕が出てきて「おっぱい飲んでみます?」そんな風に旦那様に言える程度にはなっていたのですが「虫歯菌が移るから」そういって直接は飲もうとされなかったので、コップに入れて飲んでもらうと「微妙な味だね」そう言う感想をいただきました。

3か月も過ぎ、お医者さまから夫婦生活に関して許可は出たのですが、セックスの最中に息子が泣きだして中断することもしばしばありました。「胸、本当に大きくなったね」そう喜ぶ旦那様に少し不安を抱えたのも覚えています。

私は普段は胸はあまり大きい方ではないので、大きくなって挟んだり、揉みがいがあるサイズの方がやはり好きなんだと思うと少しだけ、すねたりもしていました。セックスの回数はその頃で週に2回くらいでした。旦那様はイクメンの中のイクメンと言っていい人で、本当に子育てに積極的に参画してくれる事で、私の負担は殆どないといって良いくらいでした。

息子も「パパがいいの〜(><)」というくらいにパパに懐いているのですがおっぱいをあげていた強みなのか、まだ半々くらいの懐き加減です。「女の子じゃなくてよかったかも」私がそう言うのは娘だったらパパが可愛がりすぎて私が嫉妬しかねない寧ろ息子にたいしても少し嫉妬するくらいです。

別に虐待をするとかそういうのではないのですが、ふと、パパに甘えたいと思うような時があるのです。「パパ、抱っこ」そんなバカみたいな私の我儘に答えてくれる旦那様はそういないように思います。

お互いの呼び方は昔は私は「○○さん」旦那様が私を呼び捨てだったのですが、息子が真似をするということで、「パパ」「ママ」とお互いに呼ぶようになりました。ただ、そうやって「パパ」って私が旦那様に甘えると「こんな大きな娘がいたら心配で仕方がない』旦那様は笑ってそういうのでした。現在第二子を妊娠中。性別はいまだわかっていません。

女の子だったらどうしよう。男の子がいいな。でも、どっちでもいいのかな。そんな風に想いながら日々を過ごしています。

先日のセックスの時に「10年前にはこんな風になるなんて思ってなかった」そんな風に旦那様がおっしゃったので、ふと過去を思い出してみた。そんな次第です。

子供には私たちのように歪んで欲しくない。そう強く願うのでした。

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