さつきさんから投稿頂いた「なぜかわからないけど子供のころからチンポが大好き」。
さつき36です。結婚はしてません、
物心着いた頃にはもう誰かのチンポ舐めてました。
記憶にあるのは6の時納屋で隣のじいさんのチンポ舐めて竿しごいて精液出して、「じいちゃん汁出たよ」と言って手のひらに精液出して、又チンポ咥えると、「さつきもう良いよ出ね~よ」
じいさん100円くれました。
うちに帰ると母ちゃん市場の若い衆とおまんこしてます。
二人の若い衆とバックで入れながらもう一人のチンポ舐めてます。
母ちゃんとじいちゃんと三人暮らしで父親は誰だかわからない
二人が「いくぜ母ちゃん出る~」とガクガクして四つん這いの母ちゃんにのしかかりチンポ舐めてるやつも「あかん逝く」と母ちゃんの口に射精した、
母ちゃん「ん~も~お前ら早いんだよ」
と言って一人2000円もらってます。
うちは元々赤線だったそうで100年前に建てた古い家で二階に3畳位の部屋が六部屋あります
じいちゃんがいますが仕事はしてなくて海で釣りばかりしてます。
たまにおまんこしにくる二人連れに千円で二階の部屋貸してくらしてました。
私も変態オヤジの客がいてまんこ舐めさせて母ちゃんがそいつのチンポしごいて逝かせて金もらってました。
C学二年までまんこ舐めさせてました。
チンポ入れたのは小学校三年で始めは少し痛かったのを覚えてます、S6の時に生理が始まるまで中だしさせてました。
母ちゃんと同じようにおまんこさせながらチンポ舐めて精液出してました。
母ちゃんがお金もらって知らん顔、
C一の時に「母ちゃんお金は私のもんだよ」
母ちゃん「誰が飯喰わせてんだよ」
と大喧嘩しました。
じいちゃんが「昌子半分にしてやれ」
じいちゃんの一言で終わりでした。
二階の一部屋は私専用のおまんこ部屋にして
ピンクのカーテンやてんがい付きのピンクのベッドに
壁もピンクに塗ってもらってお姫様みたいな格好しておまんこしてました。
よく隣の部屋で若いのがおまんこしてガタガタさせてました。
じいちゃんの話だと布団を置いたら法律がどうのとか言っていて座布団が六枚置いてありました、年に一回警察が来て、私の部屋見せて下でご馳走出してました。
K校だけは行っとけと、じいちゃんが言うのでバカでも入れた農業K校に行きました。
男ばかりで二クラスに女は8人、私が一番可愛くてモテモテでした。
三年間でデブと不細工以外のチンポは全員舐めて、気に入った男はおまんこして安全日びは中だしさせてました、
ただほとんどが包茎で皮剥いてマラカスをキレイにしてからチンポ舐めてやるから直ぐに射精するんで二回はいさせてやりました。
同級生はお金は取りません
先輩は2000円もらってました。
K校出てから農協に入りました。
事務仕事が出来なくてほとんど首のような感じでやめました。
つまらないしじいさんばかりでアキアキしてましたからちょうど良かったです。
おまんこの固定客が20人位いましたから
お金には困りません、母ちゃんに月三万渡してましたし、ご飯はほとんど外で食べてましたから三万で十分だと思いました。
母ちゃんにも固定客がいましたから
二人で二階でおまんこしてましたね。
母ちゃんは三人とやるのか好きでよく市場の若い衆とおまんこしてましたね
私も市場の若い衆がたまに抜きに来ますが、母ちゃんは市場の若い衆は自分の客だからと喧嘩になりました
するとじいちゃんに泣きつくと、「昌子よ~お前はもうばばあじゃね~かいい加減にせえや!」
で終わりです。
確かに母ちゃんは私を16の時に産んだんで私が二十歳の時36でした。
じいちゃんは確かあの時63だったと思いました。
母ちゃんは中だしさせて客を喜ばしてました。
私はチンポ舐めて金もらってました。
色んなチンポが有りました
やっぱりカリのはったチンポは好きで裏スジチューチュー吸って亀頭を指で撫で撫でしてやると「お~たまんね~、さつきおめえ最高だわ~逝く~」と精液出してピクピク、それを又しごくと「さつきやめれ~」
と騒ぎます、
もう一度チンポ舐めてやると若いのは又カチカチになるじいさんはフニャフニャのままで亀頭吸ってやると「さつきもういらんて」とチンポしまいます
二十歳の頃には5000円もらっておまんこは1万にしてました。
中だしは気に入った男だけ、25の時に妊娠して子供が欲しくて産みました。
じいちゃんがほとんど面倒見てくれました。
ひ孫なんで可愛くて仕方ない見たいで助かりました。
父親はわかってました。
中だしさせた時に「あ、止まった」と感じました
八百屋のじいさんでかみさん無くして一人暮らしたまに娘が様子見に来るさみしい人、ただ私が一番気に入ってる人、「あんたの子供に間違いないよ」
と言ったら認知してくれて、よくオモチャ買って来てくれました、じいちゃんが名前を着けてめでたいから「鯛蔵」なんて着けて役場の人から電話が来て本当に良いのかと言われて泰蔵に直してもらいました、今は
泰蔵のためにもまともな仕事しようと八百屋のじいさんに相談したら店を手伝うことになりました。
何とか一年掛かりで免許取って軽トラ買って八百屋の引き売りを始めて、山ノ手に売りに行くと良く売れて
八百屋のじいさん喜んでました。
じいさん朝早く仕入れに行って帰ると私とおまんこしてから店開けます、よく舐めてもやりました
忙しくてじいさんとおまんこすのがやっとの生活になりました。
今は八百屋のじいさんの娘とも仲良くやって10歳になった泰蔵を弟だと認めてくれて可愛がってくれてます。
うちのじいちゃんも、泰蔵の為に働くと言って70過ぎて、軽トラ買って魚屋の引き売り始めて張り切ってます。
私は八百屋のじいさんとまるで夫婦のようにしてますが籍はいれてません、泰蔵の為に籍入れてやると言いますが、夫婦になったら他の男とおまんこ出来なくてイヤなんで今のままで良いからと言ってます。
仕入れに行って若い子のチンポ舐めてやるのが大好きでその子達がほとんどただで野菜くれるんで
丸儲けなんです。
母ちゃんは現役で中だしさせて頑張ってます
52ですから閉経してるんで中だしばばあとあだ名がついて、大笑い、
みんなが泰蔵の為の頑張ってかくれてます
長くなりましたし幼稚な文章でスミマセンでした
なんせバカなんで許して下さい。

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