初彼さんから投稿頂いた「処女と童貞を捧げ合った大学時代の彼女の思い出」。
大学の4年間を共に過ごした初めての彼女、今でも忘れられない人だ。
彼女は福島県の海沿いの街の出身で、先の大震災を経験し、家の100m手前まで津波が来た恐怖体験の持ち主だった。
彼女とはアパートが同じで仲良くなり、1年生のゴ-ルデンウィーク、彼女と東京を探索したりして過ごした。
まだ未成年だったけど、ビールや缶チューハイを買い込んで飲んだりして、酔った勢いでキス、そしてそのまま半裸でペッティング、
「お風呂、入ってからにしようよ。」
と言われ、一緒にお風呂、初めて女の子の裸に触れて、痛いほど勃起した。
「こんなに大きくなるんだ。しかも硬いし…」
可愛い女の子に握られて、ますます勃起した。
彼女がフェラチオをしてくれたから、お返しに初めてのクンニ、女の子のオマンコを舐めるという興奮に、身震いした。
それと同時に、女の子が一番恥かしい場所を広げて舐めさせてくれる、そんな男になれたことが誇らしかった。
オマンコを凝視しながら、クリを舐めると悩ましい声が聞こえた。
コンドームを被せて、処女膜を破ったあの瞬間、忘れることはないだろう。
俺に処女をくれた唯一の女性、それが彼女であり、俺の童貞を捧げた女性でもある。
お互い大学を卒業、俺は次男坊だから東京にとどまったけど、彼女は一人っ子だったから、卒業後は地元に戻る約束で上京してたので、卒業までの付き合いとは分かって付き合ってたけど、いざ、別れの時を迎えると哀しかった。
帰郷する彼女を見送りに上野駅に行った。
福島県は、内陸部は新幹線が走ってるけど、海沿いは在来線特急「ひたち」、時間も2時間半かかった。
駅で最後のランチして、指定席特急券を買おうとみどりの窓口に入るとき、彼女が寂しそうに
「きっと、もう会えないんだね…」
って言った。
え?もう、会えない?急にこれが最後と思ったら、現実に引き戻された。
彼女が一番大切な人だと気付き、どうしても抱きたくなった。
思わず彼女の手を引いて、ホテルに入った。
「もっと優しくできればよかったのに、ごめんな…」
そう言って、いつもより丁寧なクンニをしながら、彼女のオマンコを脳裏に刻み込んだ。
彼女が潤んだ目で最後のフェラをしてくれたけど、間に涙をいっぱい浮かべてたのを覚えてる。
生で交わりながら、ずっとこのままでいたいと心から思った。
射精したら別れが来るから、繋がったままずっとキスしてたけど、やっぱり気持ちいいから腰がざわついた。
記憶だと、15分くらいは繋がってたと思う。
そこから、少しずつ腰が動いて、彼女もアンアン喘ぎだし、最後の交わりをねっとりと終えた。
彼女のお腹に吐き出した精液をティッシュで拭いて、ホテルを出た。
少し並んで歩いて、再び上野駅に入った。
緑の窓口に行って、指定席特急券を買い、改札前で、一目も憚らず最後のキス、
「さよなら。元気でな。」
「あなたも元気でね。さよなら。」
改札を抜ける彼女を見送った。
彼女の後姿が人ごみの紛れる前に、溢れる涙で見えなくなった。
俺の配属先は池袋で、練馬の少し手前の西武池袋線桜台駅のそばに引っ越した。
この頃、西武線や東急、横浜地下鉄などが入り乱れて乗り入れして、横浜まで乗り換えなしで行けるようになってて、便利になってた。
あれ以来、彼女と二度と会うことはなかったけれど、初めての彼女で、4年間週末同棲のような暮らしをしてたし、忘れることはなかった。
社会に出て1年間は、忙しくて恋愛どころではなかったけど、2年目に今の妻と出会い、初めは飲み友達だったけど、ほのぼのとした恋愛に発展して、そして、結婚を意識しだした頃、彼女から「結婚しました。」のメールが届いた。
「おめでとう。幸せになってな。」と送り返し、スマホに引き継がれてた、他人妻になった彼女の連絡先を消した。
今でも、上野駅に行くと、彼女を見送った思い出とともに、震える手で彼女の連絡先を消した思い出が蘇ってくる。
そんな俺も三十路半ば、二児のパパをやっている。
可憐な乙女だった女房を愛しているが、時々彼女のことを思い出す。
そして、もし、今の結婚生活が彼女とのものだったら、なんて考えてしまう…

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コメント一覧 (2件)
いい話だね
なんか大学卒業で別れるとか切ないですよね。
初めての相手はやっぱり忘れられないものだなぁと。