元カノさんから投稿頂いた「忘れられない前彼の思い出が残る街に再び」。
忘れられない前彼がいます。
短大進学のために田舎から県庁所在地に出てきて、大都会ではないけど、私鉄も走る都会に馴染み、実家は兄に任せてそのまま都会に就職しました。
短大時代、○○短大の松井玲奈と呼ばれて、結構モテました。
短大時代の初めての彼氏は2歳年上のイケメン大学生、私は短大を出てこの街に残りましたが、元彼は大学出たら帰郷して別れてしまいました。
元彼を見送った新幹線の改札、見るたびに思い出していました。
でも、そんな元彼を忘れさせてくれたのが、今の彼の前彼、就職して、短大のそばから私鉄沿線の街に引っ越して、電車通勤になって出会いました。
降りる駅が一緒の人で、どうしても降りる駅の改札付近に陣取るから、同じドアのそばに立つので顔見知りになっていきました。
6月半ばのある金曜の夜、踏切事故で私鉄が止まっちゃって、困ったなあと駅の前で考えてると、前彼が、
「いつも○○駅から乗って来るよね。歩いたら1時間で着くんじゃない?一緒に歩こうか?」
って言って切れて、よく見るとカッコいい人で、一緒に歩きました。
前彼は3歳年上で、元彼と同じ大学を出て、でも次男坊だから帰郷しないでこの街に暮らしていました。
「俺この街好きなんだよね。でも、ここを歩いたのは初めてだよ。こんな店あったんだねえ。」
45分歩いて、少しずつ見慣れてきた風景になってくると、そこは私の降りる駅から2駅の場所で、駅前に渋い赤提灯があって
「ねえ、一杯どう?ご馳走するよ。」
と言われ、入りました。
とても安くておいしい居酒屋で、そこで連絡先を交換して、金曜の夜、残業が無ければ2つ手前で降りて、前彼と居酒屋デートするようになりました。
そして、そこから歩いて帰る途中、缶チューハイやハイボールの自販機があって、私がハイボールを2缶買うと、前彼も買ったので、
「どうせなら、私のところで二次会する?」
となり、以降、金曜の夜に居酒屋デートした後、私の部屋で二次会が定番になりました。
そして梅雨の明けた暑い金曜日、部屋に入って電気をつけて、カーテンを閉めて振り返ると前彼、思わず見つめ合い、キス、その日、結ばれました。
人生で二人目の男性、一緒にお風呂に入り、そして、ベッドで足を開かされ、クンニ、元彼にはほとんどされなかった訓員が恥ずかしいやら気持ちいいやらで、クンニされてからの挿入は気持ち良さが段違いでした。
初めて中であんなに狂うほど気持ちよくなれたのが前彼でした。
色んな体位を試してくれて。性感の開発も熱心で、私の感じる場所を次第に把握、精力のもある人で、複数回をこなせる人でした。
自然い腰使いを教え込まれて、気持ちいいよと褒められて、セックスにも自信がつきました。
イッた後、ゴム外してる猫背が大好きでした。
ゴム外した後、ティッシュで拭かずにすぐにお風呂に行っちゃって、余韻を楽しまないのだけが不満でした。
いつも、私の裸で興奮してくれてるのが嬉しくて、入れた後、「お前のアソコは気持ちいいなあ。」と言われて、幸せでした。
就職して2年過ぎた初夏の頃、二人が付き合って2年だなあと、二人の将来を考え始めていました。
しかし、そんな時、実家の母が倒れてしまい、兄と父は家業で忙しく、母の面倒を見れなくて、一時帰郷しました。
母は入院、退院しても、家業のうち内業ができるまでには回復せず、私が仕事を辞めて帰郷して、内業をするしかありませんでした。
前彼は俯いて、
「仕方ないよ。君が頑張んないと、家業が回らないんだろ?俺のことはいいから、お母さんの代わりは君しかいないんだから。お帰り。」
仕事を辞め、実家に荷物を送り、最後の金曜の夜、いつもの居酒屋で別れの盃、そして、私の部屋じゃなく、前彼の部屋で二次会、最後のセックスをして、最後の猫背を眺めました。
翌土曜日、駅ビルで去り行く私を見送りに来た前彼と食べたちゃんぽん、美味しかったです。
元彼を見送った新幹線の改札で、今度は私が前彼に見送られました。
「俺のことは忘れて、故郷で幸せ見つけろよ。じゃあな。元気でな。さよなら。」
「さよなら・・・元気でね・・・」
涙で前彼が滲みました。
各駅に停まる新幹線で2駅、そこで乗り換えて在来線で6駅、故郷に着きました。
県庁所持地では私鉄沿線に住んだから便利でしたが、故郷では母が乗ってた軽自動車がないと不便でした。
母がやってた内業に就きながら、病身の母の面倒も見つつ、内業を少しずつ電子化しました。
エクセルで管理できるようにして、毎日終了時にフラッシュメモリにバックアップを取りました。
1年後、内業が劇的に簡単になり、
「これなら私でもできるわ。」
と母が内業に復帰、でも、私は県庁所在地には戻りませんでした。
故郷にスーパーの求人があったので応募し、元の仕事と家業の内業の経験から、ヤードで商品管理に就きました。
時々、前彼どうしてるかな、元気かな、と思ってスマホを出しましたが、連絡は控えました。
そして、故郷で学習センターに勤めてる中学時代の同級生に頼まれて、郷土歴史をめぐるイベントに参加しました。
郷土歴史にはあまり興味がありませんでしたが、参加者が少なくて、「お願い!」と言われて参加しました。
参加費用1か月4回で1,000円、毎回プリントを持って、神社仏閣などを巡りました。
参加者は年配の方が多く、でも中にひとりだけ、20代半ばくらいに見えた男性がいて、そうなるとどうしても一緒にお話しながら巡りました。
「実は俺、学習センターに友達がいて、頼まれて参加してるんだよね。」
「え?私も。」
急に距離が縮まり、毎回一緒、そして4回目の最後の回、別れ際に二人同時にスマホを手に、
「あの・・・」
と言って大笑い、ラインを交換しました。
彼は3歳年上の26歳、市役所に勤めていました。
真面目な彼に抱かれたのは8月の末、私にとって3人目の男性、そして、2年後、夫となりました。
その前の年に兄が結婚、内業を母から義姉が引き継ぎ、母は静養しています。
「いい後継ぎができたわ~」
という母、私も安心して嫁に出られました。
第一子が生まれて、一時仕事を休んでいましたが、夫の実家に入れてもらい、義母に子供を託して2年で復帰、今は35歳の二児のママです。
先日、スーパーの本社がある県庁所在地に出張してきました。
13年ぶり、懐かしさがこみ上げました。
本社には午後2時半までいて、13年前まで住んでた辺りに行くため、私鉄に乗りました。
降りる駅の2つ手前、思い出の赤提灯、まだ、開いてませんでした。
あの店で前彼と呑んだっけなあと、あの頃を思い出していました。
私が住んでたアパート、あの頃のまま、佇んでいました。
今にも私と前彼が出てきそうでした。
そこから歩いて2駅先、前彼のアパート、玄関先まで行きましたが、もちろん前彼は住んでいませんでした。
前彼が住んでた部屋を見つめ、あの部屋で過ごした最後の夜を思い出していました。
もし母が倒れていなければ、きっとこの街で、前彼と暮らしていたと思います。
でも、前彼が「私が頑張らないと・・・」と言ってくれたから、前を向いて帰郷できました。
「俺のことは忘れて、故郷で幸せ見つけろよ。」
前彼の言葉が蘇りました。
「私、とてもまじめでいい人と結婚して、幸せだよ。でも、あなたのことは忘れないよ。」
と、今はどこにいるか分からない前彼に言ってみました。
スマホを見ると、今のスマホには前彼の連絡先はありません。
夫と結婚するとき、前のスマホを解約して、夫が契約してるスマホの家族割にしたとき、前彼の連絡先は新しいスマホに引き継ぎませんでした。
電話番号とメルアドは変わってないけど、13年間、一度もかかって来たとはありません。
きっと、前彼も結婚して、この街のどこかでカッコいいお父さんやってるんだろうなあと、前彼を思いました。
そして、前彼が幸せで、元気でいることを願いました。

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